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◇間章:敗北if(エルダートレント・エヴィル)

 装備を作るため、イルミネが離脱した後。シヅキは堕落の林檎集めのため、エルダートレント・エヴィルとの連戦に臨んでいた。


「うーん、こいつわざわざ真面目に相手しなくても適当に走りながら特大血の刃連打してるだけで死ぬのでは……? 周回の効率化は重要だし、試してみよっと。〈血の~……刃〉!」


 現在エルダートレント・エヴィルとの戦闘は3回目、既に敵のHPは半分を切り、腕枝の増えたトレントがシヅキへ向かってぶんぶんと腕枝を振り回しており、地面からは黒っぽい根が突き出してシヅキを貫かんとしている。

 だが、イルミネと二人で挑んでいたときと比べ、攻撃の密度・速度ともにシヅキならばそこまで苦労せずに対処できるほどに緩くなっている。なにかソロ用の補正でも掛かっているのだろう。

 これなら二人のときよりも多い四本の腕枝に同時に狙われていても特大血の刃を飛ばす隙は十分にある。シヅキは蛇腹剣を振り上げ、3m近い特大の斬撃を飛ばし腕枝の半数を切断。そのまま追撃を繰り出し、もう片面にある残った腕枝までもを破断した。


「……あ、そういえば後半パターンで腕枝全部吹っ飛ばしたのこれが初めてだぁ。まぁでも初戦の感じからして根が追加されるだけっぽいし、どうとでもなるかな~」


 腕枝をすべて切断されたトレントは、大きく頭部を前へと傾け、顔を伏せだした。その動きは、シヅキの想像していたものとはまるで違う。範囲攻撃の予備動作は頭を振り回すモーションだったはずだ。


「あ? 一体なにを……っ!?」


 訝しむシヅキの眼前で、トレントが顔を上げ、黒い靄のようなものを吹き出した。それは瞬く間にエリア全域へと広がり、距離を取って観察していたシヅキの元へも広がっていく。

 これでは回避しようもない、とりあえずの対処として顔を腕で覆ったシヅキは──突然の脱力感に襲われ、その場に倒れ伏す。

 視界が滲み、トレントの出す音が聞こえなくなる。手足は痺れ、立つこともままならない。

 これは状態異常だ、そう判断したシヅキは状態異常を回復する〈セルフキュア〉を使用しようとするが、その喉からは声とも呼べないような掠れた音が鳴るのみ。当然、スキルの発動宣言は成立しない。


(う……くそっ、エリア全域に行動不能バステとか……ふざけるなよ、そんなの、どうしようもないじゃん…………)


 エルダートレント・エヴィルが黒い靄によって付与した状態異常、それは『衰弱:Lv3』。STR、DEX、VIT、INT、AGIをLv×5Pt分引き下げる効果を持つが、本来なら急なステータスの変動によってプレイヤーの感覚をズラし、続く範囲攻撃を当てやすくする程度のものであり、あらゆる行動を不能にさせる効果など持ち合わせてはいない。

 だが、このバッドステートはプレイヤーの各ステータスを固定値(・・・)で引き下げる。シヅキのステータスはそのほとんどが一桁、多いものでも10Ptしかなく、全ステータスを15Pt引き下げられると全てのステータスがマイナスの値になってしまう。


 UGRにおいて、ステータスとは攻撃力計算だけに用いられるものではない。STRは膂力を、DEXは精密性を、VITは頑強性を、INTは魔術を、AGIは敏捷性を引き上げるものであり、当然それらがマイナスになれば、それはプレイヤーに害を成す形となって反映される。

 『筋力の低下』『動作性の低下』『肉体強度の低下』『発話能力の低下』『知覚能力の低下』。通常、ステータスがマイナスに達することなど滅多になく、だからこそその効力は僅かなマイナス量でも非常に強く発揮されるよう設定されていた。

 状態異常を受けたのがシヅキだったからこそ、本来強制的に受ける鬱陶しい妨害程度の攻撃が、回避不能、抵抗不可能の致命的なものとなったのだ。


(う……、くそ、視界が完全に真っ暗に……)


