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風の悪魔少女

作者: エラワン

 ジャガーやゴリラを従えた虹の精霊であるアイダ。そのパーティーに途中から加わったのが、風の妖精から悪魔になった少女である。実は天使にあこがれていたその少女は、些細な誤解から、あろうことか神に反逆する悪魔の手先とされてしまうという経緯があった。


「違います、私は悪魔の手先なんかじゃありません」


 天使は神々と人間の中間に存在する霊的なものとして、伝令を指す言葉でもある。つまり神々が人間に遣わすメッセンジャーであるのだ。


 精霊の中には、地・水・風・火の四大元素を司る霊たちもいる。擬人的な自然霊であり、少女は精霊界において風の民シルフ、妖精である。空気の要素を持つ精霊で、その姿は優美な人間の少女に似ている。この少女も正に人間の少女を思わせる容貌であった。また風の精は森の妖精というほどの意味もある。森に吹く風はシルフの語り声であると伝えられ、風を身にまとう乙女である。

 但し、森の妖精と言えば聞こえはいいが、シルフについて神秘的だが気難しい女性のようであると言う説がある。かんしゃく持ちや虚栄に満ちた女性で、その魂は天に昇ることのできない暗黒の霧となるために、死後にシルフになったとされたからである。彼女らからは、うぬぼれの強い女性が外見を繕うことに関していかに努力をしているかが伺えたからともいわれる。


「あなたは自分を天使だと言っているそうですね」

「あっ、あの……それは……」


 少女の前に優雅な女性が座っている。空気と同化し、森を流れる風が少女の周囲を覆い、静かに語り掛けているのである。少女の切なる願いが聞き届けられ、今女神に謁見しているのであったが……

 少女の前に座る女性はニンリル、精霊界では風の女神であり、シュメール神話に登場する女神でもある。しかしその穏やかな表情とは裏腹に、ニンリルの決断は厳しく早かった。


「この者を追放しなさい」


 女神は傍らに控えるセラムに言った。セラムとは熾天使(してんし)であり、天使の中でも最上とされている階級につく者であって、悪魔の災いを防ぐ存在だとされている。


「違います、これは何かの誤解です。私は悪魔なんかじゃありません!」

「私に付いて来るのよ」


 少女はセラムの導きによって、神の座の前から引き下がらされてしまった。


「ねえ、セラムさん聞いてい下さい、本当に私は悪魔の手先なんかじゃないんです」

「そうかもしれないけど……」


 少女を導いているセラムは静かに言った。


「あなたは神の前に来る途中、天使たちに言っていたでしょ」

「…………」

「いいわね、こんな優雅な暮らしをしていてって」

「あっ、それは……」


 堕天使(だてんし)とは堕落した天使であり、悪魔は堕天使のことであるとされている。つまり堕落した天使の成れの果てなのである。天使が堕落する理由は複数あるといわれている。例えばエデンの園を守護する智天使は自身が神にも勝る力を持っていると過信したため、堕天使へと堕ちてしまった。

 また、神が人間を愛することに嫉妬した天使が堕落して堕天使になったという伝承まで存在する。このように天使が高慢な驕りや嫉妬心を持った場合に堕天使になるといわれているのである。

 堕天使と悪魔の関係は、危うい綱渡りのようにバランスを必要とするものでもあるのだ。


「あの、私は別に……」

「あなたの口から出た言葉はもう戻らない、天使にはふさわしくないものだったのよ。ここでは十分悪魔の囁きだわ」

「たったあれだけの事で……」

「ほら、また言った」

「…………!」


 少女はがっくりと肩を落とした。

 少女の他にも、最も有名な堕天使のひとりルシファーのように、自分の自由意思によって堕天使となり、魔王サタンと呼ばれ神に謀反を起こしたケースもあるとされている。堕落したルシファーは堕天使たちのリーダーとなり、魔界に君臨することになる。ルシファーは天使たちの中で最も美しく、知恵に満ちた模範的な存在であったとされていた。しかし、それにもかかわらず、創造主である神に対して謀反を起こし、自ら堕天使になったのだ。それほど天使にとって悪の誘惑は、絶対のタブーなのである。


