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星くずの船  作者: 菊川噤
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4 落ちた本 黒い影

 けたたましい程の足音、機械のかすかな金属の擦音、自分の店に来いと呼ぶ宣音。その全ては、エンポリオの賑わいを表す場所、宇宙船パーツにとって、裏でも表でも、宇宙一の品揃えを看板に捧ぐ【ピダリオ】という場所によって説明がつく。

 騒がしさが何よりの特徴であるこの場所、いつ何度来たりとも闇の覆わぬこの星ではとどまることは滅多にない。だが、今日はその滅多にない日に当たることは誰の目……耳にとっても明白であった。

 宇宙ロケット、墜落。

 ロケットがまだ宇宙を飛んでいるということ自体が話題を占めるに事足りたものであるにもかかわらず、それが商店街のど真ん中に落ちた(というか突き刺さった)とあれば火事場でも物を売ると言われた商人共もその口を閉じることにはままならなかった。

「あいたたた……」

 物珍しそうに……しかし、本能としてだろうか、物陰から覗く商人とその客。

「……と、とりあえず地面には降りれたんだな。よかった。しっかし……誰だよぶつけてきやがったのは、一歩間違ってカフシーマのタンクにでも穴空けたらあっという間に宇宙に投げ出されてフリーズドライのお化けになるところだったぞ全く……。あ、おい大丈夫か?」

 青年は船内に問を投げる。返答はなく、ただ、やたらと重量感のある、這いずるような擦れる音が船内にうっすらとエコーがかかる。

「ここの重力は発生装置ほど重たくないぞ、その鎧もいらないからさっさと脱がせてやる。早く出てこいよ」

 中からずんぐりむっくりな宇宙服が登場する。

「……ど、どうした?」

 頭の部分を外してやると、そこには見事に涙目な少女がいた。潤んだ瞳で、早く脱がせろと服をジタバタする。愛らしい人形のような姿に、影から見つめるいくつかの影が少し動く。

 それに気づいてか青年は、

「ばぁ!」

「うわぁ!」

 茶目っ気たっぷりに脅かして見せるのだった。

 驚いたものが崩れて、その場はあっという間にズッコケ雪崩る。

「なんで隠れてるんだか知りませんけど、とりあえずここがどこか、それとこれ……」

 これ、つまり今は地面に突き刺さりオブジェと化しているロケットを指す。

「どけたいんで、カフシーマをもらいたいんですが……。それでなきゃスタンドまで運んでもらえる業者とか……頼めませんかね?」

 雪崩はそんな無理難題を押しかけられる。カフシーマの供給販売所は商店街のど真ん中には存在しない。また、ちょっとした裏の販売所も存在する商店街に、運搬会社を呼ぶわけにも行かない。だが……

「わ、分かりました。とりあえずこれ地図です」

 客が顔を見合わせる中、黒服の男が小型のタブレットを広げる。

「ここは、ピダリオですよ」

 優しい微笑みが、青年に届く。青年も思わずそのまま返してしまう。

「ぴ、ピダリオ……ありがとうございます!」

「船の方も船着場ハーバーの方に運ぶように手配します。連絡しますので、そちらのタブは持って行ってください。済むまで街を見ているといいですよ」

「ありがとうございます!!」

 青年は、無償の恩賞に感激の言葉を放つ。そして目を輝かせて最寄りのパーツ売り場に走っていった。少女はただ呆れるばかりだ


「あのロケットぉ……。マーブロスぅ、もしかしなくても『あいつの船』じゃねぇのかぁ? 宇宙広しといえども旧式ロケットを現役で動かしてんのはあいつぐれぇだろぉ」

 暗闇で聞いた、あの空気の抜けるような声が、黒服の男から放たれる。すると、親切の極みを青年にしたそいつが答えた。それは、どこか聞いたことのある、あの暗闇の『もう一つ』だった。

