望まない転生
28歳、中間管理職、地元企業に勤めて10年が過ぎ、変わり映えのしない多忙な日々を繰り返す平凡なサラリーマンである。今日も今日とて上司と部下の間に入り、何が嫌だ、何を直せと不毛な主観論法を正面から喰らい続け、精神を擦り減らしている。
こんな日々を続け、何とか生きて行けるだけの金を稼ぐ。これを人並みと言うのであれば"普通"と"幸せ"はイコールでは無いと、僕の人生哲学に書き記したい物だ。しかし、何故だかこの不毛な日常から逃れる気力も湧かず、僕は日夜馬車馬の如く働き続けた。その結末が———・・・交通事故死である。
人並み以上の努力も、心を擦り減らし築き上げた人脈も、プライドを犠牲に獲得した案件も、死んだ今、何の価値も無い。いや、初めから"価値"と呼べる物では無かったのかも知れない。此の儘途絶えるであろう意識の行き先に、僕は何故か安堵の気持ちに満ち溢れていた。ようやくこの不毛な日常から抜け出せる。僕の人生は決して不幸だけでは無かった。しかし、だからと言って今後の希望も期待も無いのだ。少年時代の楽しかった思い出を糧に生きて行くには、現実は些か必要カロリーが高過ぎる。
「可哀想な人間ね。...安心なさい、貴方の不安や絶望は、私の目に止まったと言う幸福で帳消しになりますから。」
途端、安寧の静寂に声が響く。聞いた事がある様な、無い様な...ただ、言っている意味が分からない。僕の不安や絶望が帳消し?なめて貰っては困る、こちとら死んで安心する程度には絶望しているのだ。
「ふふふ、私の事に聞き覚えがあるのは貴方の記憶に有る声を借りて話しているからです。それと、貴方のしょぼい不安や絶望で私の言葉に歯向かわないで下さい。」
あ、もしかして心の声が読めるのか...。
「ええ、バッチリ読めてますよ、貴方が絶望だのなんだの語り部口調で考えを巡らせてる内に、来世はどんな人生になるのかな〜...なんて性懲りも無く期待している軽薄な潜在意識までまるっとお見通しです。」
おいやめろ、恥ずかしいだろう。語り部口調とか言うな、ちゃんと僕は絶望してるんだ。
「安い絶望ですね。ただ、私は貴方を死体蹴りしに来た訳じゃないんです。ほんの気まぐれですが、貴方にはとある才能がある。」
コイツ一々人の事を貶さないと話が出来ないのか.....。
「貶される主張をしている自覚が無いのですね、人の評価は少なからず貴方の一端を評価した.....いえ、やめましょう、ハンカチはいりますか?」
いらねーよ!
「私の好意を.....。ま、良いでしょう。話を戻しますが、貴方にはとある世界に転生して貰います。地球では無い遥か別時空の世界です。」
転生?別時空の世界?アンタ一体何者なんだ。
「私の正体など些末な事です。貴方が今から産まれ変わる世界は、私の管理から外れた所謂"外"の世界。本来干渉の出来ない世界なのですが、貴方の魂は何故か干渉が出来てしまう。」
......よく分かんないけど、それが俺の才能って事か?
「ええ、貴方の世界に存在する宝くじを当てる確率の更に天文学的数値を掛け合わせても足りない程度には稀有な才能です。」
それで、その世界に行って僕はどうすればいいんだ。
「どうする?好きに生きて下さい。」
は?
「言ったでしょう、干渉出来ない世界だと。私でも観測が出来ない世界なのです。だから気になる。だから貴方を使うのです。」
どう言う事だ。
「察しが悪いですね、貴方は観測が出来ない世界を観測する為の、謂わば衛星です。貴方と言う存在を通してなら私もその世界を観測出来る。」
一つ言って良いか?気分が悪い。
「ふふふ、不敬ですね、そんな貴方にはちょっとした罰を与えましょうか、やはり観測には刺激も必要ですし。」
何を言って...。
「では、私と新しい命に感謝して.....いってらっしゃいませ。」
その声を皮切りに、沈んでいた意識が覚醒するのを感じた。