 今のシヅキは紛れもなく自律行動が不可能な状態であり、|フェイタリティフェーズ《処刑シーン》への突入条件『死亡以外の要因による行動不能』を満たした。満たしてしまった。


 そして、世界は暗転する。少女を嬲り、惨たらしく殺し尽くすために。



    ◇◇◇


「む……声が出せるし力も入るように……はっ?」


 暗転が明け、フェイタリティフェーズの効果によってシヅキに掛かっていた状態異常が解除された。全ての阻害効果が無くなり、彼女は万全の状態に戻る。だが、それは自由を意味しない。

 眼前にはエルダートレント・エヴィルの邪悪な相貌。シヅキの四肢はトレントのもつ四本の腕枝でがっちりと握りこまれ、空中で完全に拘束されていた。


「えっ、なにこれ、なんで拘束されて……くそっ、離して!」


 シヅキは抵抗を試みるが、四肢を太い枝でがんじがらめにされた状態では、動かせるのは頭と腰くらいしかない。少女の僅かな抵抗は、トレントからの嘲笑を呼び起こすだけに終わった。

 悔しげな顔を浮かべるシヅキ。その足元から、不意にずるりと太く黒々しい根が現れる。他の根とは明らかに異なるそれを、トレントは見せびらかすようにシヅキの眼前でゆらゆらと揺らがせた。


「……串刺し……? ヤだなぁ、一本じゃ早々死ねないよ。いっそ一思いに──ぐっ!?」


 恐怖を誘おうとしているトレントに対し、シヅキはあくまで強気に応じる。だが、その言葉を最後まで待たず、黒い根が彼女の胸元へと突き込まれた。

 だがその勢いに反し、シヅキの感覚では、精々が僅かに表皮に刺さった程度に思えた。胸骨すら破ってはいないだろう。痛みもそこまでではなく、むしろ胸を打たれた衝撃の方が大きいくらいだ。

 行動の意図が分からず、怪訝な顔を向けるシヅキ。


 ──瞬間、彼女の全身に激痛が走る。まるで身体の中身を引き剥がされ、胸から無理矢理吸い出されているような痛み。

 そしてそれと同時に感じる、非常に強い脱力感と凍えるような寒さ。手足の末端から熱が奪われ、感覚が鈍く冷え切っていく。

 命そのものを吸い取られるような感覚。それはシヅキに、悍ましい死への恐怖を否応なしに想起させた。胸に刺さった根が脈動し、中を淡い光のようなものが通り抜けていく。


「あ、があぁ゛あ゛あ゛ぁ!! あ゛っ! ああ゛ぁ゛っ!! や゛ぁっ!……あっ! ……あぁっ…………」


 引き剥がされるような激痛は徐々に収まり、その代わり、身体の冷えはどんどん強くなっていく。自らが既に死体となったのではないか、そう錯覚してしまうほどの脱力。

 最早シヅキの身体の感覚はほとんど残っていなかった。


「ぁ……ぅ…………」


 だらりと首が垂れ、弛緩した様子でうわ言を呟くシヅキ。

 脱力し空いた彼女の口へ、前触れなくトレントから枝が差し込まれた。

 その表面は滑らかで、なんの抵抗もなくシヅキの喉奥にまで到達する。だが、今のシヅキには咽るだけの体力すら残されていない。

 虚ろな目で枝を眺めるシヅキ。だが不意に、身体の中心に確かな熱を感じた。冷え切った体に熱が灯り、身体の感覚が取り戻されていく。


「んお゛っ! ごっ、おぉ゛っ!! げほ、ごほっ……」


 シヅキの喉から荒々しく枝が引き抜かれる。その頃には、シヅキの身体は最初の頃と全く変わらない万全の状態にまで戻っていた。


「な、んで……わざわざ吸ったものを…………戻……」


 シヅキは震える声でトレントへと問いかける。だが、その瞳は恐怖に震えている。内心では既にトレントの行動の意味を、意図を理解している。理解してしまっているのだ。

 トレントはまるで言葉を理解したようににたにたと嘲笑を浮かべ、再び根からシヅキの生命力を吸収する。


「あぁあ゛あ゛ぁ゛! や゛え゛っ!やぇ゛てえ゛ぇ゛!」


 激痛と虚脱感。身体は瞬く間に熱を失い、死の恐怖が背後に迫り寄ってくる。

 再び、シヅキの首ががくりと落ちる。だが、それでもまだ死んでいない。死ねてはいない。まるで再放送のように、またもや口へと侵入してくるつるつるとした枝。死に体のシヅキは、それでもなんとか口を閉じて抵抗を試みる。

