18
試合開始直前の待機場所は、異様な緊張感に包まれていた。
僕たちがこれから挑むのは、三回戦。
そして、僕たちの作戦は、あまりにも無謀なものだった。
「……本気ですの? ロイ。本当に、わたくしが地面を適当に撃つだけで、うまくいくと?」
さすがのシャルロッテも、不安そうな表情を隠せないでいる。
「うん。たぶん。シャルロッテの雷魔法は、威力が高いから、地面に複雑な亀裂ができるはず。その亀裂のパターンの中に、僕が知っている何千もの古代魔法陣のどれかと、部分的にでも一致するものが見つかる……はずだから」
「はずって……。それって、ほとんど賭けじゃない!」
ニコが悲鳴に近い声を上げる。
「うん、賭けだよ。でも、相手は『分析官』。僕たちが時間をかけて魔法陣を描くという、これまでのパターンを読んでいるはず。その予測を裏切るには、これしかない」
僕の静かな、しかし確信に満ちた言葉に、二人はゴクリと唾を飲んだ。
***
「第三試合、チーム『エンシェント・レイ』対チーム『天秤の裁定者』! ……始め!」
グラン教官のゴングが鳴り響く。
相手チームのリーダー、アーロン先輩は、冷静な目で僕を分析し、即座に指示を出した。
「データ通りだ。作戦の要は、司令塔のロイ・アンデシウス。彼に魔法陣を描かせるな。三人で同時に、彼だけを狙え! 速攻で潰す!」
相手チームの三人が、僕めがけて一直線に、そして一切の無駄がない動きで速攻を仕掛けてくる。
三方向からの同時攻撃。
僕が狙われた、まさにその瞬間だった。
シャルロッテが僕の前に割り込み、高らかに詠唱した。
「鳴り響きなさい、白銀の雷! 大地を砕きなさい! 《サンダー・クラッド・グラウンド》!」
彼女の杖先から放たれた強力な雷が、僕たちの前の地面に炸裂する。
凄まじい轟音と閃光。
そして、大量の土煙が舞い上がり、僕たちの姿と、相手チームの視界を完全に遮った。
「何!? 自爆か!?」「いや、目眩ましだ! 散開しろ!」
相手チームは一瞬混乱し、攻撃を止めて距離を取る。
その一瞬こそ、僕たちが作り出した、たった一つの勝機だった。
***
舞い上がる土煙が、徐々に晴れていく。
その中から現れたのは、無数の黒い亀裂が走る、無残に破壊された地面だった。
相手チームや観客が「一体、何の意味が……?」と呆然とする中、僕の目だけが、その亀裂をただの模様として見ていなかった。
(見える……!)
『星見の才』を発動させた僕の目には、無数の亀裂が、光り輝く設計図の断片として見えている。
僕の脳が、記憶している何千もの古代魔法陣のパターンと、目の前の亀裂のパターンを、超高速で照合していく。
(ダメだ……これも違う……これも……パターンが足りない……あった! 『衝撃波増幅の魔法陣』の基礎構造と、七割が一致する亀裂のパターン……! これなら、いける!)
僕は、瞬時に走り出した。
そして、魔法のインクで、足りない部分の線を、猛スピードで描き足していく。
「そこだ……!」「この線と、こっちの亀裂を繋げて……!」「よし……!」
相手チームが、土煙の中から現れた僕の奇妙な行動に気づき、「何をやってる! 今だ、攻撃しろ!」と再度攻撃しようとした、まさにその瞬間だった。
シャルロッテの雷が描いた亀裂と、僕が書き足したインクの線が繋がり、一つの完璧な魔法陣が完成する。
そして、眩いばかりの光を放ち始めた。
***
僕は完成したインスタント魔法陣に、躊躇なく魔力を流し込み、叫んだ。
「《インパクト・ウェーブ》!」
魔法陣から放たれたのは、不可視の、しかし凄まじい威力の衝撃波だった。
それは、相手チームが慌てて展開した防御魔法を、まるで薄い紙のように貫き、三人をまとめて吹き飛ばした。
彼らは、何が起こったのかも分からないまま、決闘場の壁に叩きつけられて戦闘不能になる。
試合開始から、わずか数分。
一瞬で決着がついたことに、観客も、審判のグラン教官も、そして作戦に参加したニコとシャルロッテさえも、呆然としていた。
「しょ、勝者、チーム『エンシェント・レイ』!」
グラン教官が、我に返って僕たちの勝利を宣言する。
シャルロッテが、信じられないものを見る目で僕に尋ねた。
「……今のは、一体……? 本当に、わたくしの雷で……?」
僕は、額の汗を拭い、ほっとしたように笑う。
「うん。うまくいったね」
(……危なかった。もし、あの瞬間に使える魔法陣のパターンが見つからなかったら、僕たちは為す術なく負けていた。本当に、一か八かの賭けみたいな作戦だった……)
僕が内心で冷や汗をかいていると、ニコが「すごいよロイ! すごいよシャルロッテ!」と駆け寄ってきた。
シャルロッテは、僕の常識外れの才能に、呆れと、ほんの少しの畏怖を感じているようだった。
「あなた……本当に、何者ですの……」
「分析官」を、分析不能の奇策で打ち破った僕たちの勝利は、アカデミアに新たな伝説として、深く刻まれることになるのだった。




