第二十二話:『エルダートレント・エヴィル』前編
足首から先を吹き飛ばされ悶絶していたが、見るに見かねたイルミネに再び治療を施されたシヅキ。
治療によって肉体こそ万全の状態に戻ったが、その心には拭い切れぬ強い怒りが宿っていた。
「あんのクソ猿……絶対絶滅させてやる…………」
「……絶滅はともかく、殲滅はしておいた方がいいかもね。明らかに私達の隙を狙って攻撃してきてるし、この分じゃボス前の準備中にも散々に邪魔されそうだわ」
先ほどから、エネミーは執拗に不意打ちを繰り返して来ている。血の刃やイルミネの飛ぶ刺突によって、本体を捕捉し次第倒してはいる。
だが、その際エネミーがあげる断末魔に引き寄せられているのか、暫くすると別の個体が現れ、シヅキ達へと再び攻撃を行ってくる。鬱陶しいことこの上ない。
「はぁ……。勢い付いて言いはしたけど、この樹海で猿型のエネミーを殲滅するっていうのも結構大変そうではあるよねぇ。わたしは索敵手段はもってないし。イルミネは?」
「そんなもの、私も持ってないわよ。アンタのことだし、なんか……殺気とか読めたりしないの?」
「できるわけないでしょ! わたしをなんだと思ってるのさ」
シヅキは至って普通の人間であり、殺気などという、あるのかどうかも定かではないものを読むすべなど一切持ち合わせていない。
一体イルミネはシヅキをどんな目で見ているのだろう。
「そういう印象を持たれたくないなら、超然とした態度を取るのやめなさいよ……」
「えっ……だってイルミネは、こういうわたしの方が好きでしょ?」
「……もう」
シヅキとイルミネは静かに手を繋ぎ、見つめ合う。辺りに甘い雰囲気が漂い、それを断ち切るように遠隔から飛んできた魔法が二人の眼前を通り抜けた。
「うわっ! ……流石にこんなところでイチャつくのは無理があったか~」
「わざわざ間に撃ってくるなんて。なんだか魔法の狙いに意思を感じるわね……」
「流石に気のせいでしょ。そのへんの雑魚エネミーにそんなことを考える頭は……いや、さっきから露骨に隙を狙ってきてるし、そういう意味ではなくもない話か……」
「……冗談よ。なに真面目に考察してるのよ」
◇◇◇
「んー……これで大体は倒したかな?」
「そうね。そろそろボス用の準備をしてもいいんじゃないかしら」
ボスがいると思わしき森が開けた広場の手前、シヅキ達は襲い来る猿型や植物型のエネミーを悉く打ち倒し、一時的な小康状態を作り出していた。
「はーい。マナシールド……は、効果時間3分しかないし、ボス出てきてからのがいっか。血の剣もボス出てからで間に合うかな。…………わたし、ボス前の準備って回復くらいしかすることないや。回復薬回復薬……」
「あ、そう。ホントに気楽なビルドね……。〈シルフィード〉、〈シャープネスアサイン〉、〈練気〉…………。で、バフpot……無難にAGI重ねでいいかしら。よし。わたしも準備できたわ」
「じゃ、いこっか?」
「えぇ、行きましょう」
そして、二人は広場へと足を踏み入れる。背後からの轟音、最早お馴染みとなった、道が閉ざされる演出。
シヅキ達が入った地点の対角線上、広場の端近くの地面が盛り上がり、紫色の葉をもつ、巨大な樹木が突き出してきた。その幹には邪悪な相貌の人面が張り付き、にたにたと下衆た笑みをシヅキ達に向けている。
「えーっと……『エルダートレント・エヴィル』? 脅威度64……うん、ちゃんとIDボスだねぇ。〈血の剣〉ぅーん……」
「〈スピードアップ〉、〈風の舞踏〉、〈ホークアイ〉! ……よし、〈外器──」
「うわストップストップ! それ使ったら連携も何も出来なくなっちゃうでしょ! 〈マナシールド:強度500〉……からの〈セルフヒーリング〉!!」
