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「……やるんです。僕たちの手で、このアカデミアを救うんです」


 僕の力強い言葉に、教官室の空気は張り詰めた。

 グラン教官は、まるで信じられないものを見るかのように僕を見つめ、そして叫んだ。


「馬鹿を言うな! 一介の学生に、アカデミアの存亡がかかった事態をどうこうできるわけがないだろう!」


 彼の言うことはもっともだ。

 でも、僕は臆することなく、禁書庫から持ち出した文献の写しと、自分で書きなぐったメモを机の上に広げた。


「この装置のズレは、中枢制御魔法陣の『基準点』が、数百年の歳月で天体の位置とズレてしまったことが原因です。この基準点を、現代の星の運行に合わせて再計算し、強制的に上書きする必要があります」


 僕は淡々と、しかし情熱を込めて説明を続ける。


「そのためには、まず膨大な計算で正しい補正値を割り出すこと。次に、その補正値を魔力に変換して中枢に送り込むための『接続用魔法陣』を新たに構築すること。そして最後に、強力な魔力干渉に耐えるための『防護結界』を展開した上で、僕が直接、中枢に魔力を流し込みます」


 その計画の、あまりに緻密で、そしてあまりに無謀な発想に、グラン教官は言葉を失っている。

 他に手がないこと、そして目の前の僕が持つ異常な知識。

 それを、彼はもう認めざるを得なかった。


「……万が一失敗すれば、お前は無事では済まんぞ。それでもやるのか?」

「はい」


 僕が即答すると、グラン教官は天を仰いで深いため息をつき、そして腹を括ったように言った。


「……分かった。この件、俺も貴様に乗ろう。俺の権限でできることは何でもする。必要なものがあれば言え!」


 こうして、僕と、ニコと、グラン教官。

 三人だけの「アカデミア救出秘密チーム」が、非公式に結成された瞬間だった。


 

***

 


 それからの数日間は、本当に目まぐるしかった。


 僕はグラン教官の手引きで、アカデミアの天文台や計算室に籠りきりになった。

 黒板という黒板、使える限りの羊皮紙に、常人には到底理解できないであろう数式や幾何学模様、そして魔法陣を、猛烈な勢いで書き連ねていく。

 頭の中の知識と、古代の魔道具から流れ込んできた情報が、パチパチと火花を散らしながら結合していくのが分かった。


「ロイ、また徹夜したでしょ! 少しは寝ないとダメだよ!」


 ニコはそんな僕を見て、呆れながらも毎日食事や飲み物を運んでくれた。

 僕の頬についたインクの汚れを、彼女がそっとハンカチで拭ってくれる時だけが、僕が唯一、現実に戻ってこられる時間だったかもしれない。


「あいつは俺をこき使いおって……! だが、不思議と悪い気はせん……」


 グラン教官はそうぼやきながらも、僕が必要とする道具――高純度の魔石や、魔法陣を描くための特殊な魔力インク、結界用の増幅器なんかを、アカデミアの規則を曲げてまで調達してきてくれた。


 そして、数日が過ぎた。

 目の下に濃いクマを作り、髪もボサボサになった僕だったけど、その目は爛々と輝いていた。


「計算は……終わりました。接続用魔法陣の設計も……完了です。いつでも、始められます」


 

***

 


 決行当日。

 地下倉庫には、グラン教官が用意した結界増幅器などが設置され、物々しい空気が漂っている。

 彼は現代魔法でできる最大限の防護結界を展開しながら、僕に真剣な表情で告げた。


「いいかアンデシウス、もし失敗して魔力が暴走しそうになったら、すぐに中断しろ! お前の命が最優先だ!」

「……はい」

「ロイ……気をつけてね」


 祈るように手を組むニコ。

 僕は二人に力強く頷くと、床に、僕が設計した巨大で複雑な「接続用魔法陣」を描き始めた。

 チョークと、特殊な魔力インクを使って。

 その作業は、まるで神聖な儀式のようだった。


 やがて魔法陣は完成し、古代の魔道具と淡い光のラインで繋がる。

 僕は魔法陣の中央に立ち、深呼吸をした。

 計算で導き出した補正値のイメージを頭に描きながら、僕は自身の魔力を接続用魔法陣に流し込み始めた。


 その瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴゴ……!


 古代の魔道具が激しく振動し、地下倉庫全体が大きく揺れる。

 魔道具から漏れ出す不規則な魔力が、グラン教官の防護結界をバチバチと侵食し始めた。


「ぐっ……! なんて力だ……! 持たんぞ、アンデシウス!」

「くっ……!」


 僕の脳内にも、前回以上の情報の奔流と、魔道具からの明確な「抵抗」が襲いかかる。

 でも、僕は分かっていた。


(拒絶しているのか……? いや、違う……! これは、ただの『ズレ』による軋轢……! 君は、ただ痛いだけなんだ……!)


「ロイ、頑張って!」


 ニコの悲鳴のような声援が聞こえる。

 僕はさらに集中力を高めた。

 力でねじ伏せるんじゃない。

 魔道具と「対話」するように。

 優しく、しかし確実に、僕は正しい魔力の流れを導いていく。


 

***

 


 僕の魔力が、ついに魔道具の中枢に到達した。

 僕の脳裏で、ズレていた巨大な歯車が、カチリ、と心地よい音を立てて噛み合うような感覚が訪れる。


 その瞬間、全てが変わった。

 魔道具の激しい振動が、嘘のようにピタリと収まる。

 それまで不規則に漏れ出ていた魔力の乱れも、まるで朝霧が晴れるように消えていった。


 代わりに、魔道具全体が穏やかで清らかな、満点の星空のような青い光を放ち始める。

 地下倉庫は、幻想的な光に満たされた。

 その光はアカデミアの上空にまで達し、一瞬だけ巨大で美しいオーロラのような光が夜空に揺らめいた。

 後に「奇跡の夜」として、アカデミアで長く語り継がれることになる光だった。


 僕は、全ての魔力を使い果たし、その場に崩れ落ちる。

 その身体を、ニコが駆け寄って優しく抱きとめてくれた。


「ロイ! やったね……! すごいよ……! 本当に……!」


 グラン教官は、目の前の信じられない光景と、携帯していた魔力計が完全に安定した数値を示しているのを見て、呆然としながらも呟いた。


「……やり遂げたのか、あいつは……。アカデミアを、救ったのか……」


 ニコの腕に抱かれながら、僕はぼんやりとした意識の中で、自分の内なる変化に気づいていた。

 魔道具と深く繋がったことで、世界の魔力の流れが、以前よりもずっと鮮明に「見える」ようになっていたんだ。


(なんだろう……この感じ……。ニコの魔力や、グラン教官の魔力……アカデミア全体の魔力の流れが……まるで色や形を持って、手に取るように分かる……)



 

 

 その時。

 地下倉庫の入り口の影で、一連の出来事を静かに見つめていた人物がいた。

 彼は、安定した魔道具と、その中心で倒れているロイを見て満足げに頷くと、静かにその場を去っていく。


(『星辰の調律』を独力でやってのけるとは……。やはり彼こそが、我々が長年探し求めていた『鍵』となる存在やもしれんな)


 何かとてつもなく大きな運命に巻き込まれ始めていることを、この時のロイはまだ知る由もなかった。

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