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「――次! ロイ・アンデシウス! 前へ!」
魔導アカデミアの実技試験場。担当のグラン教官の不機嫌そうな声が響き渡る。
僕、ロイ・アンデシウスは、びくりと肩を震わせながら、おずおずと前に進み出た。
今日の課題は初級攻撃魔法「ファイア・ショット」。
まあ、僕にとっては初級だろうが上級だろうが、結果はあんまり変わらないんだけど……。
「アンデシウス! 今日こそは的の真ん中に当ててみせろよな! ……いや、せめて的に当たれば褒めてやる!」
クラスメイトの一人が、からかうようにそんな声を投げてくる。周囲からはクスクスと笑い声が漏れた。うぅ……今日も胃が痛い。
「ふ、ふぁいあ……しょ、しょっとぉ……!」
しどろもどろに詠唱を試みる。
僕の活舌の悪さは、アカデミアでも有名だ。
ついでに、魔法を発動させるための「イメージ」ってやつも大の苦手。
頭の中に思い浮かべようとしても、なぜか燃え盛る炎じゃなくて、美しい幾何学模様とか、複雑な数式みたいなものばかりがチラついちゃうんだ。
現代魔法はなによりもその「イメージ」が大事だっていうのにね……。
結果は、まあ、お察しの通り。
僕の手のひらから、パチッ……と小さな、本当に小さな火花が散っただけ。
それも、的のはるか手前で力なく消えてしまった。
「はぁ……」
グラン教官の深いため息が、やけに大きく聞こえる。
「またそれか、アンデシウス! 貴様、本当にやる気はあるのか!?」
「も、申し訳ありません……」
「まあまあ先生、アンデシウスの線香花火は名物みたいなもんですから!」
「あれでよくアカデミアにいられるよなー、マジで!」
「アンデシウス家の恥だろ、あれは」
あちこちから容赦ない言葉が飛んでくる。慣れてるけど、やっぱりちょっと……いや、かなりへこむ。
僕は、悪気はないんだけど、思ったことをつい口にしてしまう癖がある。
「あの……先生。そもそも、この『ファイア・ショット』の熱変換効率って、どうなってるんでしょうか? 魔力から熱素への変換プロセスが、あまりにも不明瞭で……もっと直接的で、ロスのない術式があるように思うのですが……」
僕がそう言うと、グラン教官の眉間のシワがさらに深くなった。
「貴様、まだそんな戯言を……! 落ちこぼれの分際で、魔法理論にケチをつけるとは何事だ!」
「ひぃっ! す、すみませんっ!」
あーあ、またやっちゃった。
別にケチをつけてるつもりなんてないんだけどなぁ。
純粋な疑問なんだけど、どうも伝わらないらしい。
試験が終わると、案の定グラン教官に呼び出された。
「アンデシウス。はっきり言おう。お前のような落ちこぼれは、アカデミアのお荷物だ。次の評価試験で結果が出せなければ……分かるな? 退学も考えてもらうぞ」
「……はい」
重たい言葉が、ずしりと僕の肩にのしかかった。
***
放課後。
僕が唯一心安らげる場所は、アカデミアの広大な図書館の、そのまた片隅。
「古代魔法・禁術」なんていう、ちょっと物騒なプレートが掲げられた書架が並ぶエリアだ。
他の生徒は気味悪がって誰も寄り付かないけど、僕にとっては宝の山。
埃っぽい革張りの本を開けば、そこには僕を魅了してやまない世界が広がっている。
複雑怪奇だけど、なぜか吸い込まれるように美しい魔法陣の数々。
難解な古代文字でびっしりと書かれた、失われた魔法の理論。
現代魔法は魔法陣を必要としない、イメージと詠唱だけで誰でも手軽に発動できるものだ。
一方で、失われた古代魔法は、複雑な理論と魔法陣を必要とする。
今では魔法陣なんて非効率的で、無駄だって言って、誰も古代魔法なんかに興味は持たない。
けど、僕にとってはこの美しい魔法陣こそが、興味の対象だった。
まあ、古代魔法はあまりに複雑で難解すぎて、今じゃ誰も本を読んだって理解不能。
実際に使える人はだれ一人として存在しない。
僕も試しに独学で発動させようと、魔法陣を描いてみたことがあるけど、もちろんいくらやっても無駄だった……。
そのくらい、古代魔法は奥が深い。
「ああ……この魔法陣の対称性……なんて美しいんだ。線の一本一本、円弧の角度一つ一つに明確な意味があって、寸分の狂いもなく魔力を導くための構造……。現代魔法の曖昧なイメージなんかとは、比べ物にならないくらい合理的だ。これを完成させられたら、きっと、本当に美しい魔法が見られるはずなんだ……」
僕は夢中になって、ノートにその魔法陣を精密に模写していく。
この時間だけは、自分が落ちこぼれだってことも忘れられる。
「うわ、またアンデシウスが変な本読んでる」
「あんなガラクタ同然の知識、研究して何になるってんだか。だから落ちこぼれなんだよ」
通りすがりのクラスメイトたちのヒソヒソ声が聞こえてきたけど、今の僕の耳には入らない。
君たちには分からないだろうけど、この古代魔法の理論こそ、魔法の真理だって僕は信じてるんだから。
***
数日後。
またしても憂鬱な現代魔法の実技訓練の日がやってきた。
今日の課題は、制御の難しい魔力操作の訓練だという。
僕にとっては、難易度が上がっただけで、結果は目に見えてるんだけど……。
「アンデシウス! 貴様には特別に基礎中の基礎、魔力安定化の訓練をやってもらう! これすらできんとは言わせんぞ!」
グラン教官の言葉に、僕は必死に魔力を制御しようと試みる。
でも、やっぱりダメだった。
僕の身体から溢れ出した魔力は、あっという間にコントロールを失って暴走。
バチバチバチッ!!