ボスの登場演出に合わせた最後の準備の最中、いきなり切り札を開帳しようとしたイルミネ。シヅキは慌てて止めに入る。
外器は確かに強力だが、使用者に非常に強い高揚感をもたらし、結果として術理もなにもない粗雑な行動をするようになってしまう。少なくとも、協力して挑むべきIDボスで初手に使うようなものではないはずだ。
「えぇー? これ使うとすっごく気分がいいのに……」
「……いや依存性!! 感情制御、やっぱバリバリに悪影響あるじゃん! ねぇイルミネ、わたしが言うのもなんだけどさ! 自制心ってとっても大事なものなんだよ!?」
自身の快楽のためにUGRをやっているシヅキが言えたことではないだろうが、まとも側であるはずのイルミネが壊れてしまうというのは御免被りたい。これではつっこみ役がいなくなってしまう。
「んふっ、ふふふふ……。嘘嘘、ちょっとした冗談よ。でも、シヅキがそこまで焦るなんて、高い経験値を支払って習得した甲斐もあったかしら」
「やってる場合!? ……なんか今日のイルミネテンションおかしくなぁい!?」
登場演出が終わり、ボスであるトレントは顔の側面に腕のように生えた二本の木の枝を伸ばし、攻撃を繰り出してきた。鞭のように振るわれた枝は素早く、硬度も十分にある。
当たれば相当なダメージを受けるだろうそれを慎重に捌きつつ、シヅキはイルミネに対して疑問を問いかける。
「私だって友人と遊ぶとテンションくらい上がる、ただそれだけのこと……よっ!」
トレントへ攻撃を加えながら、イルミネは問いに答える。そのシンプルな返答に、シヅキは思わず頬を緩ませた。
「……嬉しいこと言ってくれるじゃ──オワー!!」
「ちょっ……シヅキ!? きゃっ!?」
先ほどからシヅキへ向けて執拗に振り回されていた腕枝、そのうちの一本に蛇腹剣の先端が絡まり、シヅキは空を舞う。
腕枝に盛大に振り回されるシヅキを見て、動揺するイルミネ。その身に残る一方の腕枝が襲い来る。
「いっイルミネー! 助けて死ぬー!!」
「無理! こっちは槍なのよ、刺突攻撃に対処するのは苦手なの! 自分でなんとかなさい!」
「そんなー! ……ええい〈血刃変性〉! ぎゃーっ!!」
救援要請を却下され、覚悟を決めたシヅキは血の剣を作り直し絡まった剣を解き放つ。しかし身体が自由になろうと、その身に受けた慣性自体は無くならない。シヅキは勢いのまま広場の端へと吹っ飛んでいき、着弾。
しかし接地の瞬間マナシールドが地面との間に挟まり、勢いが僅かに減じた。咄嗟に受け身を取り、ごろごろと地面を転がりつつも、なんとかシヅキは外周の木に叩きつけられる前に慣性を殺しきることに成功する。
「……流石に今のは死んだかと思ったぁ……。でもこれ、もしかして自前で応用できるのでは……? こう、蛇腹剣の先端だけ鎌みたいな形状にして……」
「シヅキー! 死んでないなら早く復帰してくれない!? 根と枝の同時攻撃はいくらなんでもキツいんだけど!!」
偶然によって生じた、振り回され空を舞うという経験。それを自らの技術として取り込めるのではという気付きに、シヅキは俄かに興奮する。
そんなシヅキの耳へ届く、イルミネの半ば悲鳴染みた声。見れば、そこにはトレントの両腕枝に加え、地面から突き出す多数の根までを必死に避けているイルミネの姿。慌ててシヅキは声をかける。
「五体満足でーす! 今行くよ~!」
「へるーぷ! 攻撃速度が速くてっ、思ってたよりきっつい!!」
「遠距離攻撃行くよー!〈血のやい……ばっ〉!!」
蛇腹剣を伸長させ、全長5mに近い特大の血の刃を飛ばす。回避を続けるイルミネの邪魔にならないよう、避けやすい縦向きの斬撃。
UGRにおいてフレンドリーファイアは存在しないが、味方の攻撃で視界が阻害される事故は往々にして起こりうる。事前の宣言は重要だろう。
「うわでっか! 退避ー!」
