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学内ランキング選抜大会が終わり、アカデミアに短い夏休みが訪れた。
そして、今日が僕たちの王都への出発の日だ。
アカデミアの壮麗な正門前には、見送りのためにグラン教官とリリアさんが来てくれていた。
「ロイさん、杖のことで何かあれば、いつでも魔導通信をください! 新しい魔法陣を組み込むための、改良案も考えておきますから!」
「ああ、ありがとう、リリアさん」
「いいか、アンデシウス。王都の連中は、アカデミアの教師たち以上にプライドが高い。あまり問題を起こすなよ……! 絶対にだぞ!」
グラン教官の、やけに念を押した忠告に、僕は「はい」と頷く。
僕たち三人は、王家が手配してくれた豪華な魔導馬車に乗り込み、仲間たちの声援を背に、慣れ親しんだアカデミアを後にした。
***
王都までの道中、僕たちはこれからの生活に期待と不安を語り合っていた。
「国立魔法研究所……大陸最高峰の知性が集う場所ですわ。わたくしたちの実力を示すのに、不足のない舞台と言えましょう」
「どんな美味しいものがあるかなー! 王都にしかないケーキとか、絶対にあるよね!」
「王都の建築様式は、古代帝国のものを参考にしていると聞きく。図書館の蔵書が、今から楽しみだなぁ」
三者三様の期待を乗せて、魔導馬車は進む。
そして、数時間が過ぎた頃。
僕たちの目の前に、壮大な王都の景観が広がった。
天を突くような白亜の塔。
空をゆっくりと進む、巨大な魔導船。
活気に満ちた人々の喧騒。
その全てが、僕たちが今まで見てきたどんな景色よりも、圧倒的だった。
目的地である「国立魔法研究所」は、王都の中枢に建てられていた。
歴史あるアカデミアとは対照的な、機能美を追求した巨大で近代的な建物だ。
僕たちは案内役に迎えられ、研究所の大講義室のような場所に通された。
そこには、国中から集まった、いかにもエリートといった風情の研究員たちが数十人集まっている。
彼らは、アカデミアの田舎から来た若き天才を、好奇と、そして少し試すような目で、じろじろと観察していた。
***
研究員の一人、リーダー格らしいプライドの高そうな男性が、僕たちの前に進み出て、代表して質問を投げかけてきた。
「ようこそ、アンデシウス君。君の古代魔法について、我々も興味深く報告書を読ませてもらった。単刀直入に聞こう。君の理論では、マナ粒子の相互干渉問題をどう解決するのかね? 現代魔法では、この干渉限界こそが、大規模魔法の最大の障壁となっているのだが」
試すような視線。
だけど僕は、純粋に魔法の質問をされたことが嬉しくて、いつもの調子で、そして悪気なく答えてしまった。
「え? マナ粒子の干渉問題、ですか? それは、古代魔法では一番最初に学ぶ基礎理論ですよ」
「……なに?」
「そもそも、粒子を“点”として捉えるから干渉が起きるのであって、魔力を“波”として捉え、その位相を揃える『同調魔法陣』を使えば、理論上、干渉はゼロになりますが……」
僕の説明に、その場にいた研究員たちがポカンとしている。
僕は、その反応が不思議で、首を傾げた。
「あれ……? ひょっとして、ご存じなかったですか? その理論は、僕が学長からいただいた古文書にも、ごく初歩的なこととして載っていましたけど……」
僕は、純粋な疑問として、続けた。
「そんなことも分からずに、王都の研究員が務まるのですか?」
***
僕の悪意なき言葉は、しかし、彼らのエリートとしてのプライドを、粉々に打ち砕くには十分すぎたらしい。
研究員たちは、顔を真っ赤にしたり、青くしたりして、完全に絶句している。
僕の隣で、ニコが「あちゃー……」という顔で頭を抱えた。
(またロイがいつもの感じでやらかした……。グラン教官の心配が、もう現実に……!)
シャルロッテは、少し離れた場所で、「……まあ、事実ですものね」と、呆れつつも楽しそうに扇子で口元を隠している。
そんな険悪になりかけた空気を破って、部屋の奥から、一人の人物が拍手をしながら現れた。
「素晴らしい答えだ、アンデシウス君! 君のような若者を待っていた!」
白衣を着た、人の良さそうだが目の鋭い、その男性はこの研究所の所長らしかった。
彼は面白そうに笑い、僕に手を差し伸べる。
「歓迎するよ、我が研究所へ。……退屈はさせないと約束しよう」
その言葉は、僕たちの波乱に満ちた王都編の幕開けを、高らかに告げていた。




