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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

モクモ雲

今朝、母が首を吊った。

昨日だったのかもしれないけど、

私は見てない。


よく母は生きる意味を私に説いてた。

いつも長々とお話をして、

結局意味なんて無いって、

そうやって話を〆る。


私は生きる意味とか、

そう言うものは特に特色を持って考えていない。


どうでもよかった。


私の生きる理由が、仮にあっても、

私がそれに従う理由もなかったし…


前に、近所の小さな子どもが私に聞いた。


コバエやユスリカの様な、

生まれてからちょっと飛んで死ぬだけの

生き物は、なんで生きているのかと。


生きて繁殖するわけでも、

自然や社会を回す訳でもない。


そんなただ生きている生物に生きる理由は

あるのかと。


私は知らなかった。


自分の生きる意味さえ分からないのに、

別の生き物の事なんて考えてもなかった。


でも、一つ考えは浮かんだ。


それは、

その虫たちも、動物も、人間も、

みんな変わらないって事。


しっかりとした理由なんてない、

人間だって生まれてから死ぬまでに、

何の意味もない。


ただ宙を舞う小さな虫と、

そう変わらないんだと。


(生きるために生まれて、

生きてもらう為、新しい自分達を生む)


小さな子供には、

そうとだけ説明した。



……私は時々、ジッと雲を見ることがある。


グラデーション豊かなその浮遊物は、

どうしてかこう、グッと私を抑えつけ、

そして、目を奪った。


手を伸ばし、指を目一杯広げ、

そして、掴む。


けど、雲は空にへばりついて、

手には酸素が握られた。


それを不思議に思う事はせず、

ただ、ジーーンと背筋から、

様々な思いを感じる。


やらないといけないこと、必要な事、

それら全てを差し置いて雲を眺める。


無意味な時間。


だけど、この時、体は、

今までで一番、

リラックスしていたんだと思う。


………ア、ァ、ァァ


感情が目から溢れてくる。


………アァ、アァ

カアサン、カアサン、カアサン、カアサン

ァ、アァ、アァィ、嗚呼。


どうして、こう、

涙は出てくるのか。


もう戻ってこないと、

そう分かった、分かっていたのに、


ウ、ゥ、ウ、ウ、アァゥ…


哀しみが何故こんなに押し寄せるのか。


アァゥアァァゥゥアァァァゥアァゥゥゥゥ。


透明の膜が貼った眼球で、

雲をまた覗いた。


東雲の空には、

太陽に存在を作られていゆく雲が、

また、私を見ている気がして、

こう、じっと見てしまう。



……母はあの雲の上に行ったのだろうか


母は神様は居ないと、

私が小さな頃から教えてくれた。


神様が居ないことの証明は、

私の存在だと、悲しそうな顔で物を言う。


だから、神社もお寺も行ったことがない。

時間の無駄だって。


今、そんな所に行って、

何かを願っても、

その願いは虚空へ消えてゆくだけで、

何にもならない。


トテモトテモ、孤独な思想だった。


その考えの証明は誰にもできないし、

出来ても誰も信じない。


皆、人が思ってるより色々考えて、

その上で神様の事をしんじている。


逆に何も考えてないという場合もあるけど、

人の考えなんて自分にはどうでもいいことだ。


私は…神様を信じる事は今更無理だ。


でも、一つ、非現実的な願いがある。


母が。


死んだ母が。


どうか、


地獄に行ってますように。


今初めて、神様にお願いごとをした。

意識や考えの変化は、

自分が思っているよりも、

パッと変わる。


ただ、信じないという嘘を着ていただかもしれないけど、母が死んでから、

神様を信じてもいいかなって、

そう思い始めた。


母が最初、首を吊っていた時


私は何も、何にも、何も、

頭に浮かばなかった。


悲しくも嬉しくもない。


分からなかった。


目の前で揺れるそれは、

紛れもなく母だと、

そう分かっていたけど。


でも、目の前が現実じゃないみたいで、

まるで、雲を見ている時みたいで、

背筋が、脊髄が、チェクチェクと声を出す。


それだけ。


涙も何も出なかった。


元々感情が薄かったのかもしれない。

けど、薄くなかったのかもしれない。

よく、わからない、

自分の事が、あまりにもわかっていない。


今考えても、

よく分からない事したと思う、

揺れる母の腐体をまた見て、

その異臭が鼻腔を怖がらせたけど、

私は怖くなかった。


…………私は……母の死体を三日放置した。



三日、

三日間。


私は、母の死体と暮らした。


元々部屋は汚れていたけど、

母が垂れ流す汚物は、

その場所を現実の場と思わせなくて、

強迫的な何かを感じて、

あと片付けをした。


その時もまた、

自分が何を考えてるか分からなかった。


こぼれ落ちる体液が私に付いた時、

咄嗟に手で払った。


嫌悪感はあったんだと思う。


初めて、母の死体に触れた時、

冷たくて、固くて、柔らかくて……

背筋が凍った。


それから、首の縄を解いて、

地面に下ろしたら、

赤ん坊みたいに首が揺れた。


