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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

脳筋聖女様の恋愛事情兼復讐について

作者: ぽわぽわ


何もない荒野を進む四人の影。

この先を進めば魔王城が見えてくるはず。

だがそう上手く事が進むはずもなく、巨大な魔物が襲い来る。

前線で戦っている勇者が傷を負い、高圧的に叫ぶ。


「カイ! 何をやってるんだ! 回復魔法!」

「は、はい」


カイと呼ばれた聖女が慌てて勇者の傷を癒す。

魔物と対峙している女戦士が熊型の魔物の太い腕に吹き飛ばされた。


「ぐはっ」


地面にたたきつけられた女戦士をかばうように、詠唱が終わった女魔導士が前に出て魔法を放つ。


「くらいなさいっ、永久凍獄!」


氷魔法が直撃し魔物の動きがにぶる。


「くそ、まだか」

「しぶとい」

「大丈夫か! まだやれるか!?」


勇者が飛ばされた女戦士に声をかける。


「もちろん、まだ……」

「なにしてる、早く回復に行け木偶の坊!」


カイは回復の終わった勇者に蹴り飛ばされよろめきながら女戦士の元へ。


「早くしなさいのろま」

「……」


カイはこめかみに青筋を立てながらにっこり微笑む。

聖女としての役割が終わったら、こいつら全員どうしてくれよう。


「何を笑っているの? 気持ち悪い。ブスは何しても駄目ね」

「はぁ」


そんだけ話せるなら回復魔法なんて必要ないですよね、と喉まで出かかったが飲み込む。

あと少し……魔王を倒せば聖女なんてふざけた肩書を捨てられる。


「あれをやるぞ」

「分かったわ」


回復が終わった女戦士と勇者が前に出る。


「絶技・ハリケーンスラッシュ!」

「カマイタチ三連!」


風属性の剣術が決まり、ようやく魔物が倒れる。

血しぶきを上げた魔物をカイは冷めた目で眺めた。

かっこよく技名を叫ぶのは良いのだけど、ダサい気がするのは自分だけだろうか。

戦闘が終わってカイは無言のまま重たい荷物を背負った。

カイは聖女なのにすべての荷物を背負わされている。

曰く、このパーティで一番の役立たずだから、らしい。

確かにカイは神聖魔法がかけらも使えない。使える魔法は唯一回復魔法のみ。

その回復魔法も女魔導士が扱えるので実質カイは必要とされていない。

しかし、古くからの習わしで勇者とパーティが組めるのは戦士一人、魔導士一人、聖女一人と決まっている。

ちなみに女戦士と女魔導士は勇者が自分勝手に選んだ人材だ。

腕は確かにいいが、勇者は別のものを重要視していた。

それは、夜のお供にふさわしいかどうか、この一点のみ。

なので二人とも顔とスタイルがいい。性格は終わっているが。

聖女はどうなのか、という話だが、聖女に関して勇者は選ぶ権利を持っていない。

聖女を選ぶのは聖教会。

選出方法は、若く健康的で、現時点で能力値が一番高い少女が選ばれる。

というわけで能力値の合計が高いカイが聖女に選ばれた。

……魔法の才能など皆無だというのに。


「カイ」


重たい荷物に溜息を吐いた時、勇者が声をかけた。


「なんですか」

「今、魔力残量はどのぐらいだ?」


何でそんな事を聞くのだろうとカイは疑問に思ったが素直に答えた。


「すっからかんですね」


どっかの誰かさんが馬鹿みたいに怪我するから。

此処は魔王城近くの荒野。戦闘は何度もあり、その度に魔法を使って来た。

元々魔力量が少ないカイに回復魔法を使えるだけの魔力量など残ってはいなかった。


「そうか、じゃあ」


勇者は何を思ったのかカイの背負っている荷物に手をかけ体重をかけた。


「ちょ、なにすんの!」


カイは自然としりもちをついてしまい、真っ白な聖女服の汚れを気にする。

聖女に汚れはあってはならないと教会から厳しく躾けられている。


「カイ、お前はもう用済みだ」

「……は?」


勇者は自分たちに必要なものだけを取り出し、背負って進もうとする。


「後はお前の荷物だろ。じゃあな」

「ちょっと何を勝手に」


強い敵がわんさか出るこの場所に置き去り!?

魔法が使えない聖女を魔王城近くで!?


