第二章
第二章・有名人って?
カリバーン・サーガの基本ログインエリアは前回ログアウトした宿泊施設のベッド、たいていのプレイヤーは費用のかからない自らの所属するグループ本拠地を宿泊に使います。
エステラーニャこと藤井絵里香さんは間借りの形で傭兵団ゴッドハンドの二階の一室に。彼女は自ら「エステル」と名乗っているので、ここから先はエステルさんと呼ぶことにしましょう。
先月カリバーン・サーガを襲ったあのトラブル以来、彼女はまだ腰を落ち着ける場所が決められないようです。
何やらゴッドハンド本部の前が騒がしいようです。見るとやじ馬ともとれるプレイヤーキャラが、通りを埋め尽くす勢いで集まっています。
「何かあったのかな?」
思わずエステルさんは窓の外に身を乗り出し…
「うおおおっ、漆黒の姫君だっ!」
「しかも下着姿だぜ! ピンクのブラかあ、やっぱかわいいよなあ!」
どうやらやじ馬たちの真の目的はエステルさんにあった様子、全員の注目が彼女に注がれます。
「えっ? いやあぁん!」
自分の身なりにやっと気づいた彼女は真っ赤になりながら頭を引っ込め、いそいそと愛用の黒いゴスロリドレスに腕を通し、またも思いっきり落ち込むことに。
「やほ、えっちゃん♪ …どしたの?」
部屋の扉を元気よく開けた朗らかな少女、きららさんはそんなエステルさんの様子に気づいたようで、心配そうに顔色を伺っています。
きららさんはエステルさんが初めて友達になれた女の子で、赤いポニーテールに赤いゴスロリドレス、つまりエステルさんの色違いの服を着た美少女。明るい健康的な表情が周囲をほがらかな気分にさせてくれる、天真爛漫な子です。そして何より、発育のいい女性らしいスタイルがとっても魅力的。エステルさんが羨むのも頷けるところ。
「見てよあれ…」
エステルさんが窓の外を指差し、涙声できららさんに訴えかけるので、思わずきららも窓の外をキョロキョロ、エステルさんほどの知名度ではないにしても、そのスタイルと健康的に整った表情から、彼女もかなりの人気があるのでやじ馬たちから歓声が沸き起こります。
「へええ、相変わらずえっちゃん大人気だね♪」
感心したように頷くきららの胸は、谷間の強調されたビスチェの中でぷるるん、と揺れ、エステルさんの視線を誘います。ふっくら豊かなきららのそれと異なりエステルさんの胸元にはけっこう余裕があり、「はうぅ…」と現実を突き付けられたエステルさんはまたも落ち込むことに。
「えっちゃん、こういうのは気にしちゃダメ! そのうちおっきくなるから、ね♪」
これも相変わらずのきららさんの励まし、余談ですが「えっちゃん」というのはキャラクターネームが長すぎて呼びにくいからと、きららさんが勝手につけたニックネーム。ただエステルさんもその呼び方はまんざらでもなさそうです。
「けどどうしよ、今日は新しい服でも買いに行こうかなと思ってたのに」
外の人混みが落ち着かない限り、ゆっくりお買い物も楽しめないし、かといってせっかくログインしたのに部屋の中でふさぎ込んでいても余計気が滅入るだけ…マイナス思考のエステルさんは、そうやっていつも悩むことに。
「そういう時はね、当たって砕けろ、って言うんだよ~♪」
そんなエステルさんにあっけらかんと言ったきららさんはエステルさんを引っ張って本部の外へ繰り出します。たちまちやじ馬に囲まれた二人は、半ば強引に人混みを掻き分け、露店通りへ。やじ馬たちはあまりの混雑ぶりに目の前を通ったはずのエステルさんたちを見失い、そのまま押し合っているようです。
「ほらね、何とかなるものなのよ♪」
上機嫌のきららさんに対し、エステルさんは
「胸、触られちゃった…」
と半泣き状態。どうやらどさくさに紛れてやじ馬の一人が彼女の胸を鷲掴みにした様子。ではエステルさんの胸に触れることのてきたとってもラッキーな彼に感想を聞いてみましょう。
「噂には聞いてたけど確かにちっちゃいねえ、でもそこがかわいいから許すっ♪」
はいはい、どうやら彼は生粋のロリコンのようですね、ごちそうさま。
では、露店通りに張り込んでいるザクスさんに中継がつながったようですのでここで替わりましょう。
「ザクスさ~ん、聞こえますかぁ?」
「うーん、やっぱりプラムさんはいいねぇ…♪」
おや? 黒いゴシック軽装のキザ男、ザクスさんは酒場にいるようですが誰を追っているんでしょう?
