6 届く愛 輝く光
エンポリオを発って、数十分が過ぎた。
少女は今までのドタバタからのゆったりとした船内の雰囲気に、ヨダレを垂らして寝息を立てていた。
「……悪いけど…。危険に晒すわけにゃ行かないからな。悪い……『スーピー』」
青年はそっと近くの名も無い星に着陸した。宇宙服を着込んで、誘拐犯の船からくすねた小型宇宙バイクで、そこへ向かっていった。
そこは、すなわちDUSTだ。
決して早いとは言えないまでも、十分なまでの性能を持ったそれをもってすれば、2、30分でDUSTにたどり着けた。
何日までしか過ぎていないはずのそこは、青年にとってはまるで十年ぶりかのように懐かしく思えた。
シェルターにたどり着く。中では久々に見る油臭さや生臭さが鼻に刺さるようだった。青年は今までこんなところでずっといたのか、そう思った。
「おぉ! おかえり」
いつぞやの優男は、慈しむような目で青年を見てそう言った。
「心配したんだよほんとに……。今までどこに行ってたんだい?」
「ちょっとした大冒険にね」
青年は変わらない顔に、ジョークのような矛盾を放つ。シェルターの人間は賑やかになった。
「……あのハゲオヤジはどこに?」
「あの人かい? あの人はひどい人だよ、急にいなくなっちゃった君たちのこと全然心配してないんだから。……何か『信じてる』みたいなこと言って。どうせ気にするのも面倒だからそんなこと言ってたんでしょうに」
青年は少し歯ぎしりをする。
「それはいいから、どこにいるって聞いてるんだけど」
「おっとごめんよ。確か……今日はもういいのにゴミ拾ってくるって……っておい、どこに行くんだ」
青年はそれを聞ききる前にシェルターから去っていった。
「……今更帰ってきてもお前のスペースはねぇぞ? クソガキ。……あの女の子はどうした」
相変わらずの憎まれ口に、青年は一層眉間のしわを深くした。
「お前には関係ないだろう。お前のせいで命を奪われかけんだから、死んでようがお前には言うことはない。そんなことよりも……これ」
放り投げる、小さな機械片。青年はその説明をした。
「中枢部分につながってた強吸電波性アンテナを持つ型の携帯操作端末だ。ごく最近流通してるものだ。……特定電波の発信源を探らせてもらった」
青年はその眼差しを鋭く強くする。
「その発信源はDUST、つまりここだ」
もう一つ、放り投げる。これまた誘拐犯からもらったタブだ。アイコンが現在地点に重なってる。
「見ろよ。GPSで示されてる。これはあいつらのタブの中の通信履歴のあったものの一つだ。きっちり機体登録もしてある。これはどういうことか、きっちり説明してもらおうじゃないか」
何も告げようとしない中年。
「返事をしろ『イリフィオス』、これはいったいどういうことだって聞いてんだよ」
それどころか、目すらも向ける気がない。
「……、いい加減にしろよ! 知らばっくれたってこんだけ証拠があんだよ! 何を隠してんのか知らねぇが、ことによっちゃ俺はお前を……一生恨むぞ」
殺す、その言葉をグッと飲み込む青年。それは少女がいない中でも、彼女が使えない『言葉』に気を使ってるからだった。
「……っけ。てめぇにも全部教えてやる……、ただし」
中年、イリフィオスはその瞬間、真剣な眼差しになる。
「覚悟は出来てんだろうな」
威圧とも思えるような重みのある質問に、目を開き、頷く。
「そうか。なら、全部教えてやる。
この事件は半分俺の不注意だ。今よりほんの数年前、DUSTに来る前のことだ。俺はそこらに捨てられてたボロのロケット拾って、飛べばいいくらいのレベルで改造した。太陽熱の検証用のものが偶然フレアで横っ腹に風受けちまったから流れ込んできたもんだしな。俺もそんなに乗る気はなかったし大した事はしてなかった。ただ逃げられりゃ良かったんだから」
だから言語も昔の設定のままだったし、救難信号もまるで使い物にならないモノだった。
「ある事故のせいで職を、家族を、『存在』を失った俺は、それのせいであの厄介な組織にお世話になっちまってな。おかげでまるでいいように使われた。今までにないような性能のエンジンとかな」
馬鹿げた性能を持つあれは、専門の技術を持った人間にしかできない。あの機械もそうだ。
「徐々に過激さを増してく奴らに俺はとうとうついていくのが怖くなった。だから急ごしらえで、エンジンを無理やりつぎ込んであのロケットで逃げてきたんだ。そのロケットがまさか二回もフレアで流されるとは思わなんだからな、その上拾われるとは全くの予想外だった」
「……なんで、そのことを誰にも言わなかったんだ?」
「全く……お前はなんにもわかっちゃいねぇんだな……。どうしてDUSTに人間がいるのか本当にお前わかってねぇのか?」
青年は質問の意図が掴めず、少しばかり言葉につまる。
「……社会からはじかれたからじゃないのか?」
「まぁ、それもあるかもしれんな……、俺も捨てられた人間だしな。事故って聞いて、なんか思わねぇか?」
