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準決勝の試合開始直前。
待機場所にいる僕たち三人の間には、これまでにない緊張感が漂っていた。
「相手は、おそらくわたくしたちが知らない“何か”を隠していますわ。油断は禁物です」
「うん。でも、作戦はある」
「ええ。あなたのその突拍子もない作戦に、乗ってさしあげますわ。……決勝へ、行きますわよ」
シャルロッテの力強い言葉に、僕とニコも頷く。
僕たちは、それぞれの覚悟を胸に、決戦の舞台へと足を踏み入れた。
「準決勝第一試合、チーム『エンシェント・レイ』対チーム『クラフト・ガーデン』! ……始め!」
グラン教官のゴングが鳴り響く。
その瞬間、相手チームが動いた。
リリアさんのチームメイト二人が、一斉に前に出る。
彼らの構える杖は、リリアが作ったものと同じく、美しい装飾が施されたカスタム品だ。
そして、信じられない光景が僕たちの目の前で繰り広げられた。
「《ライト・ジャベリン》!」「《ウィンド・カッター》!」
ほとんど無詠唱に近いほどの短い詠唱。
そこから放たれた光の槍と風の刃が、通常の現代魔法ではありえない速度で、弾幕のように僕たちに襲いかかってきた。
「速い!」「なんですの、この発動速度は!? なんて魔力伝導率ですの!」
ニコの防御壁とシャルロッテの牽制の雷撃が、かろうじて弾幕を防ぐ。
だけど、相手の手は止まらない。
後方で冷静に戦況を分析するリリアさんが、さらに追加の魔道具を展開し、僕たちの逃げ場を塞いでいく。
僕たちは、序盤から完全に防戦一方に追い込まれていた。
***
圧倒的な劣勢。
シャルロッテとニコが、敵の猛攻に歯を食いしばって耐えている。
僕は、その中で静かに、リリアが作ってくれた新しい杖を構えた。
そして、持ち手にはめ込まれた六角形の水晶を、カチャリ、と親指で回転させる。
敵の光の槍が、僕の顔面に迫る。
僕は水晶の魔法陣を《プリミティブ・シールド》に合わせ、杖先から瞬時に小さな防御壁を展開して攻撃を受け流す。
続けざまに放たれる風の刃の弾幕。
僕は水晶を回し、《ステップ・アーツ》でその隙間を縫うように回避。
さらに《エア・ジャンプ》で高く跳躍し、空中で体勢を立て直しながら牽制の《ファイア・ショット》を放ち、敵の陣形をわずかに乱した。
僕の臨機応変な動きに、リリアさんの目が初めて見開かれる。
圧倒的な速度差を、僕は判断速度と対応速度で、必死に埋めていた。
でも、これだけじゃ勝てない。
戦況を打開するには、決定的な一撃が必要だ。
「ニコ、僕の前に最大の壁を! 3秒だけ持ちこたえて!」
「うん!」
「シャルロッテ、僕の魔法陣に集中して!」
「ええ!」
ニコが最後の力を振り絞って巨大な土の壁を作り出し、一瞬だけ敵の猛攻を防ぐ。
その隙に、僕はシャルロッテの足元に「魔力循環補助魔法陣」を即座に展開した。
彼女は、僕のサポートを信じ、練習してきた新技の詠唱を始める。
「見せてさしあげますわ……わたくしたち三人の、本当の雷を! 《ライトニング・レールガン》!」
極限まで圧縮された雷の魔力が、一本の閃光となって放たれる。
それは、相手の一人が展開した防御魔法を紙のように貫き、彼を戦闘不能に追い込んだ。
戦況に、ようやく風穴が開いた。
***
敵が一人減ったことで、僕に時間が生まれる。
僕はニコとシャルロッテに告げた。
「ここからは、僕の番です」
僕は杖の《エア・ジャンプ》を連続で使い、一気に空高く跳躍した。
そして、空中に留まりながら、魔法インクで巨大な魔法陣を描き始める。
「空中に魔法陣を……!? 馬鹿な、理論上だけの空想のはず……!」
リリアさんが、初めて驚愕の声を上げた。
彼女はすぐさま、残ったメンバーと共に、全力で空中の僕を狙う。
「ロイには指一本触れさせませんわ!」
「行かせないんだから!」
地上で体勢を立て直したシャルロッテとニコが、必死にその攻撃を食い止めてくれる。
二人が限界を迎えようとした、まさにその時だった。
僕の、空中の魔法陣が完成する。
それは、広範囲の魔道具を機能不全にする、古代の対魔術師用魔法。
「《アンチ・マジック・サーキット》」
僕が静かにそう告げると、空中の魔法陣から、目に見えない波紋が広がった。
その瞬間、リリアさんが展開していた全ての魔道具と、残ったメンバーの改造杖が、バチバチと火花を散らして機能を停止した。
「……見事です、ロイさん」
為す術のなくなったリリアさんが、天を仰ぎ、静かに降参を宣言した。
「勝者、チーム『エンシェント・レイ』!」
グラン教官の声が響く。
試合後、僕たちは健闘を称え合い、リリアさんと固い握手を交わした。
「まさか、うちの杖の特性まで見抜いた上で、あの対応を……。あなたのその“目”と“頭脳”、恐れ入りました」
彼女の言葉に、僕はただ、はにかんだ。
その時、僕は観客席から向けられる、一つの鋭い視線に気づいた。
生徒会長、アレクシス・フォン・シルフォード。
彼は、僕の「空中魔法陣」を見て、初めてその穏やかな表情を崩し、まるで獲物を見るかのような目で、僕を見つめていた。




