3 商いの星 危ない船旅
暗闇に埋もれる部屋で、怪しさは言葉を交わす。絶望とはいかないまでも、限りなくそれに近いことに、ただ汗を流す一つ。頭を抱え、悩殺される時間を費やす一つ。その二つを持ってその暗闇は埋まりきった。
「彼奴はいったい何処へ行ったぁ!? こうして音信不通であることは幾分あったことだがぁ、どんなに日があいても1年すれば帰ってくるやつだったっていうのにぃ!」
一つは荒く言葉を発する。
「第一こんな非常事態だっていうのにぃ……通信はどの回線でもきかねぇのかよぉ!?」
「それで繋がるならとっくの昔に、だよ。第一やつがここを離れるってことは、もしかして相当のことじゃねぇのか? あの出不精がよ」
一つは悩みながら答えた。
「それでこそ、だろうがぁ。自分勝手のあいつが進んで出て行くってことはこりゃ相当のことがあるだろうよぉ。今度こそぉ、本物を掴んでくるとかぁ」
「……! それって……やばいだろおい! ヤバすぎるって、それあいつが手に入れたら間違いなく俺たちとは縁切って……」
もはや言葉はいらない、そう言った形相で二つは暗闇に紛れていった。
「いやー……ホント、危ないなんてもんじゃなかった。九死に一生を得るってこういうことかな」
安堵にみちる青年のつぶやきは、脱力とあくびを呼んだ。なんとか飛び立てた安心から全身が疲れきっていた。
後ろから少々物騒な音がする。それは宇宙服を着たまま思わず転んだ少女によるものだった。青年は少しばかり吹き出しながらそいつを立たせてやる。それは少女が慌てて脱ごうとするのに、滑ったり頭が重かったりしてさっぱり脱げる気配を見せないせいだ。青年は軽く笑いを浮かべながらも、少女の重い宇宙の制服を脱がしてやる。この風景、ほんの数分前命の危機に陥っていた人間たちのものとは思えぬ程に穏やかで、緩やかで、和やかだった。
「うーん、やっぱり地球の重力は重いなぁ……。9.8m/sだもんな。DUSTの1.25倍か、そりゃ重いか。大丈夫か?腹とか痛くないか?」
爺婆のような、もはや押し付けがましくもあるような優しさを少女に向けて送った。少女は位に介せず、暗い照明の中、ぼうっと浮かぶモニターを指した。
「あ? そんな目新しいもんでも見つけたか? 宇宙人なら月人とか火星人くらいなら最近は珍しくもな……」
少女はそんな話はどうでもいいと目で訴え、本の挿絵の『ロケットがあちらこちらへ行く』部分を指して、そこをなぞる。本というのは宇宙世代になろうとも案外万能ツールである。
そして一拍。口から漏れる五十音の一文字目は、自らの失態を恥じ、またその瞬間からその手前を公開のどん底に叩き込むレベルの事実を認識した。
指の先、その物体。モニターではなく、その右斜め下。
「わ、わわわ、忘れてたぁああああああ!」
絶叫とほぼ同時に操縦席に座り込み操縦桿を握り操縦する操縦士。だがしかし時すでにお寿s……遅し。方向転換する暇もなく、燃料切れのレットブザーが警告を知らせる。もはや残っているのはかすかな減速材と着陸用の掛け捨ての重力子ぐらいだ。方向転換で使えるものではない。
「うひー……これ、どう頑張ってもどの星がなんの星だかわかるもんじゃねーよ……」
救助信号も、何回りとむかしの機体だ、届くほどのものでもない。モールス信号に近いものだ、出して届くより先に星を通り過ぎてしまう。超光速の時代になんてものを置いているんだか……。救命装置なんだからスターライター置いてでもこっち優先して欲しいもんだ。というのが青年が忘れてたー、と叫んでからの思考の流れだ。
「考えるんだ……今の状況は最悪。だけど最悪だってほざこうとも助けは来ちゃくれねぇ……。推進剤はそこを尽きた。減速材に重力子……」
青年は頭を抱える。ボリボリと髪を掻きむしれば、出るのは名案ではなくフケばかり。青年は必死に活路を探していた。
「いや……待てよ。このセット……あの方法ならあるいは!」
青年の頭に電球が浮かぶ。そしてすぐさま実行に移し始める。
「待て待て! 今の速度によるな……」『現在の航宙速度は?』
『認識しました、現在の速度は1.48cです』
「うっし! まだイケル!」『スターライター起動』
『認識しました。スターライター起動を確認』