「……?」
「DUSTがなぜDUSTって呼ばれるようになったか、知ってるよな」
青年はまだ気づかない。
「……何か突っかかる話だと思わないか? 」
"……すぐさま、CDUの連中は引き上げをはじめ……”
……そう、CDUの糞共は、引き上げたんだよ」
青年はその言葉の真意に気づく。
「まさか……現地調査の人間は引き上げなかった……ってのか。その事故のあともちゃんと生きてたのか!」
中年は何も言わない。
「星に帰る隙間はなかった。だから仕方なく……」
「……けど……それだけじゃない。この星には、CUDにはわからない価値がある。それがこの星にいる理由だ。
何も新星じゃあるまいしカティキアは何度となくクアステの熱風によって焦がされてきていたはずだ。そこまでの高熱を発生するものがありながら、CDUの検査上では『生態発展の可能性アリ』ってのが公式発表だった。俺も制作サイドに回った人間として機械の性能はできている。捏造とは思えない。そこで考えつく可能性が一つ、あるんだ」
「カティキアに知能生命体が存在した可能性がある……いや、確定している」
「!?」
「純製の……宇宙人が存在してたってのか?」
「あぁ……それなりにわかってることもある。こういっちゃなんだが宇宙人の発見は大変な成果だ。最重要として保護管理する必要があるだろう。」
「……そのわかっていることって?」
「……限りなく地球型の人間に近いが……」
中年は目を伏せる。青年はただ真っ直ぐな視線をその動きすらなぞって見ている。
「直接的に気体に対しての干渉する能力が低い。この星では熱せられた気体はもはや凶器になるからな」
青年の中で嫌な予感が大きく形をなしていく。
「直接的気体干渉……。声か……」
「お前は、それを受け止められるのか?」
そっと肩に手を置こうとするイリフィオス。青年はその手を制する。
「あいつに……」
「あいつに声をやるのは……俺だ。俺が叶えてやるってあいつに行ったんだから!」
バイクは豪音と共にロケットの駐在所に戻っていった。
そこには何の変哲もないロケット、青年が発ったその時と何の変かも見受けられないはずのそれがあった。
しかし青年は焦り駆け出す。感じたことのないような大きな不安と、いてもたってもいられないような、動かずにはいられない感覚が青年の中でそうさせた。
「スーピー!」
●■◆▲▼★
博士は、転々と置かれているその星屑を拾っていきます。
一つ、また一つと拾う星屑はそれぞれをくっつける度にその光を増し、強くしていきました。
「よしよし! もっとだ……もっととろう! これが出来上がればきっと地球も明るくなるだろう」
その星屑は、一つ一つと間隔が広がっていきます。
もう残りいくつとわかるほどの塊になった時、博士は気づきました。
「この風景をどこかで……気のせいかのぅ?」
博士が感じたデジャブ。しかしそれは既視感ではなく、紛れもないいつか見た光景だったのです。
残り二欠片ほど程になります。その一つのかけらが、博士にはもはや光の点程に遠く見えた、そんな時でした。
「……! これは……!」
そう、その先に、目標を果たすまでは帰らないと決めたはずの星が見えたのだ。つまり、地球が。
「どういうことじゃ!? まさか……この星屑は……!?」
博士はそれから一つの答えを見出します。
「もともと地球の光だったというのか!」
博士は、驚き、そして安心しました。
「なんだ。そうじゃったのか……。わざわざ星屑を集めなくとも地球は地球で明かりを取り戻すことができるんじゃな」
そして、博士は集めた塊を星屑の形に戻して、宇宙に返してやりました。
「むしろ明かりが必要だったのは……宇宙の方だったのじゃな」
博士はとても嬉しそうに地球に帰ってきたのをみた周りの人々は、博士に聞きました。
「それで星屑は見つかったのか?」
「地球を明るくするものは見つけられたのか?」
「こんな暗い生活はもう終わるのかね?」
博士は返します。
何も持たないその両手を広げて。
「見つからなかったよ。明るくするものは。ただ……周りの星々は輝いている。煌めいている。なら地球だけが暗いはずがない。
きっと輝いていたはずだ。
その輝きを取り戻す方法は見つかったよ」
たった一つの希望の光。
そうして、博士は、今日も地球を明るくするために、研究室に向かうのでした。
○□◇△▽☆
(私は、きっとあなたの足枷になってしまっている)
まだ、自分の付けられた名前も知らない少女、スーピーが考えたのは青年だった。
(私がいなければ、あなたはその技術から宇宙でも立派な人間になれる。喋れないことをうじうじ悩んで、ただぼーっとハッピーエンドの本に縋ってる私とは違う)
少女は喋れないことよりも、喋れないことを言い訳に、何もできず塞ぎ込んでいる自分が嫌だった。
(こうやって置いていかれたのも、私がいるとあなたが動きづらいから。そうなんでしょう?)