「でもこれからは私が貴女を見守っていてあげるわ」

「えっ」


 セラムが少女の守護天使になると言うのだ。守護天使は神が人間につけた天使で、その守護する対象に対して善を勧め悪を退けるようその心を導くとされる。悪魔と認定された妖精に守護天使が付くとは、一体どういう事になるのか。


「これは内緒だけど、ニンリル様の指示でもあるのよ」

「…………!」







「ここがお前の持ち場だ」

「…………」


 堕天使とみなされて悪魔の修行をさせられる羽目になった少女である。そしてまだ見習いとはいえ、初っ端から人間を誘惑しなければならないのだ。少女に与えられた持ち場は南の谷という峡谷である。


「わあ、何この暗さは」


 険しい様相を見せる峡谷は、少女にとって何の魅力も無い。


「こうなったら住みやすく作り変えてやるわ」

 

 元来発想の豊かな少女である。緑の森に住む精霊たちに声を掛けて片っ端から呼び込む。次々と環境を改善しようと努力した結果、小鳥のさえずる優雅な谷に生まれ変わってしまった。とても悪魔の住む谷間とは思えない。


 そしてある日の事、誘惑する対象がやって来た。4人組で女性が1人、従者らしい他の3人は戦士のように長い剣を携えている。ここからは悪魔少女の初仕事である。もちろん守護天使セラムとの確執はある。


「どうしてもやるの?」

「だって……」


 そこで少女はセラムに提案した。


「悪魔見習として仕事はするけど、悪い事はしないわ」

「…………」






 少女がゆっくり歩いて行くと、4人もこちらに向かってやって来る。


「あら、こんにちは」


 少女はさりげなく声を掛けた。


「……こんにちは」


 女性が従者に声を掛けている。


「そうだ、この子に聞いてみよう」

「だけど……」

「この先に悪魔が住んで居るって聞いていないかしら?」

「えっ、悪魔ですか。知りません」


 一瞬ドキッとしたようだが、少女は冷静を装って答えた。


「分かったわ、ありがとう」

「いいえ」


 少女は軽く会釈をして離れた。


「今の者をどう思いますか?」


 従者の囁くような小声ではあったが、風に乗り少女の耳にまで聞こえて来ていた。








「こんにちは」


 此処は悪魔見習少女の家である。開いたドアの中にむかって女性が言っている。


「やっぱり居ないわ」

「あら、皆さんいらしたのですか」


 後ろから少女が声を掛けた。







「どうぞ皆さんお召し上がり下さい」


 皆は少女から食事を提供された。従者が少女の目を盗み小声で聞いている。


「本当に食べるのですか?」

「でも、別に怪しくはないでしょ。そんなに疑ったら悪いわ」

「…………」


 それを聞いたもう1人の従者が、


「だったらおれが先に試してやろう」


 真っ先に食べだした。


「あんぐ、むぐ、あっ、その、これは……、旨い!」


 結局皆が食べ始めた。






「みんな、起きてるか?」


 いつの間に寝込んでしまったのか。皆テーブルに突っ伏して寝込んでいる。その時、


「いつまで寝てるんだい!」


 老婆に変身した少女が皆の後ろから声を掛ける。


「さあ、起きた起きた」


 少女は悪魔とは思われたくなかったのだ。寝ぼけ眼の皆は起きたことは起きたのだが、身体がしびれて自由が利かないはずである。やっとの事で立ち上がる4人を追い立て外に出る。家の裏にあった柵に入れて足かせと首輪までつけ自由が利かない状態にしてしまった。


「さて、これからどうしよう……」


 旅人を捕らえはみたものの、少女はこの先どうしていいのか分からなかった。


「悪魔はこんな時どうするのかしら……」





 だが夜中である、


「えっ」


 どのようにして拘束を解いたのか、4人が勢いよく室内に入って声を上げるではないか。


「ばあさん、あっ」


 そこに居たのはあの少女である。


「ばあさんは何処に行った」

「あっ、あの……」


 少女は従者の1人から手をひねり上げられた。


「きゃー」

「ワイナ、何をするの、よしなさい」

「アイダ、こいつは女悪魔ですよ」

「違います、私は悪魔なんかじゃありません」

「じゃあ何で食事に毒を入れたんだ」

「それは……」


 少女は腕の痛みに顔をしかめる。


「ワイナ、とにかくその手を放しなさい」


 ワイナと呼ばれた従者は仕方なく手を離した。その瞬間を少女は見逃さず、風を巻き起こして姿を消した。風の民シルフである少女にとって、風に乗って消えるのは造作もない事であった。