「だってお前とろいんだもん。邪魔」


ニタニタ笑いながら勇者がそう言う。

カイは成程、これは仕返しかと半分納得した。

パーティに参加して日が浅かったある日、カイは勇者にハーレムの一人になるように言われた。

誰がそんな気持ち悪い事をするものかと返し、一発ぶん殴って失神させた。

手加減、したんだけどなぁ。

それが勇者の自尊心を大いに傷つけたらしいのは知っていた。


「カイ、あなたはこの戦いに付いて行けないのよ。故郷に帰って農婦にでもなりなさいな。帰れるんだったらね」


女戦士がそう言って笑う。

確かに回復魔法しか使えない聖女がここから町に戻ることは不可能だろう。

普通なら、の話だが。

それよりもこの女はカイが農村の出だと知ると途端にバカにしてきた。

農家が居なかったら食糧危機待ったなしなんだけどなぁ、とカイは女戦士が広い世界を知らない馬鹿な女だと思っている。

事実、勇者の誘いに乗ってハーレムの一因になっている。

やはり馬鹿か。


「聖女の癖に聖属性が扱えないなんて前代未聞。いらない」


さんざんカバンの中を漁った女魔導士の手には食料と水。

カイは記憶している限りあれが最後の食料。

どうやらカイは本当に捨てられてしまうらしい。


「王都に戻ったらお前は戦死した事にしといてやるよ」

「あら優しいのね。逃げ出したことにすれば?」

「そうそう、敵前逃亡したってさ」

「仲間が死んだって事でお涙頂戴の話を作るのさ。その方がいいだろ?」

「やっぱり頭がいいのね、ステキ」

「感動。無能でも役に立てることがあった」


カイはぽかんと口を開けたまま放心状態。

死んでも自分を利用するつもりなのか。


「ここまで魔力温存できたからワープ魔法使っとく?」

「いいね。代り映えしない景色に飽き飽きしてたんだ。一気に魔王城まで行けそうか?」

「三人はいけそう。四人は無理」

「はは、カイはもういいんだよ。じゃ、行こう」


カイが戸惑っている間に魔法陣が出来上がり、あっという間に三人の姿が消えた。


「……なにこれ」


カイはふつふつと湧き上がる苛立ちを抑えるために拳を握りしめる。

今まで散々我慢してきた。

国の為だと思って故郷の村から追い出され、慣れない聖女の教育を受けた。

魔法の練習だって頑張った。頑張って回復魔法が使えるようになった。

いざ旅に出て三人の性格の悪さに辟易としながらも耐え抜いて来た。

夜の天幕で寝ているといつも激しめの声が二人分聞こえてきていつも寝不足だった。

役立たずだと罵られながらも全員分の荷物を背負ってここまで来たのに。

あいつらは私をただの魔力タンクだと思っていたのか。


「グルルルルル……」


先程倒したばかりの熊型の魔物と同種の魔物が一人で茫然としているカイに襲いかかる。

カイは突進してくる魔物を振り返り、左足を踏み込んだ。


ボッ、ボッコン!


