表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/25


 僕の指先が、古代の魔道具に触れた、その瞬間だった。

 魔道具に刻まれた魔法陣の線が、一瞬だけ淡い青白い光を放つ。

 そして――。


「う……あ……っ!」


 短い悲鳴を上げて、僕はその場にふらりと膝をついた。

 嵐が吹き荒れる空。

 満天の星々の運行。

 見たこともない複雑な設計図。

 そして、聞いたこともない古代の言葉。

 それらが洪水のように、僕の脳内へ直接流れ込んでくる。


「ロイ!? どうしたの、しっかりして!」

 

 ニコが慌てて僕の肩を支えてくれる。


「アンデシウス! 一体何が起きた! すぐにそれから離れろ!」

 

 グラン教官も、警戒しながら僕に声を荒らげた。

 情報の奔流は、ほんの数秒で収まった。

 僕はぜえぜえと息を切らしながらも、驚きと、それ以上の知的な興奮が入り混じった目で、目の前の魔道具を見上げる。


「今のは……この魔道具の……記憶? いや、違う……設計思想そのものが、直接、頭の中に……?」


 

***

 


「危険だ。もうこれ以上は触れるな」

 

 僕のただならぬ様子を見て、グラン教官が厳命する。

 僕はゆっくりと立ち上がり、首を横に振った。


「いえ、大丈夫です。それより、グラン教官。今ので少しだけ分かりました。これはやはり、ただの観測儀ではありません」

 

 まだ少し混乱している頭で、僕は必死に言葉を紡ぐ。


「さっき見えたイメージの中に、見たこともない魔法陣のパターンがいくつかありました。それを手掛かりにすれば、図書館でこの魔道具の正体が分かるかもしれません」

 

 僕の真剣な表情に、グラン教官は半信半疑ながらも、何かを諦めたように深いため息をついた。


「……分かった。私の責任でアカデミアの書庫を自由に使う許可を出そう。だが、無茶はするな。何か分かれば、どんな些細なことでもすぐに私に報告しろ。いいな?」

「はい!」

 

 僕は力強く頷いた。

 ニコは、僕の顔色を心配そうにのぞき込みながらも、黙って僕の後についてくる決意をしてくれたようだった。



***

 


 アカデミアの大図書館。

 僕たちは、グラン教官から預かった「特例閲覧許可証」を厳めしい司書に見せ、その目を丸くさせながら、普段は固く閉ざされている禁書庫へと足を踏み入れた。

 埃っぽく、古い紙とインクの匂いが充満している神秘的な空間。

 僕は、水を得た魚のように、書架から書架へと移動し始めた。

 脳裏に焼き付いた魔法陣のパターンを手掛かりに、古代の工学書や天文学、魔法理論の文献を片っ端から調べていく。


「ロイ、ちょっとは休憩したら? また夢中になってるけど、顔色が悪いよ」

 

 調査に没頭する僕に、ニコが水筒を差し出してくれる。


「ありがとう、ニコ。でも、もう少しだけ……。あと少しで、何かが繋がりそうなんだ……。さっき頭の中に流れてきたイメージと、この本の記述が、パズルのピースみたいに……」

 

 ニコはそんな僕を見て、困ったように笑いながらも、僕が求める本を探すのを手伝ってくれた。

 彼女の存在が、僕の焦る心を少しだけ落ち着かせてくれる。


 そして、調査開始から数時間が経った頃だった。

 僕は、誰も見向きもしないような、一冊のマイナーな文献を手に取った。

 そのページをめくる手が、ピタリと止まる。


「……あった……! これだ……! 間違いない!」


 僕が見開いたページには、脳内で見た未知の魔法陣のパターンと酷似した、しかしより完全な形の図が描かれていた。

 隣からのぞき込んだニコが、「見つかったの、ロイ!?」と声を上げる。

 僕は興奮した様子で、そこに書かれた古代文字を、まるで現代の言葉であるかのようにスラスラと読み解き始めた。

 そして……僕の表情は、興奮から驚愕へ、そして次第に険しいものへと変わっていった。


 

***


 

「……なんてことだ……。『天候観測儀』なんかじゃ、全然ない……。これは……」


 僕はゴクリと唾を飲み込み、隣にいるニコに向き直る。

 その魔道具の真の名称は、『星辰制御式・広域魔力安定装置』。

 役割は、この地域一帯の魔力、つまりマナの流れを、天体の星々の運行と精密に同期させることで、常に安定した状態に保つための、超高度で大規模な装置だったんだ。


 僕は、自分の立てた推測を、震える声で語り始めた。


「何百年も正しいメンテナンスを受けずに放置されたせいで、この装置の機能に、致命的なズレが生じてるんだ。星の運行と同期できていないから、逆に周囲の魔力を乱す原因になってしまっている。最近観測されていた魔力の乱れは、その前兆だったんだ……!」

「え……? それって……」

「このまま放置すれば、ズレはどんどん大きくなって……いずれは制御不能になった魔力が暴走を引き起こす。そうなったら、アカデミア全体が……いや、この街ごと吹き飛ぶかもしれない……!」

 

 僕の言葉に、ニコは息を呑み、その顔からサッと血の気が引いていくのが分かった。


 

***

 


 僕とニコは、発見した文献を手に、グラン教官の元へ緊急報告に向かった。

 教官室で僕の報告を聞き、文献に目を通したグラン教官は、その内容の重大さに絶句している。


「馬鹿な……! そんなものが、このアカデミアの地下に眠っていたというのか……! 大災害だと……? そんなこと、我々教師陣は誰一人として知らなかったぞ……!」

「先生、どうにかならないんですか!?」

 

 ニコが悲痛な声を上げる。

 グラン教官は、頭を抱えて呻いた。


「どうにもならん! 現代魔法では解析すらできんのだぞ! ましてや、そんな古代の超技術の塊など……我々には手も足も出ん……! 学長に報告して、全生徒を避難させるしか……いや、しかし、そんなことをすれば大パニックに……」


 絶望的な雰囲気が、部屋を支配する。

 その重たい沈黙を破ったのは、僕だった。

 僕は静かに、しかし力強く口を開いた。


「……大丈夫です。解決する方法は……あります」


 グラン教官とニコが、驚いて僕を見る。

 僕は、今まで見せたことのないような、覚悟を決めた力強い瞳で二人を見据えた。


「……いえ、やるんです。僕たちの手で、このアカデミアを救うんです」


 僕の言葉に、二人の瞳に、小さな光が灯った気がした。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