 少女は思いの丈をセラムにぶつけてみた。


「セラムさん、私が心に思った事を口に出して言うと、悪魔と見なされるのですか?」

「…………」


 悪魔の見習いに落とされた少女と、その守護天使との会話である。少女は守護天使をじっと見つめ、


「私は自由に生きたいのに、それが悪い事なんでしょうか」

「貴女はアザゼルの話を知っていますか?」

「いいえ」


 守護天使セラムは諭すように話を始めた。


「アザゼルはもともと神から人間を見守るように使命を受けた天使でした。でも、人間の女性の美しさに心を奪われ交わるという禁を犯してしまい、神の怒りに触れて堕天使になってしまったの」

「…………」


 天使に性別は無いという事になっているが、アザゼルはそこも犯してしまったという話である。


「でも男となったアザゼルにとっては、人間の女性と恋に落ちる事は、とっても自然な行為だつたのね」

「…………」

「悪い事だとは思っていなかったんです」


 しかし少女は食い下がって引かなかった。


「じゃあ天使は禁欲しているのですか?」

「禁欲は欲を持った者がする事ですが、天使に欲は有りませんから禁欲も存在しません」

「本当かなあ」

「…………」


 天使に憧れている妖精の少女ではあるけれど、本心は自由に生きたい。ところが天使にそれは許されないようである。天使になる前から堕天使とみなされ、あろうことか悪魔にされてしまった。


「ねえセラムさん、じゃあ悪魔だって良い事をすればいいんでしょ」

「……そんな話は聞いた事がないわ」

「だったら先例を作ればいいのよ。私はこれから良い行いをする悪魔になります」

「…………」






 風の悪魔少女は、精霊界で巻き起こったアイダたちとフアイチヴォ勢との闘いを見ていた。


「あっ、怪鳥の羽だわ」


 風の悪魔少女にとって怪鳥の羽は、風呪文の威力を倍増する貴重なアイテムなのである。アイダは落ちていた怪鳥の赤い大きな羽を見つけて拾い上げた。


「その羽を下さいな」


 少女は後ろから声を掛けた。


「あっ、あなたは」


 あの南の谷で消えた少女ではないか。


「その赤い羽を私に下さいな」

「お前は南の谷の女悪魔だな」


 トゥパックが声を荒げた。


「悪魔なんかじゃないわ」

「おれたちに毒を盛って拘束しただろう」

「それは……」

「この羽が欲しいの?」


 アイダが声を掛けると、少女がこくんとうなずいて笑顔が浮かんだ。


「その羽をくれたら、フアイチヴォに勝つ方法を教えてあげる」

「アイダ、こいつの言う事なんか聞くんじゃないぞ」


 だがアイダは羽を少女に差し出した。


「いいわ、あなたにあげる」

「アイダ」


 だが羽を受け取った少女の姿がまた風のように揺らぎ、4人の前から消えた。


「やっぱり奴はあの時の女悪魔だ」


 しかし姿の見えない少女ではあるが、声だけは聞こえて来る。


「やっと手に入れた、これで羽は私のものだわ。でもね、私は嘘は言っていない。アイダ、あなたはもうフアイチヴォに勝つ手段を持っているのよ」

「えっ」

「強い味方を引き付ける力、それがあなたの魅力なの。フアイチヴォはそんなあなたの力を最も嫌っているわ」

「…………」


 風が収まると、もうどこにも少女の気配は無かった。





「セラムさんは最高位の天使なんでしょ」

「…………」

「でもどれだけの力を持っているのですか?」

「貴女は未だ分からないかもしれないけど、誰かから見守られているというのは、とても大きな意味がある事なのよ」

「ーーちょっとセラムさんいいですか。今とても疑問に思っている事があるんです」

「…………」

「セラムさんは魔物に襲われた時どうします」

「…………」

「もしも御仲間の天使たちがセラムさんの目の前で化け物に襲われたら、どう助けるのですか。見守るなんて呑気な事を言っていて良いんですか?」

「…………」




 赤い目の魔術師フアイチヴォをマスクの助けで倒したアイダは、ジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダを連れて人界へと向かったのだが、


