表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12


 古い倉庫。

 古代魔法の光に感動する僕、ロイ・アンデシウス。

 その背後から、静かな声が響いた。


「……そこで何をしている、アンデシウス……?」


 僕は驚いて振り返る。

 手の中にはまだ、古代魔法が生み出した“本物の”光が、確かに灯っている。

 そこに立っていたのは――。


「うふふ、びっくりした? 今の声、グラン教官にそっくりだったでしょ?」

 

 いたずらっぽく笑う少女。

 僕の幼馴染の、ニコだった。

 彼女は魔法薬学の授業で習ったという変声魔法を使って、僕をからかったらしい。


「も、もう……ニコかぁ……! 本当に心臓が止まるかと思ったよ……!」

 

 僕は安堵のため息をつきつつ、ちょっと呆れた表情をニコに向ける。


「ごめんごめん。でもロイったら、最近ずっと何か隠してるみたいだったし、ここに入っていくの見ちゃったから。気になっちゃって」

 

 ニコはぺろっと舌を出して謝る。

 そして、僕の手元にまだ微かに残る古代魔法の光を見つけると、目をキラキラと輝かせた。


「で、さっきのあの光は何? すっごく綺麗だったんだけど!」


 僕は少し戸惑いながらも、ニコに正直に打ち明けることにした。

 彼女は、僕の数少ない……ううん、たった一人の理解者だから。


「こ、これは……その……古代魔法、なんだ」

「古代魔法!? わぁ、すごーい! やっぱりロイは天才だよ!」

 

 ニコは満面の笑みで、僕の手を掴まんばかりの勢いで褒めちぎる。


「ほら、私がずーっと言ってた通りでしょ? ロイならいつか絶対に何かとんでもないことするって、私、信じてたんだから!」

「え、あ、ありがとう……。でも、まだほんの初歩の初歩で、偶然成功しただけかもしれないし……」

 

 僕が照れながらそう言うと、ニコはぷくっと頬を膨らませた。


「ううん、そんなことないって! だって、今まで誰もできなかった古代魔法を、ロイが一人で使えるようにしたんでしょ? それって物凄いことだよ!」

 

 僕たちは二人で、僕が灯した古代魔法の小さな光を改めて見つめた。

 それは現代魔法の光とは明らかに違う、静かで、どこまでも純粋な輝きだった。


「……本当に、綺麗だね」

「うん……」

 

 少し甘酸っぱいような、ほのぼのとした空気が、古い倉庫の中に満ちていく。


 思えば、子供の頃からそうだった。

 僕が周りの子たちから「変わり者」とか「何を考えているか分からない」って敬遠されて、いつも一人で本を読んでいた時も。

 

 ニコだけは、僕のそばに来て、「ロイの見てる世界は、きっと他の人には見えないくらい面白いんだよ!」って言ってくれたっけ。

 

 僕が何かに夢中になって、周りの声が聞こえなくなっちゃう時も。

 ニコは「すごい集中力! それって立派な才能だよ! ロイはみんなと違うけど、それは天才だからなの。いつか世界がロイのすごさに気づく日が来るって!」って、ずっと僕を励まし続けてくれたんだ。


「ニコは昔からいつもそう言ってくれるけど、僕自身はそんなこと、全然……」

 

 僕が自信なさげに言うと、ニコは得意げに胸を張って笑った。


「もー、まだそんなこと言ってるの? ほら、私の言った通りだったでしょ? ロイはやっぱり天才だったんだって! 私の目に狂いはなかったんだから!」

「……う、うん。ありがとう、ニコ」

 

 ニコの屈託のない笑顔と、僕への絶対的な信頼。

 それが、じんわりと僕の心に温かいものを広げていくのを感じた。

 僕にも、何かできるかもしれないって、少しだけ思えたんだ。


 

***


 

 ニコに認められたことで、僕は古代魔法の可能性を、前よりももっと強く確信するようになっていた。


「それで、そのすごい古代魔法で、これからどうするの? アカデミアのみんなをあっと言わせちゃったりする?」

 

 帰り道、ニコが期待に満ちた目で聞いてくる。


「うーん、まだそこまでは考えてないけど……。でも、この魔法が本物だってことは分かったんだ。現代魔法よりもずっと合理的で、ずっと美しい。だから、もっと深く知りたいし、もっと色々な古代魔法を使ってみたいと思ってる」