二回に分けて爆ぜる音。

びちゃびちゃと周囲に飛び散る血と肉片。


「あーもう、最悪だよ」


白い聖女服が血と肉片ですっかり深紅になってしまっている。

カイは魔物の胸を貫いた右手の血を払いながらこれからどうするべきか考える。

聖教会に選ばれたカイは確かに能力値が高かった。

しかし、魔法ではなく腕力だが。

カイは森でたまたま精霊を助け、髪が短かったカイを男だと勘違いしてお礼に力の加護を授けた。

カイが生まれ育った農村では力が強い者がモテる。

男より力の強いカイは農村でハーレムを作って村での生活を謳歌していた。

村はこれを問題視し、聖女として選ばれたカイをこれ幸いと追い出した。

なので村には戻れない。

戻って女の子に囲まれた生活をしたいところだが、周りがそれを許さないだろう。

それにカイのハーレムだった女に子達の何人かは結婚してしまっている。

後から手紙で報告されてカイは悲しんだ。

……ハーレムを築いていたカイだが、恋愛対象は男だ。

女の子は可愛いので構っていただけだ。犬や猫を可愛がるように女の子たちも可愛がっていただけの事。


「……はぁ」


カイは血で汚れた長く伸ばした髪をナイフで切り落とす。

聖女たるもの清潔で見目麗しく清楚であれ。

厳しい聖女教育のおかげでカイは女性として美しくなったが、それも終わり。

女性の象徴である長い髪を切り落とし、カイは一歩進む。

聖女はもう終わり。これからあのふざけた三人組に復讐を。

魔王城へ向かい確かな一歩を踏み出す。


「……ん?」


血にまみれた服をどうすべきか考えていると、荒野の岩陰に人影を見つけて立ち止まる。

あれは……

影から見えた長身の男。

普通と違うのは長い耳。魔族だ。

絶賛戦争中の魔族を見つけ、カイは右手を振りかざす。

魔族でも人間でも腹に大穴開ければ大抵死ぬ。


「お、お待ちください!」


焦った様子でそう魔族が言って、カイは不思議そうに足を止める。


「わたくしは敵ではありません! どうか話を!」


カイはますます困惑した。

血で汚れているとはいえ、カイは聖女の服を着ている。

聖女がたった一人、何も警戒する事なんてないと思うのだが。


「カイ様を魔王城へ招待いたします。ですので拳をお納めください」

「……なんで、名前」


名乗ってないのに。

ますます混乱するカイだが、右手を下ろす。


「先程の戦闘、見ておりました。ひどい扱いを受けていたようですね」

「まぁね」


蹴られるぐらい日常になっていたからなぁ、とカイは眉を寄せる。


「カイ様が実力を発揮していれば状況は変わったのでは?」

「やだよ」


あいつらの為に戦うとか死んでも嫌。

戦闘まで任されたらあいつら何にもしなくなるだろうし。


「なんで名前知ってんの?」

「魔王様からお聞きしました」


何で魔王が名前知ってんの? と疑問に思ったが、直接本人に聞けばいいかと思いなおす。


「魔王城に招待って……?」

「これから魔王城にワープいたします。そこで復讐をなさらないかと」

「なんで復讐を手伝ってくれんのさ」


罠か? と思ったが考えを否定する。

殺すつもりならこんな会話しないだろう。


「魔王様からのご命令です。カイ様をお連れするようにと」

「ふーん」


見ず知らずの魔王が復讐の手伝いをしてくれるなんて奇妙だが、カイはそれよりもあの三人に痛い目を合わせたくて仕方なかった。


「まぁ、色々聞きたいことあるけど、とりあえず連れてって」


ここから魔王城まで数日はかかる。

水も食料もないカイにとってはまたとない話だ。


「では飛びます。しっかりつかまってください」


差し出された魔族の手を握る。

人間と違う長い爪とひんやりした体温に再び眉を寄せる。

本当に信用して大丈夫なのか?

ダメだったら殺せばいいか。

カイにとって全ての生き物は殴れば死ぬ存在だ。

一瞬の浮遊感の後、重力が戻ってくる。

ここはどうやら室内のようだ。

きょろきょろと辺りを見回し、石造りの建物である事を認識。

床に敷いてあるカーペットや家具から王城に相当する屋敷である事も同時に理解した。


「ここが魔王城?」

「はい」


窓から外を見る。

どこまでも続いている荒野。

確か魔界につながるゲートがこの荒野に出現したんだっけとカイは思い出していた。

出現したゲートから魔物が現れ、さらに魔物を操る魔族も出てきて戦争に。

カイにとっては今更どうでもいい情報ではある。


「カイ様にはこちらを」


魔族の男はそう言って、カイに防具や手袋を渡した。

血みどろだったカイは早速着替え、聖女の服より動きやすいことを確認した。

服に袖を通しただけで調子がいいような気がしたカイはブン、と拳を振ると、


バゴォ!