と激しい火花が僕の足元から散り、訓練場の石畳の床に、広範囲の焦げ跡――まるで、誰かが黒いペンキで落書きしたみたいな、奇妙な幾何学模様の「染み」――を残してしまった。
「も、もういい! アンデシウス! お前は訓練場の隅で反省していろ! 他の者の迷惑だ!」
グラン教官の怒声が響き渡る。
クラスメイトたちの嘲笑が、いつもより大きく聞こえる気がした。
僕はトボトボと訓練場の隅へ移動する。
でも、なぜか僕の視線は、床に残された焦げ跡の「模様」に釘付けになっていた。
***
訓練が終わり、騒がしかった実技場も、今はシンと静まり返っている。
僕は一人残り、さっき自分が作ってしまった床の「染み」を、食い入るように見つめていた。
ただの失敗の痕跡。
他の誰が見てもそう思うだろう。
でも、僕には……何かが引っかかる。
「この形……一見、無秩序に見えるけど……でも、よく見ると力の流れには一定の方向性があるような……? 特にこの中心から放射状に広がる線の配置……どこかで見たことがある気がする……。そうだ! 古代魔法の文献にあった、『魔力安定化の基礎紋様』の構造に……似ている……!?」
でも、なぜこんな形になったんだろう?
現代魔法の、制御を失ったエネルギーが、本来の“流れ”から逸脱して、無理やり別の出口を探した結果……?
僕は急いで図書館へ走った。
記憶を頼りに、以前読んだ古代魔法の分厚い文献を引っ張り出す。
そして、そこに描かれていた魔法陣の図解と、記憶の中の焦げ跡の模様を、必死に照らし合わせる。
「……もしかして……現代魔法は、魔力の発現プロセスを、個人の曖昧な“イメージ”っていうものに依存しすぎているんじゃないか……? だから僕みたいにイメージが苦手で曖昧だと、不安定で、すぐに暴走してしまう……。それに対して、古代魔法のあの複雑な魔法陣は……一見すると非効率に見えても、実は魔力の流れを精密に制御して、現象を確実に発現させるための“完璧な設計図”であり、“揺るぎない器”なんじゃないだろうか……!」
だとしたら、あの床の染みは……!
「いわば、“設計図”も“器”もなしに、無理やり力を流そうとした結果、そこかしこからエネルギーが漏れ出してしまった……その痕跡……不完全な“設計図”の断片、みたいなもの……!」
僕の脳裏に、ひとつの仮説が、まるで稲妻みたいに閃いた。
もし、この“道”を……魔力が通るべき正しい“道”を、僕が用意してやることができたなら……!
***
アカデミアの裏手にある、今はもう使われていない古い倉庫。
ここなら誰にも見つからないはずだ。
僕は床に、持っていたチョークで、古代魔法の文献にあった最も基本的な「集光の魔法陣」を、少し震える手で、だけど線の一本一本を丁寧に、正確に描き上げていく。
描き終わった魔法陣の前に座り、僕は深呼吸を一つ。
現代魔法の詠唱じゃない。
イメージでもない。
ただ、目の前にある魔法陣の、その線と構造に、意識を全集中させる。
そして、自分の魔力を、その魔法陣が示す「道筋」に沿って、そっと、ゆっくりと流し込んでいく……。
まるで、乾いた水路に清らかな水を導くように……。
緊張で、心臓がドキドキと早鐘を打つ。
頼む……動いてくれ……!
すると――。
魔法陣の中心が、微かに、だけど確実に光り始めた。
それは、僕が今まで見たどんな現代魔法の灯火なんかよりも、ずっとずっと安定していて、どこまでも純粋で……そして、何よりも……。
「……あ……ああ…………!」
言葉にならない声が漏れる。
魔法陣から放たれる光は、決して強くはない。
でも、その光は、まるで小さな星みたいに静謐な輝きをたたえていて、僕の心を鷲掴みにした。
「……う、美しい…………!」
できた……!
本当に……古代魔法が、僕の目の前で……!
これが……僕がずっと追い求めていた、美しい、本物の魔法……!
現代魔法の先生たちが言う「常識」なんかじゃない……これこそが……!
僕は、その小さな、だけど確かな光を見つめ、生まれて初めて心の底から震えるような感動を覚えていた。
その時だった。
ギィ……。
古い倉庫の扉が、不意に軋む音を立てて開いた。
そこに立っていたのは――。
「……そこで何をしている、アンデシウス……?」
静かで、それでいて有無を言わせぬような、誰かの声。
僕は驚いて振り返る。手の中にはまだ、古代魔法の“本物の”光が、確かに灯っている。
――しまった!
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