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僕たちのチーム『エンシェント・レイ』の三回戦突破は、アカデミアに更なる衝撃を与えた。
「分析官」の異名を持つアーロン先輩のチームを、まさかの速攻で下したのだから当然かもしれない。
試合後の控室は、勝利の喜びに沸いていた。
「やったねー! ロイの作戦、大成功だったよ!」
ニコが、満面の笑みで僕に抱きついてくる。
しかし、シャルロッテだけは冷静に、そして厳しい表情で口を開いた。
「ええ。ですが、忘れてはいけませんわ。今回の勝利は、ほとんど賭けのようなものだったということを」
彼女は、僕にまっすぐな視線を向ける。
「あなたの策がハマったのは事実。でも、もしあの時、あなたの求める亀裂のパターンがわたくしの雷撃で生まれなかったら? もし、あなたが魔法陣を完成させる前に、相手の攻撃が届いていたら? ……わたくしたちは負けていましたわ」
シャルロッテは続ける。
「古代魔法が廃れた理由が、少し分かった気がします。その力は絶大。でも、実戦で使うには、あまりにも準備に時間がかかりすぎる。あまりにも、隙が大きすぎますわ」
彼女の的確な指摘に、僕もニコも黙り込む。
今回の作戦は、奇策だったからこそ成功した。
だけど、今後の相手はもっと強くなる。
同じ手が、二度も三度も通用するとは思えない。
僕は、その課題を真正面から受け止め、静かに、しかし決意を込めて言った。
「……うん。分かってる。だから、なんとか新しい手を考えるよ」
***
その日の放課後。
僕は、次の策を考えるため、グレイワイズ学長から貰った古文書の解読に集中しようと、一人で静かな場所を探してアカデミアの校舎を歩いていた。
あまり使われていない旧校舎の廊下を歩いていると、一つの教室から、微かな魔力の槌音と、何かを精密に削るような音が聞こえてきた。
「空き工房教室」と書かれた札のかかった部屋。
好奇心に駆られた僕は、そっとドアの小窓から中を覗き込んだ。
部屋の中では、一人の女子生徒が、作業台の上で何かの作業に没頭していた。
おとなしそうな雰囲気で、大きな丸眼鏡をかけている。
彼女の手元にあるのは、一本の魔法の杖だった。
いや、ただの杖じゃない。
彼女は、その魔法の杖を、並大抵ではない技術で改造していたんだ。
無数の小さな歯車と、髪の毛のように細い魔力線、そしてカットされた水晶が複雑に絡み合い、まるで時計仕掛けのシャンデリアのように、豪華で繊細なフォルムを成している。
杖の表面を、蛍の光のような繊細な魔力回路が、チカチカと明滅していた。
(なんだ、この杖は……! こんなすごい技術を持った人が、このアカデミアにいたなんて……!)
僕は、その圧倒的な技術力と、杖が放つ美しい魔力の輝きに、思わず息を呑んだ。
そして、衝動を抑えきれず、思わず部屋のドアを開けてしまっていた。
突然の物音に、彼女はビクッと肩を震わせ、驚いたように僕を見る。
僕は、彼女の人見知りな様子などお構いなしに、興奮気味に話しかけた。
「……すごい。その魔力回路の伝達効率、どうやって実現しているんですか? あの水晶の配置は、魔力の増幅と安定を同時に行うためのもの……ですよね?」
僕のあまりに専門的な質問に、彼女は驚き、おどおどと困惑している。
だけど、僕が自分の作った杖に、純粋な興味と尊敬の眼差しを向けていることに気づくと、彼女の表情が、ぱあっと明るくなった。
「あ、あの……! わ、分かりますか!? そうなんです! ここの水晶配列は、古代ドワーフの遺物にあった技術を参考に、私なりに改良して……!」
堰を切ったように、彼女は自分の杖について語り始めた。
その口調は早口で、目はキラキラと輝いていて、専門用語が次から次へと飛び出してくる。
そして、ハッと我に返ると、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あ、ごめんなさい……! ひとりで、べらべらと喋ってしまって……。私、つい魔法杖のことになると……いつも、こうなんです。みんなに、引かれてしまって……」
***
彼女の言葉に、僕は優しく微笑んだ。
「ううん、すごく面白かったよ。僕も、古代魔法の話になると、つい夢中になっちゃうから。気持ち、すごくよく分かる」
僕のその言葉に、彼女は驚いて顔を上げた。
僕も彼女も、きっと同じ種類の人間なんだ。
僕は、彼女の作った杖と、彼女の顔を交互に見つめ、何かを思いついて言った。
「そうだ、僕の杖も作ってよ!」
「え?」
「君みたいなすごい技術を持った人に、僕の新しい杖を作ってもらいたいんだ」
「え、ええ……!? い、いいんですか? わ、私でよければ、ぜひ……!」
彼女は、信じられないというように目をぱちくりさせた後、嬉しそうに、しかし恐縮しながら頷いてくれた。
こうして、僕はその子――杖職人を目指す魔道具師の卵、リリアと一緒に、新しい魔法杖をつくることになった。
「あ、あの……それで、どんな杖がいい、とか、希望はありますか?」
彼女にそう聞かれ、僕は今回の戦闘の反省と、これからの戦いを思い浮かべながら、自分の頭の中にある、とんでもないアイデアを口にした。
「魔法陣を、あらかじめ杖に組み込むことはできないかな」
「え……?」
「ボタン一つで、地面に複雑な魔法陣を一瞬で投影したり、あるいは、杖そのものが魔法陣として機能したりするような……そんな杖が、作れないかなって」
僕のとんでもない思いつきに、リリアは驚愕に目を見開いた。
「ま、魔法陣を……杖に……!?」
古代魔法のオタクと、魔道具のオタク。
僕と彼女の出会いが、常識を覆す新たな魔法を生み出そうとしていた。




