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 昨日の騒動から一夜明けた。

 僕は、少し重たい足取りで教室のドアを恐る恐る開ける。

 その瞬間、昨日までの嘲笑や無関心とは全く違う、奇妙な注目を浴びた。

 ガヤガヤと騒がしかった教室が一瞬シンと静まり返り、そこにいる全員の視線が、僕一人に突き刺さる。


「よ、よぉ、アンデシウス!」


 その静寂を破ったのは、今まで僕のことを一番馬鹿にしていたはずの、クラスのリーダー格の男子生徒、マークだった。

 彼は取り巻きと一緒に、ぎこちない笑顔で僕に近づいてくる。


「昨日は……その、すごかったな! いやー、マジで! 俺、お前のこと見直しちまったぜ! これからはダチとして、よろしくな!」

 

 そう言って、マークは馴れ馴れしく僕の肩を叩こうとする。

 僕は思わず少し身を引いてしまい、その手は空を切った。


「俺も俺も!」「昨日の魔法、もう一回見せてくれよ!」「今度、俺の魔法も見てくれよ!」


 他の生徒たちも、昨日までの態度が嘘みたいにワッと僕の周りに集まってきて騒ぎ立てる。

 僕は、この急激な態度の変化に全くついていけず、戸惑いの表情で固まってしまった。


(ダチ……? 友達ってこと? なんで急に……? 僕、何かしたかな……? 昨日、アカデミアの施設を壊しちゃったのに……?)


 僕が頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべていると、いつの間にか隣の席に座っていたニコが、僕の袖をくいっと引っ張った。

 そして、腕を組んで「ふふん」と得意げな顔で耳打ちしてくる。


「だから言ったでしょ、ロイ。みんな、やっとロイのすごさに気づいただけなんだって。分かりやすいんだから」


 

***

 


 その日の魔法史の授業。

 年配の教師が、教科書を棒読みするように、古代魔法について解説していた。


「……このように、古代魔法は詠唱や魔法陣が複雑すぎるあまりに廃れ、現代魔法へと発展しました。その技術は非効率で、今となっては歴史的価値しか持たない危険な遺物である、というのがアカデミアの公式見解です……」


 そこで、教師の視線が僕を捉えた。

 明らかに、僕を試すような、意地の悪い光がその瞳に宿っている。


「――と、言われていますが……。アンデシウス君。君は昨日、その“遺物”とやらで訓練場を半壊させたそうじゃないか。何か教科書とは違う、特別な意見でもお持ちかな?」


 教室中の視線が、また僕に集まる。

 「おい、当てられたぞ」「なんて答えるんだ?」というヒソヒソ声が聞こえる。

 僕は、悪気なく、昨日グラン教官に命じられたレポート作成のために調べていた知識を元に、淡々と答えた。


「いえ、特別な意見というわけでは……。ただ、『非効率』というのは術式の一部を切り取った見方で、例えばマナ循環の理論においては、現代魔法の瞬間的な魔力放出よりも、古代魔法の持続的な律動循環の方が遥かにエネルギーロスが少ないという論文も……。それに、危険性についても、制御理論の複雑さが原因であって、その法則性を正確に理解すれば、現代魔法よりも遥かに安全かつ高効率な側面もあるかと……」


 僕が、教師も聞いたことのないような具体的な文献名や術式理論を早口で語り始めると、教師はポカンとして言葉に詰まってしまった。


「そ、そうか……。まあ、詳しいじゃないか。……座りなさい」


 僕が席に着くと、教室は昨日とはまた違う種類のざわめきに包まれた。

 

「あいつ、力だけじゃなくて知識もヤバいのか……?」

「何を言ってるか全然分からなかったけど、とにかくすごいことだけは分かった……」

 

 そんな声が、僕の耳にも届いてくる。

 ニコは隣で、僕以上に嬉しそうに「すごい、ロイ……!」と目を輝かせていた。


 

***

 


 放課後。

 僕がニコと一緒に帰ろうとしていると、背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。


「アンデシウス。少し時間いいか。……ニコくんもだ。君にも聞いてもらっておいた方がいいかもしれん」

 

 グラン教官だった。

 僕とニコは緊張した面持ちで、彼の後についていく。

 今日のグラン教官の表情は、昨日とは違い、怒りよりも深い悩みや疲労の色が滲み出ていた。

 僕たちが連れてこられたのは、アカデミアの古い校舎。

 普段は固く閉ざされている、地下倉庫へと続く扉の前だった。


 埃っぽくて薄暗い、カビの匂いがする地下倉庫。

 その中央に、それは鎮座していた。

 巨大な天球儀のようでもあり、複雑な歯車と水晶が絡み合ったオブジェのようでもある、不思議な機械。

 間違いなく、「古代の魔道具」だ。


「これは命令ではない。あくまで、俺個人からの……いや、アカデミアの教師の一人としての、非公式な頼みだ」

 

 グラン教官は、重々しくそう前置きした。


「これは、アカデミア創設時からここにあると言われている『天候観測儀』だ。……ということになっているが、見ての通り、何百年も誰一人として動かせた者がおらん。ただのガラクタだと思われていた」

 

 彼は一度言葉を切り、苦々しげに続けた。


「だが、最近この周辺で原因不明の魔力の乱れが頻繁に観測されていてな。調査の結果、どうもこの“ガラクタ”が微弱な魔力を不規則に放出し、乱れの原因になっているらしい。だが、下手に触って暴走でもされたら、それこそ訓練場の半壊どころでは済まん。現代魔法の解析では手も足も出ない状況だ」

 

 グラン教官は、僕の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「……昨日、お前に古代魔法の使用は禁じた。だが、調査まで禁じたわけではない。アンデシウス、お前のその知識で、この魔道具の正体を突き止め、もし可能なら……これを安定化させる方法を見つけてはくれんか?」


 その言葉には、教官としての責任感と、自分が「ゴミ」と断じた知識を持つ生徒に頼らざるを得ない悔しさ、そして微かな期待が入り混じっていた。


 

***

 


 僕は、グラン教官の話もそこそこに、目の前の巨大な魔道具に刻まれた、複雑怪奇でありながらも完璧な調和を保つ、美しい魔法陣のパターンに完全に心を奪われていた。


(すごい……! なんて美しい術式構造なんだ……! 見たこともない複合魔法陣だ……! この線の流れ、この円の配置……ああ、なんて合理的で、完璧なんだ……!)


 僕は目をキラキラと輝かせ、興奮した様子でグラン教官を振り返った。


「やります! ぜひ、やらせてください! こんな素晴らしいものを調査できるなんて……! 光栄です!」

「そ、そうか。頼んだぞ。くれぐれも、無茶はするなよ」

 

 僕の予想外の食いつきぶりに、グラン教官は呆れつつも、少し安堵した表情を浮かべる。

 ニコは少し心配そうにしながらも、「ロイならきっとできるよ! 頑張って!」といつものように応援してくれた。


 僕は許可を得るやいなや、古代の魔道具にゆっくりと近づいた。

 そして、その冷たい金属の表面に、まるで大切な美術品に触れるかのように、そっと指先で触れた。


 その、瞬間だった。

 僕の指先が魔道具に触れた途端、そこに刻まれていた魔法陣の線が、一瞬だけ淡い青白い光を放った。

 そして――僕の脳内に、嵐が吹き荒れる空や、満天の星々の運行、そして聞いたこともない古代の言葉のような、断片的なイメージと情報が、洪水のように流れ込んできた。


「――っ!? これは……?」

 

 僕は驚きと困惑に目を見開いた。

 僕の知らない、何かが始まろうとしていた。

 

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