「ねえ」


 少女は後ろから声を掛けた。


「あっ、またお前か」


「これから人界に行くんでしょ」

「…………」

「私も一緒に連れて行って」

「な、なんだと。お前は女悪魔だろう。なんだっておれたちが悪魔を連れて行かなくっちゃならねえんだ」


 トゥパックが声を荒げた。少女との激論が交わされている。


「わたしは悪魔なんかじゃありません」

「嘘言うな、なんでそんな分かり切った嘘を言う。悪魔に決まってるじゃないか」


 トゥパックも後へは引かない。アイダが聞いてみた。


「でもあなたは何故人界に行きたいの?」

「それは……」

「こいつ、かわいい顔して絶対に怪しい」


 トゥパックは今にも掴みかかりそうな勢いである。


「じゃあいいわ、連れて行ってあげる」

「嘘だろう!」


 トゥパックが眼を丸くしてアイダを見た。


「わあ、ありがとうございます」

「アイダ、もしも人界でこいつが悪さをしたらどうするんだ」


 アイダは自分よりも少し若い様子の少女を見つめた。


「でも連れて行ってあげる代わりに、人界では大人しくしているって誓ってちょうだい。分かったわね」

「はい、誓います」

「やれやれだぜ、悪魔が誓うって一体何なんだ」


 トゥパックは不承不承引き下がった。




 人界ではカルテルを撲滅させようという政府とそれに協力するアメリカとの間で麻薬戦争が起こっている。撲滅の計画を厳格に進めようとしたコロンビアの法務大臣を暗殺したり、賛成派の国会議員、翌年には検事総長を暗殺し遂に大統領候補者も殺した。そしてカルテルとの抗争は激化し、ボゴタ周辺は無政府状態に陥っているのだ。


「アイダ、どうするんだ」

「カルテルの基地に潜入して捕らわれている動物たちを助けるの」


 これで2度目の潜入となる。警備の手薄な所を狙って侵入した。

 アイダの後からワイナ、トゥパック、キイロアナコンダ、そして悪魔少女の順である。悪魔少女は道すがらアイダから、今回の使命を聞いている。


「お前は武器を持っていないようだが、何で戦うんだ?」


 トゥパックが聞いて来る。


「あ、あの、呪文を少し……」

「なるほどね、呪文を少しね」


 トゥパックが首を振りながら前を向いた。


「どうせいざとなったらまたその呪文で風に乗って消えるんだろ」

「トゥパック」


 アイダが戒めた。ワイナとキイロアナコンダは黙って歩いている。




 施設の中の様子は前回で分かっている。手分けして檻を開いて回ると、次々と捕らわれていた動物たちが逃げてゆく。だが、突然警報が鳴り響いた。


「来たぞ」


 アイダたちは直ぐ施設の外に出た。打ち合わせ通りである。今回無駄な戦闘をする必要はない。動物たちを逃がせばそれでいい。後は通報してあった政府の軍隊に任せるのだ。

 やって来た政府側の特殊部隊によって多くのカルテルの組員が射殺され、カルテルは大打撃を受ける。そして組織の大物エスコバルは、裸足で屋根伝いに逃げるところを治安部隊に射殺されて麻薬戦争は収束したように見える。

