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「ま、魔法陣を……杖に……!?」
僕のとんでもない思いつきに、リリアさんは驚愕に目を見開いている。
僕は、彼女のその反応に構わず、近くにあった黒板にチョークで図を描きながら、自分のアイデアを熱心に説明し始めた。
「魔法陣の基本は、まず外円の大きさが威力や効果範囲に大きく関わります。そして、その中に描かれた模様の複雑さが、魔法の内容を決定する。つまり、より大きな円を描けば、より複雑で強力な魔法が使える可能性が広がるんです。でも、それには当然、描くための時間とスペースが必要になる」
そこが、僕がずっと悩んでいた、古代魔法の最大の弱点だった。
「だから僕は考えました。威力は最低限でいい。それよりも、発動までの速さと、状況に応じた多様性を重視するべきだと」
僕は、杖の設計図を黒板に描いていく。
「そこで、高純度の水晶に、あらかじめ小さな魔法陣を複数、精密に彫り込んでおくんです。威力よりも、精度と発動速度を重視した魔法陣を。そして、その水晶を杖の持ち手の部分に取り付ける。例えば、六角柱の水晶のそれぞれの側面に、六つの魔法陣を。そして、その水晶を回すことで、使う魔法を瞬時に切り替えるんです」
僕の画期的なアイデアに、リリアさんの目が、職人としての強い輝きを取り戻していく。
「……! それは、まるで古代の遺物にある“回転式魔導印章”のようです……! なんて素晴らしい発想……!」
***
僕たちは、具体的にどんな魔法陣を水晶に刻むか、議論を重ねた。
「僕の戦術の基本は、より強力な魔法陣を描くまでの時間をどう稼ぐか、です。だから、直接的な攻撃魔法よりも、自分の生存率を上げるための補助魔法を優先したい」
僕のその言葉に、リリアさんも頷いてくれた。
そして、僕たちは六つの、省スペースで発動できる古代魔法を選び出した。
一、《クイック・インク》。魔法インクを高速で生成・射出する、魔法陣構築の補助魔法。
二、《フィジカル・ブースト》。短時間、身体能力を向上させる。
三、《ステップ・アーツ》。高速で短距離を移動する。
四、《ファイア・ショット》。牽制用の小規模な火球。
五、《エア・ジャンプ》。空気を足場にして高く跳躍する。
六、《プリミティブ・シールド》。小規模だが展開の速い簡易防御壁。
杖の仕様が固まり、リリアが「これなら、きっと素晴らしい杖ができます!」と興奮する中、僕はさらにその先の目的を語った。
「この杖は、あくまで補助です。本当の目的は……この杖で時間を稼いでいる間に、空中に直接、大規模な魔法陣を描くことなんです」
「く、空中に……!? そんなこと、伝説の中だけの話だと……!」
驚くリリアさんに、僕は深々と頭を下げた。
「ええ。でも、この杖があれば、そのための時間を確保できるかもしれない。だから、この杖は僕にとって、未来への第一歩なんです。リリアさんの技術がなければ、絶対に作れない。お願いします」
「お、お任せください!」
リリアさんは、職人としての誇りと使命感に燃え、僕の依頼を正式に引き受けてくれた。
***
それから、数日後。
僕たち『エンシェント・レイ』は、アカデミアのラウンジにある魔法掲示板の前にいた。
そこへ、リリアさんが完成した杖を持ってきてくれた。
黒檀の柄に、銀の装飾。そして持ち手には、六つの繊細な魔法陣が刻まれた美しい水晶がはめ込まれている。
僕がその見事な出来栄えの「回転式魔導杖」を受け取った、まさにその時だった。
魔法掲示板が、ひときわ強く光り輝き、準決勝の組み合わせが更新された。
僕たちのチーム『エンシェント・レイ』の対戦相手として表示されたのは――『クラフト・ガーデン』。
そのチームのリーダーの名前を見て、ニコとシャルロッテが、息を呑んだ。
「リリア・シュヴァルツ……」
「え……」
そう、僕たちの準決勝の対戦相手は、なんと、今目の前にいるリリアさんのチームだったのだ。
***
衝撃の事実に、その場にいた全員が固まる。
僕とリリアさんは、お互いの顔を、ただ黙って見つめ合った。
リリアさんは、一瞬だけ悲しそうな顔を見せた。
だけど、すぐにその表情は、職人として、そして勝負師としての、凛としたものに変わった。
彼女は、僕に向き直る。
「……試合は試合。仕事は仕事、です」
その声には、迷いはなかった。
「ロイさん、私はあなたに、最高の杖をお渡ししました。その杖で、全力で私と戦ってください。私も、私の作る最高の魔道具で、あなたたちを倒しに行きます」
彼女は、僕にまっすぐ手を差し出した。
昨日までの協力者が、明日の敵となる。
でも、僕たちの間に、敵意はなかった。
僕はその手を取り、固い握手を交わした。
「……うん。ありがとう、リリア。正々堂々、戦おう」
お互いの技術を認め合う者同士の、清々しい敬意だけが、そこにはあった。
だけど、あれだけの技術力を持つリリア。
そして、彼女が率いるチーム『クラフト・ガーデン』の強さとは、いったい……!?
僕たちの大会は、次なる波乱を迎えようとしていた。




