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「第一試合、チーム『エンシェント・レイ』対チーム『ライトニング・ボルツ』! ……始め!」
グラン教官の号砲が、決闘場に響き渡る。
観客席からは、「バートン、やっちまえ!」「エンシェント・レイ、頑張れー!」といった声援が飛んできた。
「行くぜお前ら!」
開始と同時に、バートンが叫び、もう一人の取り巻きと共に派手な攻撃魔法を連発してきた。
燃え盛る炎の槍と、鋭い氷の矢が、僕たちの視界を塞ぐように殺到する。
そして、その陽動の裏で、三人目の幻術師サイモンの気配が、スッと掻き消えた。
「きゃっ! 今の攻撃、どこから!?」
ニコが張った防御壁を、陽動の魔法とは全く別の方向から飛んできた不可視の風の刃が切り裂く。
シャルロッテさんが苛立ち、周囲に電撃を放って幻術師をあぶり出そうとするが、魔力が空しく霧散するだけだ。
「くっ……! どこですの、鬱陶しいネズミは!」
さらに、足元に突然小さな落とし穴の幻影が現れてニコの体勢を崩したり、背後からバートンの攻撃の幻が見えたりと、執拗な嫌がらせが続く。
ニコとシャルロッテさんは、見えない敵からの攻撃に完全に翻弄され、防戦一方に追い込まれていった。
その間、僕は目を閉じ、深く、深く集中していた。
やかましい声援も、魔法の爆発音も、全てが遠のいていく。
僕の意識が、世界の別の側面へと沈んでいく。
瞼の裏に、魔力の流れが、色とりどりの川のように見えてきた。
バートンたちの放つ、赤と青の激しい二つの流れ。
そして……もう一つ。
蛇のように狡猾に、淡く揺らめく紫色の流れ。
(見つけた)
僕は静かに目を開ける。
僕の瞳には、もう焦りの色はない。
この戦場の全てを把握した、絶対的な落ち着きが宿っていた。
「ニコ、左後ろ、足元に『アースウォール』を! 高さは膝まで!」
「えっ、は、はい!」
ニコは僕の突然の指示に戸惑いながらも、即座に土の壁を出現させる。
その壁に、見えない何かが「ゴツン!」と鈍い音を立ててぶつかった。
幻術師の移動を、一瞬だけ阻害したのだ。
その一瞬の隙を、僕は見逃さない。
「シャルロッテさん! あなたの三時の方向、距離15! 最大速度の《サンダー・パイル》を!」
「そこには何も……! ですが……信じますわ!」
シャルロッテさんは一瞬の迷いの後、僕の指示に全てを賭けることを決意してくれた。
彼女が放った鋭い雷の槍が、何もない空間を正確に貫く。
その瞬間、空間がガラスのようにパリンとひび割れ、幻惑魔法が解けてサイモンの姿が白日の下に晒された。
「ぐあああっ!」
悲鳴と共に、彼は感電して戦闘不能になり、その場に崩れ落ちる。
観客席が、どっとどよめいた。
「なぜだ!?」「幻惑魔法が完璧に破られた……!」「サイモンの位置がなぜ分かったんだ!?」
バートンが、信じられないものを見る目で僕を睨みつけていた。
***
「ま、まぐれだ! 小賢しい真似を!」
奇策を破られたバートンが、ヤケクソ気味に突撃してくる。
でも、僕にはもう十分すぎる時間が稼げていた。
僕はさっきまでの時間で、敵の攻撃をよけながら、見えない魔法陣を描き出していたのだ。
それは、シャルロッテさんとの決闘で見せたものより、さらに広範囲で複雑な「魔力擾乱魔法陣」と、敵の動きを鈍らせる「重力加減魔法陣」の複合型だった。
「なっ……!?」
魔法陣が起動すると、突進してきたバートンたちの足が急に重くなり、動きがガクンと鈍る。
さらに、彼らの放つ魔法は威力を削がれ、あらぬ方向へと飛んでいった。
「くそっ、体が鉛のように重い!」「魔法が、言うことを聞かん! 魔力の流れが乱される……!」
僕が構築した、古代魔法の「戦場」。
そこでは、現代魔法の理屈は通用しない。
動きが鈍り、魔法もまともに使えないバートンたちに、もはや勝ち目はなかった。
僕は、シャルロッテさんのために、彼女の足元に輝く「魔力循環補助魔法陣」を完璧なタイミングで展開する。
「シャルロッテさん、お願いします。この戦いを、終わらせてください」
彼女は、自分の身体に力が満ち溢れるのを感じ、僕への完全な信頼と共に頷いた。
その表情には、もう焦りも苛立ちもない。
ただ、絶対的な強者としての自信だけが輝いていた。
「ええ! わたくしの最高の魔法で、この試合のフィナーレを飾ってさしあげますわ! 喰らいなさい! 《インペリアル・サンダー・クラスター》!」
増幅され、さらに精密にコントロールされた無数の雷が、バートンたちを優雅に包み込み、感電させて戦闘不能にする。
それは、相手を無駄に傷つけない、完璧に調整された勝利の一撃だった。
「しょ、勝者、チーム『エンシェント・レイ』!」
グラン教官の宣言が響き渡る。
一瞬の静寂の後、観客席は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
バートンは膝から崩れ落ち、「……お前、一体……何なんだ……」と僕を睨む。
シャルロッテさんは、息を切らしながらも満足げな表情で僕を見て言った。
「……まあ、まあまあの采配でしたわ。わたくしの力を引き出すための舞台としては、悪くありませんでした」
素直じゃない言葉だったけど、彼女が僕を認めてくれたのが分かった。
ニコが「やったー!」と僕たちに駆け寄ってくる。
僕たちの初めての勝利。
(この“目”があれば、僕たちはもっと強くなれる。でも、これは一体、どういう力なんだろう……)
僕は自分の新たな能力の可能性と、それに伴う責任の重さを感じ始めていた。
観客席の片隅で、学長が満足げに頷いている。
その視線の本当の意味に、僕はまだ気づいていなかった。
勝利をかみしめ、安堵したのもつかの間、僕の視界が急にゆがみ、足元がふらついた。
「おっと……」
――ドン。
そして、床に倒れる僕。
「きゃっ……! ロ、ロイ!? 大丈夫!?」
ニコの声が聞こえる。
どうやら僕は、全身の魔力を使い果たしてしまったようだった。