「ザクスさ~ん?」
「やっぱり大人の女だねえ、スタイルもいいが、あの凛とした大人の表情とプライドの高さ、ほんと落とし応えがありそうだねえ…」
どうやらザクスさんは後ろにいる傭兵団・プラチナソルの若き女性団長、プラムさんを見ているようですが…
ちなみにプラムさんとはややくせ毛の長い金髪にグラマラスなボディの魅力的な、とってもクールなすごい美女だったりします。しかも、しかもですよ! その豊満な身体を白いボンデージもどきの服で惜しげもなく晒している辺り、さすが大人の女性だけのことはありますね。
ただしその性格はすごく激情的で、その美貌で悩殺され、その癇癪でノックアウトされた男性の何と多いことか、傭兵団プラチナソルはそうやってできてるので、その団員は全員、彼女の被害者とも言えるでしょう。
「ザクスさんってばあっ!」
「いくら人気があってもあのチンクシャ娘よりよっぽどいいねぇ…」
これはまずいっ、ザクスも彼女に悩殺されかけている様子、急いで正しい道に導いてあげなくては!
「この変態こそ泥野郎! いい加減目を覚ましやがれっ!」
「なんだとこいつっ! おっといけねぇ、今仕事中だったんだ!」
…暴言失礼、ですがザクスも何とか正しい道に戻ってこれたようです。ではさっそく…
「突撃レポーターのザクスさん、さっそくですが取材の方お願いしますね~!」
「おうっ! では本日の突撃ターゲットを紹介しましょう。本日のターゲットはもちろん、大人の色香満載の超絶美女、プラムさんですっ!」
「あの~、もしもし? なんかターゲット間違ってませんかあ?」
「どこかのチンクシャ娘とは全く違うこの魅力! やっぱり大人の女性ですねっ♪」
「…もしもーし・・・!」
「ではさっそく突撃してみましょう! プラムさん、さっそくですが今日の下着の色を…」
「いきなりなんだよ、このド変態野郎がっ!」
げしっ!
「ぎょえっ! いきなり急所を膝蹴りとはっ! でも美人だから許すぜ! それがハードボイルドってもんさ!」
なんか強がってはいましたが、ザクスさん、あえなく轟沈のようです。仕方ないので次の突撃レポーターを呼んでみましょう。
「突撃レポーターのグレイさん、さっそくですがレポートの方、よろしくお願いしますね~!」
「…終わりだべ…もうおしまいだべ…」
酒場にはなんとも場違いな灰色忍者装束の長身男、グレイさんですが何かあったんでしょうか?
「酔った勢いとは言え、あいつにちょっとデブったべ? って言っちまったべ。あそこまでキレちまっちゃもう無理だべ…」
おやあ? グレイさん、例の飲み友達の彼女と何かあったんでしょうか? さっきから目の下のくまを気にかけ…じゃなく涙を拭いているようですが…
「もうこの世の終わりだべっ!」
…どうやらこちらも撃沈のようです。では次の…あれ? 次のレポーターは…?
「しまったあっ! 三人目は頼むの忘れてたっ!」
ではおあとがよろしいようで。




