【5】思い出と導き
留は再び考え込む。
明るく前向きな庾月にどんどん惹かれていると、実感はしている。
祖父をひとり置いて、綺を出る気はない。それでも、庾月を巻き込む気もない。
責任を持ちたくないわけではない。
庾月に『姫』の責任を放棄させたくないし、留の背負うものを背負わせたくないだけだ。
元々、『思い出作り』でいいと、恋愛には合意した。けれど、庾月を──わざわざ綺に閉じ込めたくはない。
だから留は、『別れる前提』で話した。
それなのに庾月は、『別れない前提』で話してきた。
話しは平行線になる。
だけどつい、
「俺だって、別れたいわけじゃない」
と口に出てしまって──頬を何かが滑って。
涙がボロボロと出てしまっていて。
庾月がギュッと抱き締めてくれた。
本当に、どっちが年上かと言いたくなるくらいの包容力で、『現実』だと留はようやく認識する。
結局、留が納得してしまうほどの妥協案を庾月が出し──留は、庾月の家族にあいさつへ行かざるを得なくなった。
あと半年もすれば、庾月も結婚できる年齢になる。
そうのんびりしていられない。留が覚悟を決め、ふたりの意向を祖父に伝える。
すると、何かを祖父は知っていたのか。どこかと頻繁に連絡を取るようになった。
こうして庾月が誕生日を迎える十日前に、婚姻前提で家族の顔合わせが決まった。
別大陸に行くのは始めてだ。
行き先は貴族ばかりが住む大陸──梛懦乙大陸だと予想していた。だが、本当にそうだと判明して鼓動が高鳴る。
父のいる大陸。無縁だと思っていただけに、手が震えそうになる。
それでも船に何時間も乗っていると、父に会わないだろうと安易に流せて。長い時間船に揺られ、一晩を明かして港町に着き。庾月についていった──が。部外者を拒むかのような高さの塀に目を奪われる。
着いた先はまさかの最高位の城、鴻嫗城。
この城の近くにあるちいさな城に、父は婿養子にいっている。だが、鴻嫗城は父の生家。
庾月に、父のことを言うべきか迷う。
鴻嫗城が庾月の生家なら──父の名を言えば、絶対に庾月は知っている。
思わず下がってしまった首。けれど庾月には、留が場違いと思ったと勘違いされたのかもしれない。
「留に……私の家族に会ってもらえると思うと、うれしいわ」
朗らかに笑う庾月からは、珍しく年相応の緊張感も伝わってきて──でも、庾月は気付いていないだろう。
──立派だな、庾月は。
いつも凜としている。それは、最高位の姫という自覚があり、そう教えがしみついている証拠だと留は感嘆する。
一方で、年なりの彼女を見られたことをうれしくも思った。
「俺も、庾月が会わせてくれて、うれしい」
キュッと手を握る。
すると庾月はいつになく照れて、留の表情が自然とゆるんだ。
庾月に連れられて入った建物の内部は、絵画の世界のような優雅な光景が広がっている。
その、入ったすぐのところに──知った者の姿があった。
「お久しぶりです、伯父様」
その者に駆け寄っていく庾月の後ろ姿を見ながら、足が止まりそうになる。
十年以上経ったというのに、相手は変わらず──いや、身なりは会ったときとは格段に違い、鴻嫗城には相応しい姿で。
「姉上!」
留は少年の声で我に返る。そういえば庾月には、年の離れた弟がいると言っていた。
庾月へと駆け寄る少年。一方の庾月は、少年に笑みを向けている。
「お帰りなさいっ!」
「大きくなったわね」
庾月は腰を落とし、少年を受け止める。そして、留に振り返った。
「弟の颯唏よ」
続けて庾月は、弟に『大切な人よ』と留を紹介する。
「初めまして」
「初め……まして」
ぎこちなくあいさつを交す。
颯唏はまだ十歳になっていないだろうに──腰にある長剣が目に付いた。目を奪われていると、忘れられない声が留を刺す。
「留?」
「父……ちゃん……」
気付かれなければ気付かないふりをしようとしていたのに──名を呼ばれてつい、返してしまった。
初めて──というか、一度会った以来で。留自身は幼少期の面影が残っているか、わからず。
年月で外見は変わっているはずなのに──わかってくれたことが、とてつもなくうれしい。
「まあ!」
庾月の歓喜の声が聞こえ、視線を上げる。
これまで留が父について一言も口にしていなかったことを悪く思うどころか、留が伯父と関係があると喜んでいる様子。
「まさか、こんなことが……」
父の詰まるような声に、留の胸はキュッと締まる。昔呼び止めて会話をしたときのような、そんな表情を父はしていたから。
「庾月……ありがとうな」
絞り出すような父の声に、留は感極まりそうになる。
父には別の家庭がある。だから、特に梛懦乙大陸では会ってはいけなくて。だから、留は父を目の前にしたとき、知らない顔をされても仕方ないと割り切ろうとしていて。
それなのに、こんなに素直な反応をされて──。
「私が幸せなのは、伯父様のお蔭でもあるんです」
庾月は事情を詮索しようともせず、満面の笑みだ。
父が庾月に微笑んだ──と、思ったのも束の間。
「留」
思いかけず呼ばれ、背筋がピッと伸びる。
「今日は鴻嫗城に泊まるのか?」
「う、うん……」
左手をキュッと握られた。
庾月だ。
「今日は一緒にゆっくりお散歩をしようと思っているんです」
呼吸が浅いのか、妙に鼓動を感じる。
城に来たのも初めてだ。いや、『城』に来るのはわかっていたはずだけれど。
──緊張の原因は、何だっていい。それより、ふしぎだ……。
庾月がこうして寄り添ってくれると、少しずつ落ち着いてくる。
「そうか」
父がしんみりと言ったかと思えば、
「またな」
ポンと、留の肩を叩いて城内へと消えていった。
父の背を、初めて会ったときも、こうして眺めていた。
あのときは駆けて行きたい気持ちをグッと堪えて──もう会えないだろうと思いながらも、引き止めてはダメだと──眺めていた。
けれど、こうしてまた会えた。
言葉も交わせた。
父の『またな』という言葉は二度目だ。
ずっと思ってくれていたと伝わってきて、ジワジワと心にしみてくる。
父は庾月にありがとうと言っていたが、留も同じだ。
ふと、キュッと腕を引っ張られたかと思えば、
「ちょっとお散歩してくるわね」
と、庾月は弟に言って歩き始めた。留は慌てて歩き始める。
──こんなところが、またかわいい。
留は頬がゆるむ。
少し歩くと、一面のガラスから花畑のような美しい景色が見えてきた。
「これから、あそこに行こうと思うのよ」
眩しい笑顔を庾月は浮かべる。
留は了承し、道中の案内を受け目的地に着く。『中庭よ』と庾月が教えてくれ、花々を見て回る。
庾月の表情が一層輝いている。
「ちいさいときに、お父様と……よく来たのよ」
普段見せない、子どものような笑顔を見せ──庾月は深い愛情を受け育ったのだろうと伝わってきた。
「きれいだね」
留は庾月に言ったのに、
「ええ、ここはきれいでとても好き」
と、花々のことと捉えられた。
留は照れて笑う。
照れ笑いと庾月は気付かなそうで、留は内心安堵する。
そうしてまた城内に戻り、正面から初老の男性が来た。
「大臣」
そう呼んで庾月は止まる。
留も従うように、足を止めた。
大臣は一礼して告げた。しっかりと、一線を引くように。
「お話しを、よろしいでしょうか」