前方が文字に埋めつけられる。目の前が埋め尽くされるその光景に、青年は少々焦りつつも慌てて訂正する。
『バックグラウンドで再起動』
『認識しました』
すぐさま次の命令に、数々の星の情報を検索にかける。
『光量多数の惑星のみを画面表示。連続起動時間から距離を算出、表示』
『認識しました。メインモニターに表示します』
メインモニターには緑色の文字とポツポツと三つの点、16.2cの文字は、どれほどロケットが飛んでいるかを表す。
「約16.3cか……てことは15cのラインか、この通りで行けば商業凱「エンポリオ」だな。雑誌の雑多な知識でも、覚えておくには無駄でもないってことがよくわかる船旅だ」
事付。凱とは、すなわち勝鬨、ここは商業によって他に勝り、またすなわち和らぎ、その商業によって安定を得たということを意味する。
「よし、気合入れておくか! 宇宙服は着ておけよ! 最悪死ぬ、良くてムチウチだ」
少女に言葉をかける。そして一気に引き締める。
「ここだな!」『重力子を半開放、2c先の惑星に』
最近の地点の惑星に、それをUターンのコーンへと選んでいた。超光速の速さによりほぼ重力の影響を受けられないが、重力子をそこに与えることで重力を上昇させ、衛星軌道に入る。しかしあくまで一時的、重力子も半分だ、そこまでの変化を望めない。しかし約80°の変化。cを相手にするには急カーブもいいところだ。カーブしたあとは惑星自体の衛星軌道により衝突する危険性はない。
しかし、この方法には欠点がある。この方法は重力によって引き込まれる、つまり加速の効果が発生するのだ。ここで減速材を打ち出さねばならなないのだ。そうしないと二回目のカーブに間に合わない。
『減速材半量解放、その先0.4c先に残量全ての重力子解放』!」
『認識しました』
惑星の重力を再び加速させる。今度は減速する必要性もない。70°程の旋回。
青年は素早くバックグランドの画面に目を移す。エンポリオとの距離、角度ともに、十分着陸することができる範囲だった。
「うしうしうっし!! ふふふ、俺の脳内デモンストレーションもただの妄想じゃなかったぜ……」
気味の悪い笑いが響く宇宙船内。
モニターに手を触れる青年。命令を下す。
『選択中の惑星名に【エンポリオ】を使用。エンポリオとの距離0.2cの地点までに減速材放出』
『認識しました』
急な減速を控えたのは、紛れもなく少女のためである。当の本人は宇宙服を早く着すぎて、それの重さにぐったりしているところだが。
少々の時間が経ち、減速が開始される。余りにも輝きすぎる姿から恒惑星とも呼ばれる明るい星、その光がモニターにも目立つようになる。なぜそれほどの輝きを持つかといえば、エンポリオは恒星の衛星軌道上にない、つまり銀河系に属さない珍しい星なのだ。そのため、無理やりと言ってはなんだが、人間的な根性にも似た整地や環境改善の結果、こういった形になった。
エンポリオの惑星軌道に乗る、少しづつだが機動がスロープを描いている。
青年は、安心にため息をついた……その瞬間だった。
「あ」
再び。彼は忘れていたのだ。星に着陸する手段を。後先考えないその性格が起こすのは、行き当たりばったりなハプニングばかりだ。
「重力子使い切ってんのにどうやって着陸しよう……俺……馬鹿だな」
そう、着陸用の重力子はUターンの犠牲になったため、重力によって星に船を引き付けることができない。
つまりこれは、最悪を意味する。なぜならばここは商業凱。世界有数の財豪が揃えているこんな場所で、着陸もせずに只々衛星軌道上を旋回する船など不審以外の何物でもない。最悪撃ち落とされる可能性だってある。着陸しないのはどう考えても不審だ。重力でゆくり減速して落ちる頃には、DUSTの方がふさわしい姿へ成り代わってしまっているだろう。緊急事態と通達するにもこんな旧型の通信機じゃつながるものも繋がらない。
悟りを開いたような表情で、青年は少女にこう言った。
「ごめんな……やっぱり出発の時点で無計画すぎたんだよ……お前だけでも生き残ってくれ」
少女は……呆れ顔だ。だが同時に不安ともとれる。
さてはて、BAT ENDに限りなく近いこんな状況は、
「……な、なんでこんな場所にロケットがぁあああああああ!!!?」
ちょっとだけ乱暴で粗雑な推進剤によって打破されることになる。