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激闘の興奮がまだ冷めやらぬ、試合後の選手控室。
ニコは魔力を使い果たして少しぐったりしているけど、その表情は大きな達成感に満ちていた。
「いやー、すごかったね、今の! シャルロッテちゃんの最後の魔法、ピカピカってなって、ドカーンって!」
「わたくしの魔法を、そんな幼稚な擬音で表現するのはやめてくださる?」
軽口を叩き合いながらも、シャルロッテさんの声も弾んでいる。
僕も、あらためてチームで掴んだ勝利の余韻に浸っていた。
でも、すぐに頭を切り替えて、真面目な顔で試合の反省点を口にする。
「シャルロッテさん、ニコ。お疲れ様でした。今日の連携は見事でしたが、僕の魔法陣の構築に、もう少しだけ時間短縮の余地がありそうです。それから、シャルロッテさんの《チェイン・ライトニング・テンペスト》は素晴らしかったですが、やはり初動の魔力消費が……」
僕がいつものように「シャルロッテさん」と呼んだ、その時だった。
彼女が、僕の言葉を遮った。
「……あなた」
「はい?」
シャルロッテさんは、少し頬を赤らめ、ツンと顔をそむけながら言った。
「……シャルロッテで、いいですわ」
「え?」
突然のことに、僕はきょとんとして固まってしまう。
それを見ていたニコが、ニヤニヤしながら僕の肘を突っついてきた。
「よかったね、ロイ! やっと名前で呼ぶ許可が出たよ! 仲良しだね!」
「なっ……! べ、別に仲良しなどというわけでは……!」
シャルロッテさんが、慌てて否定する。
「ただ、チームメイトをいつまでも他人行儀に『さん』付けで呼ぶのは、連携に支障をきたすと思っただけですわ!」
彼女はさらに、咳払いをして続けた。
「それと、その気色悪い敬語もやめなさいな。聞いていて、どうにも調子が狂いますわ」
「わ、分かったよ……シャルロッテ」
そして、僕はシャルロッテに右手を差し出した。
「じゃあ、これからもよろしく、シャルロッテ」
彼女は、差し出された僕の手に一瞬戸惑いながらも、少し躊躇った後、その手をそっと握り返してくれた。
その耳が、ほんのり赤くなっているのを、僕は見逃さなかった。
***
翌日。
僕たちの次の対戦相手が、アカデミアのラウンジにある魔法掲示板で発表された。
「あ、見て! 私たちの次の相手、決まったみたい!」
ニコが指さす先には、『エンシェント・レイ』の隣に、新たなチーム名が記されている。
三回戦の相手は、上級生チーム『天秤の裁定者』。
「このチーム、すっごく嫌な戦い方するって有名なんだよ……」
ニコが、少し顔を曇らせる。
シャルロッテも、その名前を見て眉をひそめた。
「リーダーのアーロン・グレイフィールドは、『分析官』の異名を持つ知能タイプの魔術師。相手の戦術を試合中に完璧に分析し、その弱点を徹底的に、そして冷徹に突いてくる戦法を得意としていますわ」
「前の試合も、相手のキーマンを初動で封じ込めて、何もさせずに勝っていたって……」
シャルロッテが、厳しい表情で問題点を指摘する。
「つまり、わたくしたちの戦術……ニコの防御による時間稼ぎ、あなたの魔法陣構築、そしてわたくしの雷撃という勝利パターンは、次の試合ではもう通用しないということですわね。間違いなく、対策してきます」
僕の“目”のことも、幻惑魔法が効かないと分かれば、別の手を考えてくるはずだ。
僕たちのチームは、初めて「自分たちの戦術が研究され、対策される」という、より高レベルな戦いの壁に直面していた。
***
「どうしよう……」「厄介ですわね……」
ニコとシャルロッテが、頭を悩ませる。
そんな中、僕だけは静かに相手チームのデータを読み込んでいた。
分析してくる相手。
僕たちの行動パターンを読もうとしてくる。
そのことに、僕は絶望するどころか、新たなパズルを与えられたような、不思議な高揚感を覚えていた。
僕の頭の中では、グレイワイズ学長から貰った、あの黒い革の古文書の、さらに先のページがめくられていた。
(分析してくる相手……。なら、分析できない手を使えばいい。あるいは、分析している暇を与えなければ……)
重苦しい沈黙が流れる中、僕はふと顔を上げた。
そして、心配そうに僕を見つめる二人に、静かに、しかし確信に満ちた声で言う。
「……一つ、試してみたい作戦があります」
僕のその言葉に、二人は息を呑んだ。
知能タイプの敵に対し、僕が導き出した「解答」とは。
僕たちの、次なる挑戦が始まろうとしていた。