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学内ランキング選抜大会での優勝から、数日が過ぎた。
僕の日常は、以前とは比べ物にならないほど変わってしまっていた。
「あ、ロイ様だ!」「エンシェント・レイの司令塔よ!」
僕が廊下を歩くだけで、女子生徒たちから遠巻きにキャーキャーと声が上がる。
休み時間になれば、サインを求める生徒たちに囲まれることも日常茶飯事だ。
僕はそんな状況に全く慣れず、どうしていいか分からずに挙動不審になってしまう。
「え、あ、あの……僕は別に、様とかじゃ……」
「やれやれ、英雄様は大変ですわね。少しは堂々となさいな」
シャルロッテが、やれやれといった風にため息をつく。
「もー、ロイったら、もっとシャキッとして!」
ニコが、いつの間にか僕のマネージャー兼護衛役のように、慣れた手つきで人垣を捌いてくれる。
僕たち三人の、新しい、そして少しだけ騒がしい日常が始まっていた。
そんなある日の授業後だった。
グラン教官が、僕たちの教室にやってきた。
「アンデシウス。学長がお呼びだ。……それと、ニコ君、シャルロッテ君もだ。三人でご一緒願いたいとのことだ」
チーム全員が呼ばれた、という事実に、僕たちは顔を見合わせる。
ただ事ではない雰囲気を察し、僕たちは緊張した面持ちで学長室へと向かった。
***
学長室の扉を開けると、そこにはグレイワイズ学長とグラン教官、そして見慣れない、いかにも高官といった風情の壮年の男性が待っていた。
彼の胸には、王家の紋章が誇らしげに輝いている。
「紹介しよう。こちらは王宮魔術師団の副団長、アイゼン様だ」
学長の言葉に、僕たちは息を呑んだ。
アイゼン副団長は、厳しい目で僕を値踏みするように見つめ、重々しく口を開く。
「君が、ロイ・アンデシウス君か。大会での活躍、そして地下遺物の件、報告は陛下にまで届いている」
その言葉が意味するのは、僕の功績が、このアカデミアという小さな枠を飛び越えて、国家レベルで注目されているということだった。
特に、古代魔法という失われた技術を、実践レベルで、しかも新たな形で復活させたことに、王宮の魔術師団が強い関心を持っているらしい。
アイゼン副団長は、従者から金色の装飾が施された、王家の印が押された羊皮紙の巻物を受け取ると、僕に差し出した。
「それは、王家からの正式な招待状だ」
僕が戸惑いながらもその荘厳な巻物を受け取ると、アイゼン副団長がその内容を説明する。
「君を、王都にある『国立魔法研究所』の特任研究員として、期間限定で招聘したい。もちろん、アカデミアには在籍したままで構わない。君の持つ古代魔法の知識を、国のために役立ててほしい」
グレイワイズ学長が、にこやかに補足してくれた。
「王都には、国中から集まったエリート魔術師や、アカデミアの比ではない古代の遺物が数多く眠っている。それこそが、私が言っていた『本当の“試練”』の第一歩だよ、アンデシウス君」
王都の、国立魔法研究所。
僕は、突然のスケールの大きな話に圧倒される。
だけど、そこで一つの重要な疑問が頭に浮かんだ。
「あの……学長。大変光栄な話ですが、僕は、この大会で優勝したので、アカデミアの代表として学園対抗戦に出場することになるのでは……? その件は、どうなるのでしょうか?」
僕の質問に、学長は「うむ、よくぞ気づいたね」と穏やかに微笑んだ。
「その通りだ。だが、心配はいらない。学園対抗戦は、次の学期、つまり秋に行われる。王都への招聘は、それまでの夏休みの期間を利用したものだ。むしろ、王都でさらなる知見を得て、より強くなって帰ってくることを期待しているよ。それこそが、対抗戦で我が校を勝利に導く、最大の力となるだろう」
学長の言葉に、僕の中で点と点がつながった。
僕のやるべきことが、明確になったんだ。
その僕の表情の変化を見て、シャルロッテが目を輝かせる。
「王都の国立魔法研究所……! それに、対抗戦のためのパワーアップも兼ねていると。面白そうですわね!」
ニコは、少し不安そうにしながらも、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「ロイが行くなら、私も行く! どこへだって!」
僕は、力強く頷いてくれる仲間たちの顔を見て、そして手の中の重い招待状を見つめる。
僕の目の前には、アカデミアという枠を超えた、広大な世界への扉が開かれようとしていた。
僕は、静かに、しかし力強く頷く。
僕たちの、新たな舞台への挑戦が、今、始まろうとしていた。