壁に大穴が開いた。


「あ、え、なにこれ」

「グローブには防御貫通と衝撃射出が付与されています」

「マジックアイテムかよ」


話を聞くと、防具にも色々と耐性が付与され、自動回復の効果まであるらしい。


「ごめん、壊した」

「お気になさらず」


壁を指さして謝ると、魔族はさして気にしていない様子だった。

それにしてもどうしてここまで良くしてくれるのだろうか。

魔王から見たら、カイは敵だというのに。


「失礼ですが、御髪を整えてもよろしいでしょうか」

「え? ああ、うん」


乱雑に切った髪を魔族の男が綺麗に整えてくれた。

これから魔王に会うので少しでも綺麗にしておきたかったようだ。


「ではこちらに。魔王様がお待ちです」


促され、カイは大人しく付いて行く。

勇者たちにされてきたいじめとも言える所業の数々を思い出していた。

勇者のセクハラが最初は酷かった。

カイにその気がないと分かると暴言を吐き、突き飛ばす蹴り飛ばすの暴力。

毎晩痣になった所を魔法で癒す日々だった。

女戦士も同様にカイに暴力をふるった。重い荷物を持たせ、気に入らないと食事も抜かれた。

女魔導士は二人より陰湿だった。

水魔法でずぶぬれにさせられた事や、食事に異物を混ぜるなどの嫌がらせ。

それでもカイは国の為だと思って、慣れない聖女を演じ続けていた。

国の為、ひいては村のかわいこちゃん達と再びハーレムを築くため。

そんなストレスの日々とは今日でおさらばだ。

廊下を抜けて広い室内に出た。

この造りは何度か見た事がある。

王の謁見室だ。

それなりに豪華な造りに辺りを見回していると、誰かが王の椅子に座っているのが見えた。


「……あれ?」


カイは首を傾げた。

座っている人物に見覚えしかなかったからだ。


「ノア! ノア、だよね?」

「ようカイ。よく来たな」

「こんな所でなにしてんの、あんた」


そこに居たのはカイの恋人、ノアだった。

ノアは褐色肌に黒髪の美丈夫。黄金の瞳を細めてカイを見遣った。

ノアと初めて会ったのは聖女になりたてだった頃、夜、教会で一人泣いていた時だった。

女の子にちやほやされたいとグズグズ泣いているところに忍び込んできたノアと出会った。

ノアは自身を新聞記者だと言い、勇者を取材していると説明した

実際、勇者と旅に出てからも何度も会い、その度に何度もカイを励ましてくれた。

そのかいあってノアがカイに告白し、恋人関係になった。

もちろん恋人なのでやることはやっている。

聖女は身も清くなければならないらしいので、その点カイは聖女とは言えないのかもしれない。

ともかくほくろの数まで知り尽くした相手が何故か魔王城に居て、魔王の椅子に座っているのだからカイは混乱した。


「あたし魔王に会いに来たんだけど」

「あー、うん。俺が魔王だから」

「は? あんたはしがない新聞記者でしょ? それに……その耳」


ノアの耳が魔族のように長く突き出している。

カイが記憶しているノアは少なくとも耳は長くなかったはずだ。


「新聞記者は仮の姿さ。勇者の情報を集めるためのね」

「魔王自ら諜報活動? うそでしょ」

「自由に使える手ごまが少なくてね。俺が動いた方が早いから」

「人員が居ない? 魔王なのに?」

「色々あるんだよ。王位継承権に納得してない兄やら弟が居てさぁ」


先代魔王は子だくさんで魔王になりたい兄弟がたくさんいるようだ。

ノアが魔王に選ばれたのは、カイが聖女に選ばれたように能力値の合計のようだ。


「それより、もうすぐ勇者御一行がここに来るけど、やれる?」


ニッコリ笑顔のノアに、カイは微笑む。

ノアはカイのすべてを知っている。復讐したい気持ちも分かってくれている理解者。


「どこまでやればいいの?」






*****






ワープ魔法で城の近くまで辿り着いた勇者一行は魔王の元へ向かうべく急ぎ足で城へと向かう。


「しっかし見たか? カイのあの表情!」


勇者が笑いながら二人に問いかける。


「最高だった。あの呆けた顔! 面白かったわ!」

「もう二度と会えないなんて清々する」


女戦士と女魔導士はそう言って勇者と一緒に笑いあった。

城の城壁を超えて内部に入る。


「……?」


おかしい、ここまで魔族はおろか魔物とも遭遇しなかった。

勇者は疑問に思ったが、運が良かったと思うにとどめた。

城の内部を進むが、当然敵と遭遇しない。

まるで自分たち以外消えてしまったかのようだ。


「向こうが謁見室かしら」

「気を引き締めて」

「まさか魔王は居るよな……?」


三人はゆっくり進み、謁見室にたどり着いた。

そこには魔王であるノアが椅子に座って勇者を見下ろしていた。