 だが、ただでさえ力のない少女、それも生命力を根こそぎ奪われ脱力した状態では到底敵わない。閉じた口を割り、口内へと枝が侵入する。

 シヅキは力なく涙を流しながら、自らに再び活力が送り込まれ、身体に熱が戻るのを感じていた。


「もっ、もう止めてください……。もう、許してください……!」


 たった二回の反復作業。それだけで少女の心は容易く折れた。恐怖に満たされ、敵に対してただただ許しを求め懇願する。

 その姿にトレントは、ぎゃりぎゃりとなにかが擦れ合うような不快な笑い声をあげ狂喜した。


「おねがいします……。許して……お願いします……」


 肉体が万全の状態であるとは到底思えないような、か細い声の懇願。それに対し、トレントは枝で地面を指し示し、何かを描き始めた。見れば、それはどうやら文字のようだ。


「…………?」


『ア』

『ト』

『ニ』

『ジ』

『カ』

『ン』


「ぇ……あ…………?」


 草地の地面、掘り返された跡によって書かれていく文字。見辛いそれを、ひとつずつ目で追っていく。

 そして最後の文字が描かれ、その文字列が示す意図を理解した瞬間、シヅキは信じられないものを見たように硬直した。


 そして少しの間を置いて、極限まで肥大化した恐怖は決壊する。


「いっ、……嫌だああぁぁっ!! 離して離して離してえぇっ!! むり、むりっ無理ぃ! そんなの無理に決まって──あっ、ああ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」


 シヅキは幼子のように泣き叫び、トレントの示した刻限(・・)を拒絶する。だが、四肢を囚われ、生殺与奪の権を握られた今のシヅキに拒否権など存在しない。トレントはげらげらと嗤いながら、無慈悲に少女を責め続けた。



    ◇◇◇


 十分経過。生命吸収、八回目。


「おねがいします……もう許してください……。これ以上はもう……お願いします……ぁ゛っ、あ゛がぁあ────」



    ◇◇◇


 三十分経過。生命吸収、四十四回目。


「うっ……ぐすっ…………。ひっく……うぅ……もうやだぁ…………ぎっ、ああ゛ぁ゛ぁ゛────」



    ◇◇◇


 一時間経過。生命吸収、九十回目。


「うぅっ……もっ、ころ、して……ください……! ころ……して…………うう゛ぅ゛ぅう゛────」



    ◇◇◇


 一時間五十分経過。生命吸収、二百二回目。


「ころして……。ころし、て……。ころ、して……。ころし……い゛ぃぎいぃ゛い゛ぃ────」



    ◇◇◇


 そして──宣言された二時間が遂に経過した。最後にシヅキへと活力を戻した後、トレントは残念そうに顔を歪め、身振りによってわざとらしく落胆を表現する。


「う……? やっと、おわり……? やっと、ころして……もらえ、る、の……?」


 万全な肉体と、それに相反するように絶望し憔悴しきった精神。時間の経過も分からなくなった頭で、ぼんやりと終わりを認識するシヅキ。

 その途端、彼女の瞳からは涙が溢れ、僅かながらに頬を緩める。痛苦によって歪みきった認知にも気付かず、死という終焉を救いと捉え、ただただ純粋に喜んでいた。


 だが、非常に残念そうにしていたトレントが、ふと思い付いたように、うきうきと地面へ枝を走らせだした。

 絶え間ない責め苦によって、最早何かを考える余裕すら失ったシヅキは、喜びの表情を浮かべながらぼんやりとそれを眺め、目に映るままに音読していく。


「あ、と、さ、ん、じ………………ぅ?」


 地獄の責め苦は、まだ終わらない。


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