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割れんばかりの歓声が、決闘場を揺らしていた。
アカデミア中の生徒、教師、そして理事や貴族たちまでが見守る、学内ランキング選抜大会、決勝戦。
落ちこぼれチームとまで言われた僕たち『エンシェント・レイ』が、ついにここまで辿り着いた。
目の前に立つのは、アカデミア最強の男、生徒会長アレクシス・フォン・シルフォードが率いるチーム『イージス・オーダー』。
「決勝戦、始め!」
審判役のグラン教官の、緊張に満ちた声が響き渡る。
その瞬間、動いたのはアレクシス先輩のチームメイト二人だった。
彼は静かに佇むだけ。
二人の生徒が一寸の狂いもない動きで同時に前に出て、アカデミア史上最強と謳われる防御結界を展開する。
「《アブソリュート・リフレクション》!」
それは、ただの壁ではなかった。
僕たちの目の前の空間そのものが、陽炎のように歪み、淡い光の粒子で満たされていく。
あらゆる魔力を歓迎するかのような、完璧で、そして異質な結界。
「行きますわよ!」
シャルロッテが先手必勝とばかりに、練習を重ねた新技を放つ。
「《ライトニング・レールガン》!」
極限まで圧縮された雷の閃光が、一直線に結界へと突き進む。
しかし、結界に触れた瞬間、あれほどの威力を持つはずの雷撃が、何の抵抗もなくスッと吸い込まれてしまった。
そして、直後。
僕たちの目の前に、倍以上の威力になった雷撃が、カウンターとして撃ち返されてきた。
「くっ……! 《ガイアズ・シールド》!」
ニコが決死の防御魔法でなんとか防ぐが、分厚いはずの土の盾に、大きな亀裂が走る。
ニコの顔が、苦痛に歪んだ。
「なんて威力なの……!」
「わたくしの魔法が……吸収されて、返された……?」
シャルロッテが、信じられないものを見る目で結界を睨む。
僕たちは、その後も波状攻撃を仕掛けた。
ニコの土の槍、僕の牽制の火球、シャルロッテの連続雷撃。
だが、その全てが、あの忌まわしい結界に吸収され、より強力なカウンターとなって僕たちを襲う。
攻撃すればするほど、敵が強くなる。
僕たちは、完全に攻略不能な“完璧な壁”を前に、絶望的な状況に追い込まれていた。
***
アレクシス先輩は、その様子を冷静に見つめ、的確な指示でカウンターの軌道をコントロールし、僕たちをジリジリと、まるで遊ぶかのように追い詰めていく。
彼の顔には、まだ王者の余裕さえ浮かんでいた。
「くっ……! 完全に遊ばれていますわ……!」
「どうしよう、ロイ……! これじゃ、手も足も出ないよ……!」
シャルロッテが悔しそうに叫び、ニコが悲痛な声を上げる。
僕は、二人に告げた。
これが、僕たちの最後の作戦。
「ニコ、シャルロッテ! 作戦を実行する! 僕が魔法陣を完成させるまで、なんとか時間を稼いで!」
「……! ええ、あなたを信じますわ!」
「うん! 任せて!」
僕はその場に膝をつき、学長から貰った古文書に記されていた、禁忌の古代魔法の魔法陣を、凄まじい集中力で描き始めた。
禍々しいほどの静寂をたたえた、黒い光を放つ魔力インクで。
その僕の姿を見て、アレクシス先輩の表情から、初めて笑みが消えた。
「……あれは、まずいな。二人とも、全力であの魔法陣を破壊しろ」
彼の指示で、カウンター攻撃の威力と頻度が、先ほどとは比べ物にならないほど跳ね上がる。
ニコとシャルロッテの、決死の時間稼ぎが始まった。
「絶対に、通さないんだから!」
ニコは巨大な土壁を何重にも作り出すが、カウンター攻撃で次々と破壊されていく。
彼女は魔力切れ寸前になりながらも、歯を食いしばって耐え続ける。
シャルロッテは、威力を抑えた無数の雷撃で敵のカウンターを相殺し、ニコの負担を減らそうと奮闘する。
僕の「魔力視」による回避指示が、二人に飛び交う。
「シャルロッテ、右翼のカウンターを!」「ニコ、防御をその一点に集中させて!」
二人は満身創痍になりながらも、僕が魔法陣を完成させるための、絶望的に長い時間を、必死に稼いでくれていた。
***
ニコとシャルロッテが、限界を迎える寸前だった。
「――完成、です!」
僕は立ち上がり、禍々しいほどの静寂をたたえた黒い魔法陣に、残った魔力の全てを注ぎ込む。
「《ゼロ・ディメンション》!」
魔法陣から、光を吸収するような漆黒の球体が出現した。
それはゆっくりと、しかし確実に拡大していく。
周囲の音や光、空気中の魔力さえもが、その球体に吸い込まれていくような、異様な静寂が決闘場を包んだ。
黒い球体は、アレクシス先輩の鉄壁の防御結界に触れた。
派手な爆発も衝撃もない。
ただ、音もなく、結界が「消し去られていく」。
結界が端から脆くなり、砂のように崩れ、黒い球体に喰われていった。
結界に蓄えられていた膨大な魔力もろとも、その存在が、空間から抹消されていく。
魔力の供給源である結界を失ったアレクシス先輩のチームメイトは、魔力欠乏を起こしてその場に膝をつき、戦闘不能になった。
アレクシス先輩だけが、信じられないものを見る目で立ち尽くしている。
その表情から、初めて余裕という名の仮面が剥がれ落ちていた。
「私の……完璧な魔力循環が……“無”に還された、だと……?」
彼が、静かに呟いた。
「……降参だ」
***
「……しょ、勝者、チーム『エンシェント・レイ』!!」
グラン教官の、震える声での勝利宣言。
一瞬の静寂の後、観客席から、アカデミアが揺れるほどの、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
アレクシス先輩が、ゆっくりと僕の元に歩み寄ってくる。
「見事だ、挑戦者。……いや、新たな王者。君の勝ちだ」
彼は、初めて見せる悔しさと、しかしどこか晴れやかな表情で、僕に握手を求めた。
僕も、その手を固く握り返す。
表彰式。
僕たち三人は、ボロボロだったけど、誇らしげに優勝トロフィーを掲げた。
ニコは喜びを爆発させ、シャルロッテは疲れて僕の肩にもたれかかりながらも、満足げに微笑んでいる。
僕は、全てを出し切り、そんな仲間たちに支えられて、静かに微笑んだ。
観客席の片隅で、グレイワイズ学長が、その光景を満足げに頷きながら見つめている。
そして、僕にだけ聞こえるような、小さな声で呟いた。
「見事だった。だが、本当の“試練”は、ここから始まるぞ、“星見の才”を持つ者よ」
学長の意味深な言葉が、僕たちの輝かしい勝利の先に、まだ見ぬ壮大な物語が続いていることを、静かに予感させていた。