 

 僕の目には、新しい決意と、純粋な探求心が宿っていた。

 ニコは、そんな僕の表情を嬉しそうに見守ってくれている。


「そういえばね、ニコ。あの時、実技場で大失敗して床に焦げ跡を作っちゃったでしょ? あの模様から、すごいヒントを見つけたんだ。力の流れを最適化する方法とか、魔法陣の新しい構造とか……。無駄なことなんて何一つなかったんだよ」

 

 僕が少し興奮気味に話すと、ニコはうんうんと頷いてくれた。


「それなら、次の実技授業で早速みんなに見せちゃえばいいじゃん! グラン教官とか、腰抜かすかもよ? それに、ロイがすごいってこと、みんなに分からせてやろうよ!」

「ええっ!? そ、そんな急に……。それに、もしまた失敗したら、今度こそ本当に退学になっちゃうかも……」

 

 僕は思わず尻込みしてしまう。

 だけどニコは、力強く僕の背中をポンと叩いた。


「大丈夫! ロイなら絶対できるって! 私がちゃーんと見ててあげるから、自信持って!」

 

 ニコの無邪気な応援に、僕の心の中にあった不安が、少しだけ軽くなった気がした。

 よし……やってみようか。


 

***


 

 数日後。

 またあの憂鬱な、現代魔法の実技授業の日がやってきた。

 グラン教官が今日の課題を発表する。

 それは、僕がこの前、床に盛大な「焦げ染み」を作ってしまった、あの「ファイア・ショット」だった。


「いいか、今日の課題は『ファイア・ショット』だ。威力よりも制御と正確性を重視する。……アンデシウス、貴様はあまり期待はせんが、せめて火花くらいはマトモに出せるようになれ」

 

 グラン教官の言葉に、クラスメイトたちからは「どうせまた線香花火だろ」「もう見飽きたってーの」なんていう声が漏れる。

 

 僕の番が来た。

 緊張で心臓がバクバクしてるけど、ニコが遠くから「大丈夫!」って感じで小さくガッツポーズしてくれてるのが見えた。

 

 僕は覚悟を決めた表情で、おもむろに自分の魔法の杖を取り出す。

 そして、詠唱を始める代わりに、杖の先を足元の地面に向けた。


 杖の先から、僕が練り上げた魔力が、青白い光のインクみたいに流れ出す。

 僕はそれを使って、複雑な魔法陣を地面に描き始めた。

 線が描かれるそばから、魔法陣が淡い光を帯びていく。


 周囲が一瞬、シンと静まり返った。

 そしてすぐに、ざわざわとした騒めきが広がった。


「な、何だあれ?」

「地面に落書きか?」

「アンデシウス、ついに頭がおかしくなったんじゃ……」


 グラン教官の顔が、みるみるうちに険しくなっていく。

 

「アンデシウス! 貴様、一体何をしている! 課題を無視する気か! ふざけるのも大概にしろ! 魔法をさっさと詠唱せんか!」

 

 怒声が飛んでくる。

 でも僕は、魔法陣を描く手を止めずに、淡々と答えた。


「いえ……。これは、魔法を発動させるための準備です」

「準備だと? そんなものは現代魔法には必要ない! その紋様……それは……まさか……!」

 

 グラン教官の声が、驚きに震えている。

 僕は、きっぱりと言い放った。

 悪びれる様子なんて、これっぽっちもない。


「はい。古代魔法です」


 

***


 

「はぁぁ!? こ、古代魔法だと!?」

 

 グラン教官の顔が真っ赤に染まる。

 その怒りは、驚きを通り越して、もはや呆れに近いものだったかもしれない。


「馬鹿も休み休み言え! そんな時代遅れの、何の役にも立たんゴミ知識を持ち出して何をするつもりだ!」

 

 他の教師たちも、もしこの場にいたなら同じように言っただろう。

 

「古代魔法など、とっくに陳腐化したただの伝説だ」

「発動するわけがないだろう、時間の無駄だ」

「落ちこぼれが最後に悪あがきか、みっともない」

 

