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準決勝を突破した翌日。
僕たち『エンシェント・レイ』の三人と、今回は強力な協力者としてリリアさんも加わって、四人でアカデミアのラウンジに集まっていた。
テーブルの上には、決勝の相手、生徒会長アレクシス・フォン・シルフォードが率いるチーム『イージス・オーダー』のデータが広げられている。
祝勝会、というには、少し空気が重すぎた。
「あの人の魔力制御は異常ですわ。まるで、生き物ではない、精密機械のよう……」
「うん、なんだか空気が違う感じだったよね……」
シャルロッテとニコが、アレクシス先輩の圧倒的な存在感を思い出し、顔を曇らせる。
そんな中、リリアさんが、ずっと気になっていたという顔で、僕に問いかけた。
「ロイさん……昨日の試合の、あの空中魔法陣ですが……。一体、どうやって描いたのですか?」
彼女は、魔道具師の専門家として、その技術の異常さを説明してくれた。
「普通、空中に魔法陣を描こうとしても、魔力で構成したインクを空間に固定し続けるだけで、膨大な集中力と精密な魔力操作が必要です。簡単な線や図形ならともかく、あれほど複雑な古代魔法陣を描き上げるなど……不可能だと、どの教本にも書かれています」
その真剣な問いかけに、僕はきょとんとして答えるしかなかった。
「えっと……特にコツとかは……。ただ、落ちないように、消えないようにって、すごく集中して、頑張って描いただけ、ですけど……」
僕の答えに、リリアさんは唖然としていた。
彼女は、僕が普段から一つのことに没頭すると、周りの音が聞こえなくなるほどの、常軌を逸した集中力を持っていることを、あの工房での出会いで知っている。
彼女は、深いため息をつくと、感心したように言った。
「……それにしても、恐れ入りました。あなたは、本当に常識の外にいる方なのですね」
***
僕たちの話は、決勝の相手、『イージス・オーダー』の対策に戻った。
四人で過去の試合映像を分析する。
そこに映っていたのは、絶望的としか言いようのない光景だった。
アレクシス先輩はほとんど動かない。
彼のチームメイト二人が鉄壁の防御結界を張り、どんな攻撃もその結界に、まるで水が砂に染み込むように吸収されていく。
そして、吸収したエネルギーを、そのまま自分たちの魔力に変換して、より強力なカウンターとして放つのだ。
「わたくしの《ライトニング・レールガン》でも、おそらく吸収されて終わりですわ……。なんて防御力……」
「いえ、違います」
リリアさんが、シャルロッテの言葉を否定する。
「あれはただの防御ではありません。相手の魔力を吸収し、自分たちの魔力に変換して、カウンターに利用しているんです。現代魔法の理論を完全に逸脱した、アレクシス先輩独自の術式です。……解析不能です」
完璧すぎる防御と、カウンター。
僕の魔法陣は描く前に超精密な長距離攻撃で妨害され、シャルロッテの雷撃もニコの壁も、全てが敵の力に変わってしまう。
僕たちの全ての作戦が、行き詰まってしまった。
***
作戦が行き詰まったまま、時間は過ぎ、決戦前夜。
ニコが、シャルロッテの豪華な個室を訪ねていた。
「明日、どうなっちゃうのかな……」
「……分かりませんわ。ですが、わたくしたちは、あの司令塔を信じるしかありません」
二人の間には、いつの間にか固い友情が芽生えていた。
***
その頃、僕は一人、学長から貰った古文書を睨みつけ、考え込んでいた。
そこへ、静かにグレイワイズ学長が現れた。
「迷っているかね、アンデシウス君」
「学長……」
「難攻不落に見える“完璧”にも、必ずそれを成り立たせている“前提”というものが存在する。その前提そのものを、覆してしまえばいい。例えば……『足し算』で勝てぬなら、『引き算』で挑む、とかな」
学長はそれだけ言うと、静かに去っていった。
引き算……? 前提を、覆す……?
僕は、学長の言葉をヒントに、古文書のあるページにたどり着いた。
そこに記されていたのは、「魔力そのものを対消滅させ、空間から存在を抹消する」という、禁忌に近いとされる古代魔法。
《ゼロ・ディメンション》の理論だった。
***
そして、決勝当日。
僕は、寝不足で目の下にクマを作ったニコとシャルロッテの前に、一枚の羊皮紙を広げた。
そこには、禍々しくも美しい、新たな魔法陣が描かれていた。
「アレクシス先輩の防御が、魔力を“足し算”する魔法なら、僕たちは魔力を“ゼロ”にする“引き算”の魔法で対抗します」
僕の提示した、あまりにも無謀で、常識外れの最終作戦。
シャルロッテとニコは、その作戦に驚愕しつつも、僕の瞳に宿る確かな光を見て、ゴクリと唾を飲んだ。
選手入場ゲート。
アレクシス先輩率いる『イージス・オーダー』と、僕たち『エンシェント・レイ』が、ついに対峙する。
「良い顔になったね、挑戦者」
「あなたに勝つために来ました、王者」
短い言葉の応酬。
僕たちは、アカデミア中の視線が注がれる、決勝の舞台へと、静かに歩みを進めた。