「……あぁスコタビ。回転式重力装置、無理やりくっつけた分離式の部分、あの宇宙服はあいつが仕事でも使ってたやつだ。じゃなきゃ俺がこんな大盤振る舞いするかよ、あのタブ一応カスタマイズのやつだぞ。……しかし」 

「うむぅ……。しかしガキとちっせぇ女の子しか出てこなかったぜぇ? 当の本人はどうしたってんだ」

「あいつも昔は堅気だったんだ。それなりの歳から入ったしな、作るもんも作ってきたんだろうよ」

 その瞬間、二人の中で

「なるほどぉ……ならぁ! くっひっひっひっひっひ!」

 不気味な笑み。

「あぁ。そうだな。あははははははは!」

 不穏な笑み。それは先ほどの青年への笑みを天使とするならば……まるで月並みではあるが、悪魔のようだと表す他なかった。


「はぁ~……いいなぁ16連式推進剤圧縮装置……それでなくともせめて座標サポートのナビゲーションアクセスサポートのハードとかつけたいなぁ……いいなぁ……」

 溜息と渇望入り混じるセリフをよだれとともに垂れ流す姿は、宇宙遊泳中の凛々しさや決断力とは打って変わって、まるでだらしない姿だった。

「なぁおい、お前もあぁいうの自分の船についてたら嬉しくないか? そう思っ……あれ」

 少女の姿がない。いや自分でおいていったのだが。青年は少々の不安を抱えつつも呼びかける。

「おーい、いないのか?……名前、知らねぇもんな……」

 仮にでもつけておくべきだったと後悔するが、それは先には立たないものだ。

 青年は、とりあえずロケットの場所に戻ろうと踵返した。まさに、その瞬間だった。

 ロケットが空を飛ぶ。

「……? 燃料入れ直したのか?」

 そして、……真上に向かって飛び始めたのだった。

「……」

 青年は、ロケットの元あった場所に走る。

「いねぇ……。いや、ほかの場所にいるかも知らない……」

 そう思った青年は、街の何処かへ走ろうとし始める。そうした彼の目に……一冊の『本』。

「本!?」

 そう、本。それを持っているのは少女以外にほかならない。

「これって……まさか!」

 そう、青年の中の結論は、紛れもない真実だった。

 少女は、誘拐されたのだ。


 ゴミ箱の中では、今日も手を動かす不要者達。

「最近、子供たちを見かけないんですけど……もしかして焼かれちゃったんですか?」

 いつかの優男が中年に問いかけた。優男にしてはちょっと発想がシビアだ。

「……」

「そういえば、あの爆音の起きた日からぱったりいなくなっちゃったように思うんですが……」

「……」

「どうして黙ってるんです!? あなたは彼らが心配じゃないんですか?」

 中年は、沈黙をといた。

「あいつは……大丈夫だからだよ」

「あいつ? ……どっちですか?」

「あの生意気な坊主さ。奴はな……やつの力は俺たちが思ってるより、遥かに強いんだ。おめおめと焼かれるような奴じゃない」

「でも……」

 今度はルーピルが口をつぐむ。

 中年は空を見つめて、シェルターの方角へ歩みの先を変える。

 その汚れまみれた背中には、どこか哀愁を感じる。見つめるルーペルはもう、その口を開くことができなくなってしまうのだった。

 中年は、後ろのポケットにそっと手を伸ばす。そこには、ほのかに光る二つの淡い色光。動く赤色、止まる緑。小型の機械、それは黒服たちが持っていたのと同じタイプのタブだった。

「っけ。俺の船譲ったのはお前らじゃねぇよ。さっさと取り返しやがれ、クソガキ」

 メタボオヤジは、空に向かって吐き捨てた。そして、タブのある画面のゲージを、一気に減らし始めるのだった。

「何ぼそぼそ言ってるんです? もしかしてその機械…」

 中年は覗き込んだルーペルの額をデコピンで小突いた。

「なんでもねぇよ……なんでもな」

 額を抑えたルーペルが言う。

「これ、なんでもなくないです……」

 そこには見事な指の跡がついていた。

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