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スタアリィ☆☆ナイドル  作者: 遠野朝里
幕間 神々の祝日

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第二節 アークトゥルス家

「すっげぇ、すっげぇ~!」


 ユアンの家へ向かう道すがら、レグルスは目に映るものすべてに夢中になった。石畳の道を行き交う人々、軒を連ねる数々の店、細く入り組んだ路地。視界いっぱいに建物がひしめく景色は、辺境では決して見られないものだ。

 レグルスが立ち止まって目を奪われるたびにユアンも足を止め、


「ここが、百貨店。だいたい、なんでも売っている」

「ここは、ビストロ。肉が、うまい」

「ここは、美容院。母様はいつもここで髪を切ってる」


 と、わずかだが説明をしてくれる。

 初めて会った日、学園内の施設について何も説明してくれなかったことを思えば、ものすごく歩み寄ってくれているのだとわかる。


「チャリティーストーリアを見に来たとき、町は見て回らなかったのか」

「うん。クイーンズ・シアターはキャリバンのはずれにあるだろ。チャリティー見た後すぐ帰らなきゃいけなかったから、町には寄れなくて」


 去年、チャリティーストーリアの観劇のためにキャリバンを訪れはした。だが、観光をする時間はなかった。「急いで帰らないと庭の薬草が枯れてしまう」とクラリッサは言ったが、実際にはクラリッサの脚本の締め切りがまずいことになるからだ。母は仕事を請けすぎだ。


「それなら、祝日の間に見て回るといい」

「うん。そうできたらいいな」


          ◆


 それから、一時間以上歩いただろうか。緩く長い上り坂の向こうに、やたらと豪華な佇まいの住宅街が見えてきた。


「なんか、すっげぇ立派な家ばっかりだ……」


 意匠を凝らした美しい屋敷が建ち並ぶ通りを、ユアンは迷いのない足取りで歩いていく。レグルスは恐縮しながらその背についていく。


「あのさ、ユアンの家ってこの先にあるのか?」

「ああ」


 進めば進むほど、家の豪華さが増していく。ユアンはどんどん進んでいく。


「もしかして、ユアンの家って、お金持ち……?」

「ああ」


 躊躇いのない肯定。レグルスは、こめかみに冷や汗が伝うのを感じた。辺境出身の自分は、あまりにも場違いではないか。


「あれだ」


 ユアンが指さしたのは高級住宅街の一番奥、正面に見える巨大な屋敷だった。


 鉄製の門の向こう、綺麗に刈り込まれた芝生の上に、まっすぐな道が伸びている――前庭がとてつもなく広い。パステルブルーの壁に紺色の屋根の屋敷は三階建てで、そのあまりの美しさにレグルスは目を細めた。


「す、すっげぇ……」

「行こう」

「……う、うん」


 本当にここに泊まっていいのだろうか。気後れはするが、レグルスは自分の頬を両手で叩いて覚悟を決め、駆け足でユアンを追った。

 立派な玄関扉の前に、老年の男性が立っている。


「シャムロック」


 ユアンがそう呼ぶと、男性は目を丸くして叫んだ。


「ぼ、坊ちゃま!?」


 慌てた様子で駆け寄ってきた白髪の男性は、仕立てのよい燕尾服を着ていた。どうやらユアンの家には執事がいるらしい。


「ただいま」 

「おかえりなさいませ。ご連絡くだされば馬車でお迎えに上がりますのに、なにゆえ歩いてこられるのです。相当な距離があるでしょう」

「運動のため」


 老執事シャムロックはユアンの代わりに立派な玄関扉を開けようとドアノブに手をかけが、


「むむ?」


 扉を開ける前にレグルスに気がついたらしく、モノクルの奥の目を細めた。


「坊ちゃま。こちらの方はご学友でしょうか?」

「そうだ」


 シャムロックがこちらに向き直ったので、レグルスは背筋を正した。


「は、はじめまして! レグルス・フィーロです。ユアン、いや、坊ちゃまとは同室で暮らさせていただいておりまして……」


 レグルスは混乱した。執事がいる豪邸なんて、ストーリアの中でしか見たことがない。ユアンの家がこんなにとんでもないなんて、想像もしていなかった。


「レグルス」

「は、はい! なんでございましょうか?」

「坊ちゃまは、やめてほしい」

「へっ!? あっ、ごめん!」

「……俺の家は、嫌だったか?」

「ち、違うよ! 想像を超えすぎてて、ビビっちゃっただけ……」


 ちら、とシャムロックを窺う。老執事は人のよい笑みを浮かべていた。


「いらっしゃいませ、レグルス様。どうぞお入りください」


 シャムロックは丁寧にゆっくりと扉を開く。


「ようこそ、アークトゥルス家へ」


          ◆


「おかえりなさいませ!」


 広間にずらりと並んだ使用人たちが、声を揃えてユアンを出迎える。圧倒されたレグルスは、口をあんぐりと開けてその場に立ち尽くしてしまった。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい、ユアン!」


