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 気が付くと、僕が目を覚したのは、アカデミアの医務室だった。

 清潔なシーツの感触と、窓から差し込む柔らかな光。

 そして、魔力を使い果たした後の独特の倦怠感が、全身を重く包んでいた。

 試合には勝った。

 でも、慣れない「魔力視」を長時間酷使した代償は、思ったよりも大きかったらしい。

 それに、あれだけ大きな古代魔法の魔法陣を複数使ったんだ。

 どうやら僕は、あの試合のあと、気を失ってしまっていたようだ。

 ちょっと無理しすぎてしまったみたいだね。

  

(これが……これからの僕の“普通”になっていくんだろうか……)


 目を閉じても、世界の魔力の流れが、色とりどりのオーラのように見える。

 その不思議な感覚に戸惑っていると、静かにドアが開く音がした。


「ロイ! 起きたんだね! よかった……すごく疲れた顔してたから、心配したんだよ」


 ニコだった。

 彼女はずっと僕のそばに付き添ってくれていたらしい。

 ニコの話では、僕は丸一日、ここで眠っていたそうだ。


 僕たちがそんな話をしていると、再びドアがノックされた。

 穏やかな笑みを浮かべて入ってきたのは、学長その人だった。


「グレイワイズ学長!?」


 ニコは慌てて立ち上がり、深々とお辞儀をする。

 僕もベッドから起き上がろうとしたが、学長は「そのままでいい」と優しく手で制した。


「無理はしなくていい、アンデシウス君。見事な勝利だった。今はゆっくり休むといい」


 学長は、ベッド脇の椅子に腰掛けると、本題に入った。

 その瞳は、全てを見通しているかのように、どこまでも深い。


「アンデシウス君。君が地下の“遺物”――『星辰制御式・広域魔力安定装置』に触れた後、何か自身に変化はあったかね?」


 僕は戸惑いながらも、この人には隠し事ができないと悟り、正直に打ち明けた。


「はい。魔力の流れが、以前よりはっきりと……色や形を持って見えるようになりました。試合中も、それで敵の位置を……」

「やはりか」


 学長は深く頷いた。


「その“目”は、おそらくあの装置との同調によって開花したものだろう。それは、古代魔法の使い手の中でも、ごく一部の者にしか現れない『星見のせいけんのさい』と呼ばれるものやもしれん」


 星見の才。

 初めて聞く言葉に、僕とニコは息を呑んだ。

 学長は、懐から一冊の古びた本を取り出す。

 黒い革の表紙に、銀の美しい留め金がついた、明らかに普通の書物ではない雰囲気をまとった魔導書だった。


「その力を正しく使いこなし、そしてその意味を知るには、相応の知識と訓練が必要だ。この本を参考にするといい。本来ならば禁書庫の最奥に封印されているものだが……君になら、これを読み解く資格があるだろう」


 学長から手渡されたその本は、微かに温かい光を放ち、まるで僕を主として認めたかのように、しっくりと手に馴染んだ。

 恐る恐るページを開くと、そこには、僕が今まで図書館で読んできた古代魔法とは比較にならないほど、高度で、そしてどこか危険な香りのする魔法陣や術式がびっしりと記されていた。

 空間、時間、さらには魂に干渉する魔法の理論……。

 僕は、自分が足を踏み入れた世界の、本当の奥深さと、その力の危険性を改めて認識し、ゴクリと唾を飲んだ。


 

***

 


 学長が帰った後、入れ替わるようにして、シャルロッテさんが医務室にやってきた。

 腕を組み、少し不機嫌そうな顔をしている。

 でも、その手には小さな果物の籠が握られていた。


「まったく、いつまで寝ているのですか。次の試合の作戦会議もできませんわ。司令塔がこれでは先が思いやられます」

「もー、シャルロッテさんも心配で来たんでしょ? 素直じゃないんだからー。あ、そのフルーツ、私が持ってきたのと被ってる!」

「なっ……! ち、違いますわ! これは、その……たまたま余ったからですわ! わたくしは、チームの司令塔が腑抜けていては困ると言っているだけですのよ!」

「ていうか、自分がリーダーって言い張ってたのに、ロイが司令塔だってやっと認めてくれたんだね」

「ち、違います……! 別に認めたわけでは……。あくまで私がリーダーで、司令塔は司令塔ですわ」

「司令塔がリーダーなんじゃないの? おかしくない?」


 いつものようにニコと言い合いをしながらも、シャルロッテさんは僕が難しい顔で学長から貰った古文書を読んでいるのを見て、少しだけ真剣な表情になった。


「それに、休むことも戦術の一つですわよ! 根を詰めてばかりでは、いざという時に最高のパフォーマンスはできませんわ!」


 意外にも的を射た彼女の言葉に、僕は少し驚いて、素直に「……はい。ありがとうございます」と礼を言った。


 

***

 


 シャルロッテさんとニコが賑やかに言い合っているのを横目に、僕は手の中の古文書に視線を落とす。

 僕の目に、ある一つの魔法陣が飛び込んできた。

 

「対象の魔力構造を解析し、その弱点を看破する」――《アナライズ・ウィークネス》。

 

 僕の新たな能力は、この魔法の才能に由来するものかもしれない。

 この本を読み解けば、この力を完全にコントロールできるようになるかもしれないんだ。


 僕は、目の前で楽しそうに話している二人の仲間を見る。

 僕が手にした力の大きさ。

 その使い方一つで、この仲間たちを守ることも、危険に晒すこともできるという、責任の重さ。


(この力と、この知識……。もっと知りたい。もっと使いこなせるようになりたい。二人を……僕の仲間を守れるように。そして、いつか来るであろう、もっと大きな戦いのために……)


 僕は、古文書のページをめくる。

 僕の、次なる戦いは、もう始まっていた。



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