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 僕が目を覚ましたのは、清潔なシーツの感触と、窓から差し込む柔らかな光の中だった。

 魔力を使い果たした後の独特の倦怠感はあるものの、不思議と気分は悪くない。

 ここは……アカデミアの医務室らしい。


「あ……ロイ! よかった、気がついたんだね!」


 僕がゆっくりと身を起こすと、ベッドの脇の椅子でうたた寝をしていたらしいニコが、ぱっと顔を上げた。

 その目元が少し赤いのは、僕のせいだろうか。


「僕……どれくらい眠ってたの?」

「丸一日だよ! 先生たちが言うには、魔力をほとんど空っぽにしちゃったからだって。でも、アカデミアの魔力の乱れは、ロイのおかげで完全に収まったんだって!」


 そうなんだ……成功したんだ。

 僕はほっと胸をなでおろしながら、自分の内なる変化に気づいていた。

 なんだろう、この感じ。

 世界の魔力の流れが、以前よりもずっと鮮明に……まるで色や形を持って「見える」ような、不思議な感覚が僕の中に残っている。

 僕はその戸惑いを胸の奥にしまい込んだ。


 コンコン、とドアがノックされ、グラン教官が入ってきた。

 その表情は、どこか気まずそうで、それでいて複雑な色をしていた。


「……ご苦労だった、アンデシウス」

 

 グラン教官は、まず僕に労いの言葉をかけてくれた。


「だがな……どうやら、俺たちが地下でコソコソやっていたことは、全て“あの方”にはお見通しだったらしい……」

「え?」

「学長が、お前にお会いしたいそうだ。……俺の報告書が提出されるよりも前に、呼び出しの使いが来た。全く、とんでもない方だ……」

 

 グラン教官は、学長が何を考えているのか分からない、と僕に忠告した。

 その声には、明らかな畏敬の念が滲んでいた。


 

***


 

 僕とニコが学長室へ向かう道中、アカデミアの空気は一変していた。

 廊下や中庭で会う生徒たちが、僕に気づくとサッと道を開ける。

 そして、遠巻きにヒソヒソと噂を交わすのだ。


「あれがアンデシウスだ!」

「アカデミアを救ったって本当か?」

「昨日の夜のオーロラも、あいつの仕業らしいぞ!」


 突き刺さる、尊敬と畏敬の眼差し。

 今まで向けられたことのない種類の視線に、僕はどう振る舞っていいか分からず、ますます猫背になってしまう。

 そんな僕の背中を、隣を歩くニコがポンと叩いて励ましてくれた。


「ロイはすごいんだから、もっと胸を張っていいんだよ!」


 

***

 


 通された学長室は、豪華だけど華美ではなく、知的な落ち着きに満ちた空間だった。

 壁一面に、ぎっしりと古書が並んでいる。

 その奥の大きな机で、一人の老人が僕たちを穏やかに迎え入れた。

 白く長い髭をたくわえ、一見すると温和な好々爺だ。

 でも、その瞳の奥には、全てを見透かすような鋭い光と、計り知れない深さが宿っている。

 この人が……アカデミアの学長。


「よく来てくれたね、アンデシウス君。ニコ君も。まずは座りなさい」

 

 学長は、僕たちがグラン教官と事を隠そうとしていたことなど、最初から知っていたという口ぶりだった。


「グラン先生の君を思う気遣いには感謝しているよ。だが、彼の報告書が提出される前から、君たちの動向は全て把握させてもらっていた。あの地下の“遺物”のことも含めてね」

 

 ニコが隣で、息を呑むのが分かった。

 学長は、僕たちの行動を咎めるどころか、心からの称賛を口にしてくれた。


「君の知識、的確な判断力、そして何よりアカデミアを救おうと立ち上がったその勇気、実に見事だった。本当によくやってくれたね、アンデシウス君」

 

 彼は、古代魔法について、自身の見解を語ってくれた。


「古代魔法はその力の強大さ故に、悪用や制御失敗を恐れる者が多い。しかし、力そのものに善悪はない。火が食事を温めることもできれば、家を焼き払うこともできるようにね。重要なのは、それを使う者の心だ。私には、君にはその資格があるように見える」


 そして、学長は穏やかな表情のまま、本題に入った。


「さて、君のその類稀なる力、このまま埋もれさせておくのは、アカデミアにとっても、そして君自身にとっても、あまりに惜しい。まずは、その力をアカデミアの皆に正しく示す必要があるだろう」


 

***

 


 学長は、僕に一つの道を提示した。

 それは、近日開催される伝統の「学内ランキング選抜大会」への出場。


「この大会は、学年を問わず、アカデミアの最強を決める最も権威ある舞台だ。そこで君が優勝すれば、君自身の評価はもちろん、君が信じる古代魔法の有用性を、誰もが認めざるを得なくなるだろう。どうかな? 君の力、見せてみたまえ」

 

 僕は、その提案に戸惑うしかなかった。


「え……僕が、ですか? 戦うなんて、あまり得意では……それに、目立つのは……」

 

 僕がしどろもどろに言うと、学長は優しく、しかし有無を言わせぬ圧力を含んだ笑みで応えた。


「これは命令だよ、アンデシウス君。これは、君と、君の信じる魔法の価値を、このアカデミアに示す最初の『試練』だと思いなさい。まあ、いろいろ勝手なことをやった罰だとでも思ってくれ」

 

 断れない……。

 その言葉には、そんな重みがあった。

 隣でニコは「すごいよロイ! 大会だよ!」と目を輝かせている。

 でもすぐに、僕の戸惑いを察して、少し心配そうな顔になった。


 学内ランキング選抜大会。

 僕の、新たな挑戦が、こうして始まろうとしていた。

 

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