 縦二列に並ぶ使用人たちの間を走ってきた亜麻色の髪の女性が、ユアンをぎゅっと抱きしめた。


「ああ、ユアン! 会いたかったわ!」

「母様、ただいま帰りました」

「少し背が伸びたかしら? ティターニア学園では元気でやれている?」


 ユアンの母は輝くような美人で、目鼻立ちがユアンにそっくりだった。その上、母ではなく姉と言われた方が納得できそうなくらいに若々しい。


「母様、今日は友達を連れてきたんだ。彼のぶんの部屋を用意してほしい」

「えっ、お友達!?」


 その場の全員の視線が、レグルスひとりに集まった。ユアンの母は大きな青い瞳をまん丸くしてレグルスを見つめ、数秒間固まった後、両手で口元を覆った。


「は、はじめまして。レグルス・フィーロです。えっと、あの、なんだっけ、本日はお日柄もよく……?」


 緊張のあまり、レグルスは自分が何を言っているのかよくわからなくなった。

 ユアンの母は、固まったまま動かない。


「す、すみません、急に来ちゃって。おれ、家が遠いから、ユアンが泊まっていいよって言ってくれて、それで……」


 しどろもどろになっていると、ユアンの母が一歩ずつレグルスに近づいてきて――突然、抱きしめられた。


「ぬわっ!?」

「レグルスくんね。ありがとう、遊びに来てくれて」


 腕をほどくと、ユアンの母はレグルスに一礼した。使用人たちも一斉に頭を下げた。


「ようこそ、レグルスくん。ユアンの母のセシリアと申します。どうか我が家だと思ってくつろいでね」

「へっ、わ、我が家……?」


 高い天井にピカピカの床、整列した使用人たち。この豪邸を我が家と思うのは無理があるが、どうやら歓迎されているらしい。


「レグルスくんは客間を使う? それともユアンのお部屋に?」

「ええっと……」

「……母様、レグルスが困っている」

「ああっ、ごめんなさい。私ったら舞い上がっちゃって」

「い、いえ……」


 はしゃぐセシリアは少女のようで、息子のユアンのほうが老成して見えるくらいだ。


「そうね、お友達ならやっぱり、同じお部屋がいいわよね。メアリィ、ユアンのお部屋に寝具を用意してくださる?」

「かしこまりました」


 使用人の数名が一礼し、メアリィと呼ばれた老年の女性を先頭に、連れ立って去っていった。


「ウーゴさんも早く帰ってくると言っていたから、夕食は一緒に食べられるわ」

「父様が? ……珍しい」

「だって、今日はユアンが帰ってくる日ですもの。それはそれは楽しみにしていたわ。そうだわ、レグルスくん、嫌いな食べ物はある?」

「へっ? 嫌いな……あんまりないです」

「まあ! えらいわ、レグルスくん。それじゃあ、ユアンはあなたのお皿にピーマンを乗せたりしていない?」

「か、母様……いつの話ですか」

「ユアン、ピーマン嫌いなのか?」

「……好んでは食べない」

「ふふ、ものは言いようね。今日の夕食はお肉とピーマンの細切り炒めにしてもらおうかしら?」


 セシリアを横目に、ユアンはため息をついている。


「夕食の準備ができたら呼びますから、それまでは自由にしていてね」

「行こう、レグルス」


 ユアンが足早に屋敷の奥へ向かおうとするので、レグルスはセシリアや使用人たちに頭を下げながら、ユアンを追った。




 案内されたユアンの部屋は、寮の部屋の三倍は広かった。大きな寝台、大きな衣装箪笥、大きなソファ、大きなティーテーブルに立派な椅子が二脚。レグルスでも、すべてが一目で高級品だとわかってしまう。


「荷物はソファの上にでも置いてくれればいい」

「う、うん……」


 ものすごく立派な革張りのソファに、そろりと荷物を座らせた。愛用のリュックサックもなんだか緊張しているように見える。


「母様、やかましかっただろう」

「ユアンと全然違ったからびっくりしたよ」

「俺があまり話さないからか、母様はああやってうるさいくらいに話すんだ」


 ユアンの母と言うからには、息子に似て物静かな人を想像していたが、実際のセシリアは明るく天真爛漫な人だった。想像とのギャップに驚きはしたが、やかましいとは思わない。


「ユアンのお母さん、きれいな言葉で喋るから、うるさくなんて感じないよ」


 自分の母クラリッサの口の悪さを思う。エミリオには「真似したらダメだよ」と口を酸っぱくして言われた。


「……レグルスは、人を褒めるのが上手い」

「へっ!? そ、そうかな」

「ああ」


 ユアンの言葉はまっすぐで、口数が少ない分、ぐっと心に響く。彼はきっと、黙っているときも多くのことを考えているのだろう。


「レグルス、家の中を案内する。その間に、君のベッドが運ばれてくるはずだ」

「うん」


 ユアンが自分から「案内する」と言ってくれたことが、たまらなく嬉しかった。


          ◆


 家じゅうを回ったら、ヘトヘトに疲れてしまった。どこにでも使用人がいて、レグルスは彼らを見かけるたびにしっかり挨拶をしたのだが、初対面の人に声をかけるのはどうしても緊張してしまう。それに、この屋敷は広すぎる。きっと何度も使用人たちに道を尋ねることになるだろう。

 ユアンの部屋に戻ると、本当にベッドが一つ増えていた。寮のベッドよりも大きい。


「寝心地を確認してほしい。合わなかったら、替えてもらう」

「う、うん」


 泊めてもらう身で図々しいことは言いたくないが、レグルスは寝具のちょっとした違いも気になってしまうタイプだ。寮のベッドに慣れるのに時間がかかったことを思い出す。

 試しに横になってみると――


「わ、わぁ……っ!」


 思わず声が出た。あまりにもふわふわでふかふかで、包み込まれて、そのまま寝入ってしまいそうだ。


「全然大丈夫っていうか、よすぎてすっげぇ……」

「そうか。それならよかった」


 今日は緊張の連続だった。馬車でマルコと会って緊張して、見知らぬ町を歩いて緊張して、豪邸で緊張して、全身に疲労が染みている。

――急激に、まぶたが重たくなった。

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