 だが突然、悪魔少女がアイダに言って来た。


「アイダ、大変、ダスザの息が途切れそうなの」

「――――!」


 アイダは悪魔少女の言っている意味が直ぐには分からなった。


「何を言っているの?」

「同じ属性だから私には分かるの。風の神の息が途絶えようとしているわ」

「でたらめを言っていたら只じゃ置かないからな!」


 トゥパックが声を荒げたが、悪魔少女はアイダを見つめる。


「今すぐ帰らなくっちゃ」


 アイダはダスザと呼ばれる風の神の1人娘である。


「分かったわ」

「じゃあアイダ、私の手を取って」

「…………!」

「私を信じて、貴方たちも」


 4人を一緒に悪魔少女が精霊界まで、風に乗せて連れて行くと言う。


「そんな事が出来るのか?」


 トゥパックの疑問である。


「私もまだやった事はありません。境界を飛び越えるので、マスクさんには怒られるかもしれませんが……」

「…………」

「実は私、まだ一人前として認めてもらえてない、風の悪魔の見習いなんです」

「――――!」

「でも怪鳥の羽を手に入れたでしょ。この羽が有れば私の風魔法は威力が倍増するんです。アイダは違う属性だから羽を持っていても意味が無かったの」

「なるほど」


 トゥパックも納得した。だがダスザの危機が本当ならぐずぐずしてはいられない。

 4人は風の悪魔少女の魔法に運命をゆだねる事になった。




アイダの父ダスザの横に座るマドレ、水の母とも呼ばれる少女の母で、木々の精霊でもある。そのマドレが負傷して横たわる風の神ダスザの横顔を見ている。


「お母さま」

「アイダ」

「お父様は一体――」

「フアイチヴォが怪鳥を連れてやって来たの」

「――――!」


 魔術師フアイチヴォが精霊界を牛耳ろうと、邪魔する者を誰彼かまわず無慈悲に殺戮して回っていると言うのである。


「フアイチヴォ!」


 しかも死の淵からよみがえった人面怪鳥は何羽もいて、風の神の側近が皆やられたと言うではないか。


「ワイナ、皆も行くわよ。あなたはどうするの」


 アイダが悪魔少女を見た。


「もちろん私も行きます。風の神が攻撃されて黙って見ている訳にはいきません」


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩み始めた。こうなったら精霊界の闇を支配する魔術師フアイチヴォとの決戦だ!






 アイダが挑戦状を送り付けると、指定された決戦場に現れたフアイチヴォの周囲は、おどろおどろおどろしい空気が漂っている。七面鳥に化けて血を吸いに来る吸血鬼や魔女が並んで、さらに呪術師が化けた蛇の化け物などの有象無象の者達がひしめきアイダたちを睨んでいる。だが、


「アイダ」


 アイダはワイナの声で後ろを見て驚いた。4人の背後には、呪術師のゾボの呼びかけに応じたオオカミの守護霊たち、さらにアモン神や様々な動物の守護者である精霊、変身するときに宿る動物の霊などが並んで武器を手にしているではないか。精霊界を心配する者達が決起したのであった。


「かかれ!」


 魔術師フアイチヴォのしわがれた号令が決戦場に響き渡ると、精霊界を二分する大決戦が幕を切って落とされた。精霊界の闇の軍団と動物の守護霊たちとの激突が始まったのである。


「アイダ、上を見ろ」


 アイダたちの上空をまた人面怪鳥が舞い始めたのだ。但し今回は無数の怪鳥である。動物の守護霊たちが次々とやられてゆく。


「ワイナ、皆も固まって」


 4人が揃って空を見上げれば死角が無くなり、攻撃に専念出来る。

 ここで風の悪魔少女が呪文を唱え始めた。


「アラカザンヴォアラストシャザムスヴァーハー」


 そのうちに風が吹き始める、やがてその風は凄まじくなり、4人は立っているのがやっとの状態になる。


「あれを見ろ」


 吹き荒れる風に大きな羽をした怪鳥がきりきり舞いをして、飛行がままならない様子になったのである。


「小癪な!」


 憤怒の表情を浮かべた魔術師フアイチヴォが前に出て来た。


「アイダ、覚悟しろ。お前と差しで勝負だ!」


 アイダは魔術師フアイチヴォと向かい合い刃を交える。フアイチヴォの手にする杖が幾つもの蛇に変り刃となって切りかかって来るのだ。


「アラカザラストシャザムスハー」


 呪文を唱えたアイダの剣がそれを避け隙をみて逆に切りかかる。魔術師のフアイチヴォにはなかなか呪文は効かないが、アイダの呪文を身に帯びた剣がついにフアイチヴォの腕を傷つけた。