「お前が魔王か! 勝負しろ! お前を倒して王国に平和を取り戻す!」


ノアはつまらなそうに勇者を見た後、溜息を吐いた。


「何を言っているんだ? 攻められているのは我ら魔族領の方だぞ? 平和を取り戻したいのはこちらの方だ」

「でたらめを!」

「嘘ではないさ。まぁ、この問題を解決するために、人間を滅ぼすことにしたんだがな」


ノアが右手を上げ、合図する。

するとノアの隣にカイが歩み出た。

カイの姿を認識し、三人が驚きの声を上げる。


「カイ!?」

「何をしているの!?」

「どうしてここに!?」


カイは階段を降り、勇者の前に立ちふさがる。


「聖女は我が軍門に下った。お前たちにたっぷり礼がしたいそうだ」

「仲間を切れないと思っているのか? 悪いがカイ程度なら簡単に……」

「お前達はカイの真の力を知らない」


カイが拳を握り構える。

その様子に避けられない戦いだと三人も構えた。


「やれ」


ノアが命じる。

待ってましたと言わんばかりにカイが飛び出し、早速拳をふるう。

飛んだ衝撃波が女魔導士をとらえ、壁に叩きつけられる。


「ぎゃっ!?」


衝撃で壁が崩れ、女魔導士の体の半分が瓦礫に埋まる。

立った一撃で一人を気絶させたカイは意気揚々と女戦士に近づく。


「なんだ、何がッ!?」


衝撃波をくらいよろめく女戦士。

庇うように勇者が前に出る。


「カイ! やめろ! 誰を攻撃してるのか分かっているのか!?」


カイの拳を受け止めた勇者の剣がぐにゃりと曲がる。


「正気に戻れ!」

「……正気だよ」


勇者は曲がった剣を捨てて予備の剣を取り出す。

カイの猛攻を剣で防ぐが、防ぎきれずに衝撃波であちこち肌が裂ける。


「初めて会った時におしりを触ったよね? ありがとう」

「なっ、ぐぁっ!」

「たくさん蹴ってくれたよね? ありがとー」


勇者を簡単に吹き飛ばし壁に叩きつけ大穴を開ける。

続いて女戦士が前に躍り出てカイに一撃を振るう。


「竜頭断頭剣! はぁッ!」


しかし渾身の一撃はカイの親指と人差し指に摘ままれてしまった。

技の衝撃で床にひびが入る。


「バカなっ」

「ごはん抜いたよね? おかげで瘦せたよ。ありがとう」

「ふざけないで!」


剣を捨ててカイに殴り掛かる女戦士。

カイはそれも簡単に受け止め、にっこりと笑顔を浮かべる。


「殴ってくれてありがとう。おかげで魔法が上達したよ」

「待って、おかしいこんな」

「死んどけバカ女」


カイが拳を振り下ろす。

拳は女戦士の顔をとらえ、そのまま床に叩きつけられる。

一応手加減はしたのか原形をとどめている女戦士にカイは唾を吐きかけた。


「うぉおおおお!!!」


壁に叩きつけられた勇者がカイに向かって飛び出す。

カイは一瞥して皮一枚で勇者の剣を避ける。


「お前はいつから魔王と繋がっていたんだ!」

「う~ん……最初から?」


ノアと出会ったのは勇者と出会う前だ。

カイは剣を払いのけ勇者の腹に一撃を入れる。衝撃が勇者の背中を突き抜けた。


「ぐぼっ!」

「大丈夫、殺さないから。そういう約束だし」


勇者の膝が折れる。

しかし倒れまいと剣を杖代わりに何とか耐える。


「最初から……こんな力を持っていたのか……!」

「いや? この力はノアから貰ったものじゃないよ?」

「嘘をつけ!」


勇者は再び剣を構え、カイに向かう。


「絶風! ハリケーンフルバースト!」


カイを殺すつもりで振った剣だが、


「だからダサいんだって」


カイの手によっていとも簡単にはじかれ、衝撃で剣が折れた。

唖然としている勇者を一蹴りし、再び壁に叩きつけるカイ。


「いやぁ、蹴られて痛かったなぁ。痣になったりしてさ。魔法で綺麗に治ったけどさ、気持ちの問題? 心の傷は無くならないってやつ? あはは」


倒れている勇者の頭を踏みつける。

衝撃で再び床がめくれ上がる。

まだ足りないかな? そう思って何度か蹴っていると、


「カイ、それぐらいにしてくれ」

「あ、やりすぎた?」

「もう気絶してる。人殺しになりたくはないだろ?」

「いや? べつにいいよもう」


そういえばノアが居たんだとカイは蹴る足を止める。

勇者の汚れた髪をむんずと掴み、勇者の顔をまじまじと見た。

血で汚れた顔を見てカイは見るんじゃなかったと手を放す。

勇者は再び頭を床に打ち付けた。


「カイ」

「ごめん」


ノアは咎めるようにカイの名を呼ぶと、溜息を吐いた。


「ところでこいつらどうすんの?」


勇者一行と戦う前にノアが三人を殺すな手加減しろとカイにお願いしてきた。

その時は時間がなくて理由が聞けなかった。