少女は……宇宙服をタジタジながらに身にまとい、ロケットの上に登る。弱い重力の中では、もうそれで無重力に片足を突っ込んでいるようなものだ。そこで、そっと身を弾ませる。浮かぶ少女。宇宙服の中ではうっすらと一筋、光が反射する道が出来ていた。
「s…y…n……r」
もう、それは音ではなかった。声ではなかった。それでも別れの言葉を告げた少女は、その宇宙服の推進剤で、何処かへ流れ着いてしまえばいいと。あわよくば誰も、青年も知れない場所でひっそりと命を絶とうと心に決めていた。
その返事が帰るまで。
「さよならなんて言うなよ!!」
「!!」
バイクを放り出して青年は、少女の体を目一杯抱きしめた。
「自分がいなければなんて、そんなの卑怯じゃないか! 俺はお前のためにこれだけ頑張ってきたのに、お前の笑顔が見たくてこんなにやってきたのに……自分勝手に俺の気持ちを決めないでくれ……」
青年は、たった一言の、その全てを少女に放った。
( 「でも私なんかのために、私のためだけになんて……) 」
(!!)
「な。お前は、話せてるだろう?
お前は俺に気持ちを伝えられてるだろう?
どんなに音を震わせる声帯があっても、伝える相手がいないなら、その声帯に意味がないじゃないか。
どんなに言葉を発せられたって、その真意が伝えられないなら、その言葉には意味がないじゃないか。
陳腐な言葉かもしれないがいわせてくれ。
お前のためにじゃない、お前が好きな自分のためにやってんだ!」
宇宙服の中、ボロボロと二つの涙が溢れた。
そうだ、光は……もう手に入れてたんだ。その光があまりに近すぎて、どの方向から注がれているのか気付けなかった。
二つの星屑は、宇宙の真っ只中で、ひとつの星になった。
「一つ、お前に謝らせてくれ」
少女はその首を傾げる、いつしかのように。
「いや、お前の知る話じゃないし、謝るのは必要ないんだけどさ。でも、謝らせてくれ」
青年の優しく悩む顔に、少女はそっとその髪を撫でる。
「お前にスーピーなんて名前をつけたことを、今となって後悔したんだ。俺は名前を付けるには許可がいるなって」
その意味は、青年こそ知るものであり、少女は知らない。
「だから……名前をつけさせてくれないか?」
少女は目を輝かせた。どんとこい、とその小さな胸を叩く。
「そうか……ありがとう。それじゃあ……『アガピィ』ってどう?」
青年が自信なさげに見つめる先には、少女が喜びに綻ぶ笑顔があった。
そして、少女も思いつく。
「……ん? 何、自分も……あなたの名前をつけたいって? ……いいよ、どんな名前?」
そっと開いたページ、そこには宇宙を勇敢に飛ぶ宇宙船の姿がある。そして、少女はロケットに駆け寄り、そのエンジン部分を指差した。
「何だ? ……ほーぉ、あの糞ジジイ、意外と洒落たことしやがるんだな。……いや、糞親父と言うべきかねぇ」
少女は、鳩が豆鉄砲をくらったような面差しになる。
「ん、なに言ってなかったか? 俺がDUST出るときによ……
「まてまて、覚悟はひとつじゃ足らない。もう一つその覚悟の上に乗る物を教えよう」
「早く言ってくれ。なんかやばい気がするんだ」
「それも不幸なニュースだ、耳かっぽじって聞け」
「早く!」
「俺は組織に入る前に、CDUの任務の前にな、家族を作ってたったと言ったろう。その子供は俺によく似ていて口が悪くてなぁ、親にも平気で『生きている意味がわからん』とか抜かすんだ。頭の良さも似たがな」
青年は沈黙。中年は暗黒微笑。
「ただ、母親に似てまるでもやしみたいに育った。腕も細っこいもんだ。でも力だけは強く育ったそうな。生まれてすぐに『死んじまった』父親の代わりになるために。
でもやりすぎて仕方ないのも悪い親父の遺伝だ。そいつは強すぎる力とその乱暴からとうとう記憶を消されて、ゴミ箱に収容された」
「……はぁあああああ!!!?」
「嫌な父親で悪かったな。では引き続き、彼女を迎えに行ってくれたまえ。帰ってきたらちゃんと紹介するんだぞ?」
「……うっさいハゲ親父!」
……ってなわけ」
少女はびっくり仰天驚いていた。
「この名前がいいな、うん」
二人はロケットに乗り込み、少女の故郷へ、青年の父親の居場所へと飛び立った。
そこに刻まれた名前は
『フォース』
その意味は、光だ。