「くっ」


 フアイチヴォの顔が歪んだ。


「くそっ!」


 フアイチヴォの負傷していない腕から何かがしゅっと伸びた。ひも状の得体しれない物がアイダの足に絡みつく。


「あっ」


 転んだアイダにフアイチヴォが素早く襲い掛かると、剣が振り下ろされた。しかし、


「グアッ!」


 その唸り声はフアイチヴォのものであった。フアイチヴォの胸から背後に掛けて突き上げたアイダの剣が、魔術師の身体を貫き通していたのである。


「おのれ!」


 フアイチヴォの顔が苦痛に歪み、その手がアイダの顔を掴んだ。


「ガッアーー」

「アラカザラストシャザムスハー」


 フアイチヴォの手の下からアイダの唱える呪文が、赤い血の滴る剣を伝わり、ついにフアイチヴォの体内に流れ込む。


「ガッ……」


 抜け殻のようになったフアイチヴォの頭ががっくりと前に倒れた。

 魔術師の死と共に、怪鳥達の姿は皆崩れて灰となった。


「何を騒いでおるのだ」


 雷神トゥパの登場である。アマゾンの精霊界を支配する最高神でもある。どのような魔術師も精霊もトゥパの前ではひれ伏してしまう。


「トゥパ様」

「アイダ、その方がこの混乱の原因であるのか」

「…………」

「まあ良いわ、全て終わったのであろう。アイダ」

「はい」

「あの糖蜜は旨かったぞ。はっはっはっ」

「…………」


 精霊界は平安を取り戻し、風の神ダスザも一命を取り留めた。アイダたちの前にゴリラのトゥパックがいたのだが、雷神トゥパがそう言って帰ろうとした時、


「今頃のこのこと出て来てはっはっはっも何も無いもんだよな」

「しっ、聞こえるわよ」


 アイダが急いで止めさせた。だがトゥパックの次の矛先は風の悪魔少女であった。


「南の谷でお前はばあさんだっただろ」

「…………」

「今のお前とどっちが本当なんだ?」

「あの時は悪魔と思われたくなくって、おばあさんの姿に変身していたの」

「なるほどね、見習いと言うからには、確かに若いんだろうな」

「…………」


 いつまでも納得しないトゥパックである。


「じゃあ人界に行きたいって言ったのはどういう訳が有ったんだ?」

「界外に出ていろいろな人々との出会いから見聞を広めるっていうのは、悪魔見習の私にとつては必須の事項なんです。悪魔の世界だっていろいろあるんですよ」

「…………」

「だいたい私は天使になる予定だったんです」

「はあっ」

「神に仕える天使にあこがれていたんですが……、ある事情から、神に反旗をひるがえしたと間違えられて、その……悪魔にされてしまったんです」

「…………」




「アイダ、大変!」


 精霊の1人が、のんびりしていた5人の前に駆け寄って来た。


「どうしたの、そんなに慌てて」

「精霊界の北の外れで謎の怪物が暴れていると知らせが有りました。住民が避難を始めているようです。


「ベリアルね」


 風の悪魔少女が言った。


「ベリアル?」

「風に乗って来る情報ですが、怪物の背後には魔王ベリアルが居るんです」


 アイダがキッパリと言った。


「ワイナ、皆も行くよ」


 今度の敵はベリアルが背後に居た。悪魔学においてもその名が知られている、非常に強大な魔王であり、複数の軍団を指揮しているとされている。元は高位の天使で、堕落する前は有名な熾天使ミカエルよりも階級が上だったともいわれている。天使が天使のままでいるのは、それ程難しい事なのである。


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩み始めた。

 風の悪魔少女の側には、今も守護天使セラムが付いている。だが、


「セラムさん、私は悪魔になります」

「…………」

「悪魔という呼び方が誤解を生んでいるのです。これはきっと天使さんたちの側から、悪魔なんて勝手に付けた名前なんじゃないのかしら。一方的な発想です。私は自由に生きます」


 風の悪魔少女は爽やかな顔でそう言い切った。


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