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初戦を突破した僕たち『エンシェント・レイ』は、放課後、学長から僕に与えられた小さな研究室に集まっていた。
机の上には、次の対戦相手『幻影旅団』のデータが広げられている。
召喚魔法を専門とする、二年生のチームだ。
「やはり、数が多いのが厄介ですわね。一体ずつ潰していては、わたくしの魔力が持ちません」
シャルロッテさんが、腕を組んで唸る。
「召喚獣を倒しても、術者がいる限りまたすぐに呼び出されちゃうもんね……。どうやって術者まで攻撃を届かせるかが問題だね」
ニコも真剣な表情でデータを睨んでいる。
僕は、そんな二人の会話を聞きながら、ずっと読んでいたグレイワイズ学長から貰った古文書から顔を上げた。
僕の頭の中では、もう答えは出ていた。
「シャルロッテさんから頼まれていた作戦、考え付きました」
僕の言葉に、二人の視線が集まる。
僕は、シャルロッテさんに向き直って、僕が考えた作戦を提案した。
「シャルロッテさんの雷魔法を、一体の召喚獣にヒットさせた後、その魔力を霧散させずに、隣にいる別の敵に“伝播”させて、連続ヒットさせることはできませんか?」
***
僕の突飛な提案に、シャルロッテさんは一瞬驚き、そして少し悔しそうな表情で、静かに首を横に振った。
「……それは、理論上は可能ですわ。ですが、そのためには神業のような精密な魔力制御が要求されます。わたくしの雷魔法は、その威力と速度ゆえに、一度対象にヒットした時点で制御を離れ、余剰エネルギーは元の魔力に戻ってしまう……。それが雷という属性の、どうしようもない性質ですの」
彼女は、普段の高飛車な態度を抑え、素直に自分の限界を告白してくれた。
「その『連鎖雷撃』は、高位の魔術師だけが使える秘技。わたくしも、もちろん試したことはあります。ですが……集中力が持ちません。……今のわたくしには、できませんわ」
彼女が初めて見せた弱音。
その声は、少しだけ震えているようにも聞こえた。
ニコも、心配そうに彼女を見つめている。
だけど、僕はそれを聞いて落ち込むどころか、待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「だったら、僕がサポートします」
「え?」
「シャルロッテさんの魔力制御そのものを、僕の古代魔法で強化するんです」
僕は羊皮紙を取り出すと、羽根ペンでサラサラと魔法陣を描き始めた。
それは、今まで見たこともないほどに線が密集し、幾何学模様が幾重にも重なった、非常に複雑な魔法陣だった。
「これが、僕が考えた『思考同調・魔力精密制御補助魔法陣』です。この上でシャルロッテさんが魔法を使えば、僕が補助演算を行うことで、シャルロッテさんの魔力制御能力を、一時的にですが数倍に引き上げることができます」
シャルロッテさんは、僕が描いた魔法陣のあまりの複雑さと、その発想の奇抜さに、ただ息を呑んでいた。
***
驚きから我に返ったシャルロッテさんが、ハッとしたように現実的な問題を指摘する。
「……こんな複雑な魔法陣、実戦の場で描いている時間がどこにありますの!? わたくしたちが敵の攻撃を受けている間に、あなたは優雅にお絵描きでもしているつもりですの?」
「う……」
確かに、彼女の言う通りだ。
「これを完成させるには、どんなに急いでも、最低でも三分は必要です。その間、敵の猛攻を防ぎきるのは……」
相手は多数の召喚獣。
ニコの防御魔法だけでは、三分も持たないかもしれない。
作戦は素晴らしい。
だけど、このままでは実現不可能か……。
研究室に、重い空気が流れる。
その沈黙を破ったのは、ずっと黙って僕たちの話を聞いていたニコだった。
彼女は、ぐっと拳を握りしめ、決意を固めた表情で、椅子から立ち上がった。
「私が、時間を稼ぐ!」
***
ニコの力強い言葉に、僕とシャルロッテさんは驚いて彼女を見る。
ニコは、僕たちの視線を真っ直ぐに受け止め、続けた。
「私の土魔法なら、大きな壁を作って敵の足止めができる! 完璧に防ぐのは無理でも、三分くらいなら、この身に代えても、絶対に持たせてみせる!」
彼女の言葉で、僕たちの作戦の、最後のピースがカチリとはまった。
作戦①:試合開始と同時に、ニコが土魔法で巨大な壁を作り出し、敵の召喚獣たちの進軍を妨害し、敵の陣形を分断する。
作戦②:ニコが時間を稼いでいる間に、僕が全力で「魔力精密制御補助魔法陣」を完成させる。
作戦③:そして最後は、魔法陣のサポートを受けたシャルロッテさんの必殺技「連鎖雷撃」で、敵の召喚獣と、その奥にいる術者を一網打尽にする。
僕が司令塔となり、ニコがタンク役を、シャルロッテさんがフィニッシャー役を担う、三位一体の新戦術。
作戦が固まり、僕たち三人は顔を見合わせた。
「……うまく、いくかなぁ?」
僕が不安げに呟くと、シャルロッテさんがふんと鼻を鳴らした。
「……あなたたちの働き次第ですわね」
そして、ニコが僕たちの手をぎゅっと握る。
「きっと大丈夫! 私たち三人なら、絶対にできるよ!」
ニコの明るい声に、僕とシャルロッテさんも、強く頷いた。
それぞれの役割、それぞれの覚悟。
僕たちのチームの心が、初めて本当の意味で一つになった。
そんな確かな手応えを、僕は感じていた。