「そいつらは魔物の繁殖に使う」

「は……繁殖?」


聞き間違いかと聞き返すがノアはいたって真面目に同じ言葉を繰り返した。

なんでも魔族にはビーストテイマーなる職業があるらしく、そのテイマーが使役している魔物の繁殖にこの三人を使うらしい。


「魔物の中には人間を好む種類が居るんだが、そういった種は軒並み希少種なんだ。希少種は有益な魔物が多いからな。増やしておきたいんだ」

「王国を滅ぼすために?」

「そうだな」

「勇者も? こいつ男だよ?」

「……男を好む魔物も中には居るんだ。本当は囚人の仕事なんだが」


人間の男に寄生して増える種もあるようだ。

魔物って面白い生体してるなぁ、とカイは感慨深そうに何度か頷いた。

戦闘が終わって滅茶苦茶になった謁見室に複数の魔族が入室し、三人を回収していった。

これからあの三人は王国を滅ぼす魔物を産み落とし続けるのか、とカイは眉を寄せた。

同情はしないけど、哀れではある。そもそも自分にケンカを売ったのが間違いだったのだとカイは一方的に納得した。


「ノア、あんたの願いは叶えてやったんだからあたしの願いもかなえてよ」

「分かってるよ。村の女には手を出さない、約束する」


カイは安堵して胸をなでおろす。

三人を殺さない事を条件に、カイの出身村の女の子たちには手を出さないようにお願いしていたのだ。

ハーレムを諦めていないカイにノアは複雑そうな表情を浮かべる。


「カイ、お前さ何にも思わないわけ?」

「なにが?」

「仮にも元仲間をぶん殴って敵に売ったのにさ」


カイは腕を組んで考えた。

最初からあの三人を仲間だと思った事はない。

それどころか散々嫌がらせを受けてきたし、ざまあみろっていうのが本音だ。


「いや本当なら頭かち割って脳みそぶちまけてやりたかったよ。それぐらい頭に来てた」

「お前相変わらずイかれてるなぁ」

「それよりさ、あいつらは死ぬよりもひどい目に合うの?」

「ああ、拷問にも使われるからな。殺してくれって言うはずさ」

「ならいいや。溜飲下がった」

「まだ怒ってたのか……最高だよカイ」


笑顔を浮かべたノアはゆっくりとカイの手を取る。


「カイ、君にこの王国の全てを捧げるよ」

「女の子多めでよろしく」


カイは親指を立て、冗談めかしてウインクを投げる。

ノアはそれを全て受け止め、続けて言い放つ。


「俺と結婚してくれないか?」

「……はっ?」


まさかの一言にカイはノアの顔を凝視する。

確かにカイとノアは恋人同士。

冗談を言うように結婚しようかなんて言われたこともあった。

だがその時とは状況が違う。


「アタシ聖女、アナタ魔王。オーケイ?」

「イエス。オレ魔王、アナタ聖女」

「……いいのかそれ、許されるのかこれ」

「問題は多いが為せば成る」

「問題あるんじゃねぇか!」

「で? 答えは?」


ノアの琥珀色の瞳に見つめられて、気恥ずかしさから目をそらすカイ。

勇者に捨てられて復讐をなした後、ノアと一緒に、と少しだけは考えた。

だが勇者を手にかければカイはお尋ね者。国には戻れないだろう。

ただの記者だと思っていたノアと一緒にはなれないと、割り切ったつもりだった。


「なんであたしと一緒になりたい訳?」

「好きだから」

「なんで好きなの? あたしなんか腕力ばっかりで扱いずらい女なのに」


なんかめんどくさい女になってないか。

カイは思考を飛ばすように頭を振る。


「最高にイカレてて、最高に強い。魔王の妻としてこれ以上相応しい女はいない」

「……バカにしてる?」

「いや? 真面目だけど」

「種族が違うじゃんか」

「為せば成る」

「そればっかじゃん」

「いいから俺の気持ちを受け取れ。あいつらが落ちぶれて行く様を一緒に見ようぜ」

「何それ楽しそう。結婚して」

「よしきた。じゃあ行こうか、聖女サマ」


ノアに手を引かれてカイは魔族領へと繋がるゲートの前まで来た。

勇者たちをとっちめてカイは聖女の称号を捨てた。

新しい称号は、そうだな……魔王の花嫁と言った所か。


「愛してるよ、カイ」

「あたしも……好きだよ、ノア」


勇者たちの犠牲の先に成り立つ恋もあるのかもしれない。




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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者…ざまぁ。 この一言に尽きますね(笑)
[一言] わわ、ぶっ飛んでて面白かったです♡
2023/05/25 18:00 退会済み
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