首の骨が折れていたんだ。


絞首での死因で一番多いのは、

首の骨折だ。


窒息の方が少ない。


首吊り自殺は苦しむと言われているが、

母の様にやれば、一瞬で死ねるらしい。


そうして、ただの冷たい肉の塊になった母の体を…私は眺めた。


また、感じた。


まるで、雲を見るような、

見ているような、なんの感覚か、

名前は分からない。


けど、なんとなく同じって事が分かる。


母と目を合わせると、

目を逸らされた。


いや、私が逸らした。


じっと見てると、

私の目の前が暗くなる。


自然と瞼が落ちていた。


そして。

沢山の母を見て、

私は確信が出来た。


私は母が嫌いだ。


子供は親を嫌いになれないという迷信を信じ、今日の今まで気づかなかった。


死んでもなんとも思わない。

逆に死んでくれて嬉しかった。


理由はない、ただ嬉しかったんだ。


いつも心は母に問いを持ってた。

なんで私を産んだのかと。


聞けずじまいだったけどもうどうでもいい。


これで自由になったんだと思う。


お母さんへ死んでくれてありがとう、

私を産んだことを後悔してください。


嬉しかったと思えた。


そして、解放されたとも。


今までの願い、

そして、望み、

母はそれらは空虚に消えると言った。


だけど、

私はそうは思わない。


私たちの願いはきっと、

雲がもっているんだと、


雲は私たちずっとみているんだ。


私には夢があった。


それは、”雲になりたい“


雲になって、空を浮かんで、

生き物の願いを受け止めて、

皆を上から見る。


そして、また、見られる。


本当になりたいんだ、雲に。


雲は水が蒸発して出来た水蒸気の塊。


人間の体は六十%が水。


なれないことはないと、私は思う。


私は考えた、うんと沢山の事を考えた。

でも、まだ考えはまとまらない。


そうする内、


私は強姦(レイプ)された。


母が狂ってたから、

娘の私は皆から嫌われている。


ただ、足を使って歩いていただけなのに、

頭をスコップで殴られて気絶した。


起きたらアキレス腱を切られていた。


それから、痛みが無くなるほどに殴られて。


いくつかの骨が折れるくらい蹴られて。


子供が出来なくなるくらいに壊された。


私が満身創痍になると、

誰かが、何かを持ってきた。


ペットボトルだ。


なんの変哲もないペットボトル。


でも、中身が何か変。


黒くて、茶色くて、動いている。


虫だ。


大小様々な虫が、

ペットボトルの中に詰まっている。


それを、私の口に持ってこようとした。


私は口を閉じる気力も無かった。


…………沢山の生きる意味が、

沢山の生きる理由が、口の中を炙る。


苦くて少し塩っぱい彼らを口の中で潰す。


沢山潰す。


そして飲み込む。


アァ、喉に詰まった。


アァゥアァ


アァ…………

ゥグップッ…

アァ…

ガチ…アァカ…アァ



いつの間にか雨が降って目が覚めると、

私は一人になっていた。


空から大きな粒の雨が落ちてくる。

ゴテゴテの体は水のように、

地面に吸い取られるみたいになる。


雲は真っ黒で、

大きな雫が。目を開けることを許さない。


もう何も分からない。


わかっていたくない。


雲になりたい。


それだけなのに…


足が動かないので這って、這って、這って。


ならないと…雲にならないと…

生きる意味を潰さないよう…


雲。雲。雲。


雲ができる場所。


そこに落ちたらきっと私は雲になれる。


この大海原。

雲のお母さん。


私は生まれ変わる。


死ぬ。


執着はないよ。

私一人が居なくなっても地球は廻る。


もう感覚なんて無いんだ。


体の毒は皆壊れて死んだ。


生きているのは体だけ。



……ごめんなさい……ずっと死にたかった。

死にたいとずっと願ってた。


ひたすらに生きるのが辛かった。

本当は母が死んだ事だって辛かった。


酷く喚いても泣いても、

それでも愛をくれた。


殴られるのも嫌だった。

痛くて、怖くて、抵抗も出来なくて、

謝ることもさせて貰えなくて怖かった。


本当は犯されるのも嫌だった。

人間としての尊厳を丸々潰されて、

ずっと涙が溢れてた。


本当は生きる意味はあると思ってる。

でも決してそれが目に見て理解できるものじゃないって分かるから、私は分からなかったけど、私の中には、沢山の生きる意味がいる。だから信じないといけない。


本当は神様だって信じてた。

信じてずっと助けてもらいたかった。

結局何も起きなかったけど、

きっと天国があるんだってまだ信じている。


……本当は雲になんてなりたいなんて思ってない。


何も思ってない。

ただ、死にたい、死にたかった。

それだけ……ただそれだけ。


きっと報われもしないけど、

この生涯は意味のあるものだって信じてる。


この先きっと、私が死んでなにか変わる。


そうであって。

そうであってくれないと。


愛していますこの世界を。


そして、次は空から見守ります。


雲になって


(~完~)
























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