 そんな言葉が、僕の耳にも聞こえてくる。


 クラスメイトたちからは、もっと直接的な野次が飛んできた。

 

「やっぱりアンデシウスは変わり者だな!」

「どうせ何も起きないに決まってるぜ!」

「さっさと諦めて退学しろよ!」


 ニコだけが、少し離れた場所から心配そうに、でも固く拳を握りしめて僕を見つめている。

 その瞳には、僕への絶対的な信頼の色が宿っていた。

 

 僕は、周囲の罵詈雑言に一瞬顔をこわばらせた。

 でも、足元で完成しつつある魔法陣から感じる、確かな手応え。

 そして、ニコの信じる視線。

 それが僕の心の支えになって、僕は最後の仕上げに取り掛かった。


 

***

 


 僕が描き上げた魔法陣は、古代魔法の文献にあった「熱量変換」と「集光」の基本魔法陣を組み合わせたもの。

 

 だけど、それだけじゃない。

 この前の「床の染み」から得た、「力の流れを最適化する独自の幾何学パターン」を、大胆に組み込んであった。

 

 僕だけの、オリジナルの改良型魔法陣だ。

 魔法陣全体が、まるで呼吸するかのように、青白い光を明滅させている。


 僕は魔法陣の中央に静かに立ち、深く息を吸い込んだ。

 両手を魔法陣にかざすようにして集中し、魔力を流し込む。

 詠唱はない。

 ただ、魔法陣が、眩いばかりの光を放ち始めた。


 固唾を飲んで見守る者。

 まだ嘲笑を浮かべている者。

 グラン教官は、苦虫を噛み潰したような顔で僕を睨んでいる。


(僕の考えた、最高の魔法陣……。古代魔法の理論は、間違ってなんかいなかった……!)


「古代魔法式ファイア・ショット……発動!」


 次の瞬間。

 僕の足元の魔法陣から轟音と共に放たれたのは、クラスメイトたちが放つ貧弱な火の玉なんかとは、比較にすらならない代物だった。


 巨大な――人の頭5つ分ほどの大きさはあろうかという――灼熱の火球。

 それはまるで小型の太陽のように周囲を強烈な光と熱で照らし、空間を歪ませるほどの熱波を放ちながら、訓練場の頑丈な的に向かって、恐ろしい速度で突き進んでいく。


 ドゴォォォォォン!!!


 凄まじい爆音。

 火球が着弾した的は、一瞬にして蒸発した。

 いや、それだけじゃない。

 的の背後にあったはずの分厚い防護壁すらも、黒焦げにし、その一部をドロドロに溶解させてしまっている。

 

 圧倒的な破壊力だった。


 

***

 


 灼熱の余波と爆風が収まった後。

 実技場は、まるで水を打ったように静まり返っていた。

 生徒たちは皆、口をあんぐりと開けたまま、目の前で起きた現象が信じられないという表情で固まっている。

 

 グラン教官も、他の教師たちも、そのあまりの威力に言葉を失い、ただ黒焦げになった的の残骸と、魔法陣の中心に立つ僕を、交互に見つめるだけだった。


 ニコだけが、小さく「やった……! すごい、ロイ……!」と呟き、感動と興奮で目を潤ませていた。

 僕自身も、予想を遥かに超えた威力に、少し驚いていた。


「あれ……? ちょっと……威力を上げすぎちゃった、かも……? 計算よりエネルギー変換率が高すぎたかな……?」

 

 魔法陣は、まだ淡い輝きを放ち続けている。

 僕の周囲には、制御された魔力の残滓が、陽炎のように揺らめいていた。


(大成功だ……! やっぱり、古代魔法の理論は正しかったんだ……! あの床の染みのパターンを応用した改良も、間違ってなかった……!)


 僕がふと周囲を見回すと、皆の唖然とした表情が目に飛び込んできた。

 そこでようやく、自分がとんでもないことをしでかしたことに気づいた。

 僕は困ったように、少し青ざめた顔で頬をかいた。


「えっと……あの……。もしかして、やりすぎちゃいました……かね?」

 

 その言葉に、誰も答えることができない。

 ただ、僕と、彼が生み出した規格外の魔法の痕跡だけが、その場の全てを支配しているかのように、静寂の中に存在しているのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