「……このサイズだとどちらにしろ邪魔になっちゃうか。そりゃあそうだ」
どうやら血の刃は大きくなるにしたがって弾速が遅くなるらしい。比較的ゆったりと進む刃を見て、イルミネが慌てて後退する。
特大の刃は進路上にあったトレントの腕枝を断ち切り、そのまま本体の幹に直撃。トレントの巨大な体躯が揺れ、大量の葉が散った。
「おー? こいつ腕の枝が破壊可能部位っぽいね。一発で切れた辺りそのうち再生しそうだけど」
「ふぅ……。ま、そりゃそうよね。あれと近距離攻撃の根が合わさるとAGI特化の私でも防御で手一杯になるくらいにキツいんだもの、何かしらの対処手段が用意されてなきゃ、ほとんどのプレイヤーが詰んじゃうわよ」
「まー、とりあえずもう片方の腕も切ってから考えよっか。〈血のやーいば〉っ!」
後退してきたイルミネと軽い情報交換をしつつ、シヅキは残る腕枝へ向けて再び特大の血の刃を放つ。そのゆったりとした機動は、普通のエネミーなら容易に回避される程度には遅い。
しかし、今回の敵は『エルダートレント・エヴィル』。根を張る樹木であり、その場から動けない相手にならば、特大血の刃は多大な効力を発揮する。
振り回される腕枝を物ともせず、血の刃はトレントの幹にまで到達、腕枝を根本から断ち切った。
「うーん、インチキくさいわね……」
「血刃変性で蛇腹剣が作れちゃう辺り、これも想定解のうちでしょ」
両腕に相当する枝を切断され、幹に浮かぶ顔を歪めるトレント。まるで苦悩するように頭部を振るうと、その枝葉の中から、たくさんの黒い球体が勢いよく転がり出た。
「新規行動……なにあれ、爆弾?」
「林檎じゃない? にしてもこっちまで転がってきそうね……角度によって飛散する量に差があるみたいだし、これは回避地点が明確になってるタイプの範囲攻撃かしら」
「じゃあやっぱり爆弾だ。偶然だけど距離取ってて良かったね~」
黒色の球体はトレントを基点として放射状に広場の全体へと散らばっていく。だが、その配置には目に見える空白があり、いかにもそこへ退避してくださいと言わんばかりだ。シヅキ達は、小走りで球体のない場所へと移動する。
動きの止まった球体を見ると、林檎のような外見にぴょこりと生えた枝から、小さな赤い葉がぱちぱちと音を立てて飛び散っている。導火線を模しているのだろうか。
「……これAOEの範囲表示とかないの? マナシールドくーん! 一応防御よろしく!」
「まぁ、これだけ露骨に空白地帯があるのにいざ爆発したら広場の全面を埋める、ってことは流石にないんじゃないかしら」
「それもそっか~。……っていうか、これわたしにとっては攻撃チャンスだぁ。〈血の刃〉、連射~!」
赤く点滅しはじめる球体を横目に、トレントへ向かって血の刃を連射する。そのたびにシヅキの身体に鋭い痛みが走るが、血の刃は通算で何百、あるいは何千回も使用しているのだ。いい加減この痛みにも慣れてしまっている。
「〈ストレイトピアッシング〉! ……槍って、遠距離攻撃スキルがあんまりないのよね。というか、血の刃のCT0秒って冷静に考えると結構おかしくない? 最低でも3秒くらいはないとダメだと思うんだけど」
「このスキルの威力倍率150%しかないからね~。ほぼ通常攻撃だよ。……まぁ、巨大化すると威力上がる隠し仕様があるっぽいけど」
「150%……いやでも連射が効く以上やっぱりOPじゃない? さっきのストレイトピアッシングで350%とかなんだけど」
OPと言われても調整を担当しているのはシヅキではないし、そもそもここまでHPに特化してやっと実用性を持つようなスキルなのだ。ナーフは勘弁してほしい。
「HP特化は色々ハンデ背負ってるから正当な対価です~!」
「……そうよね、シヅキを基準にしたら他の血の剣使いが可哀そうよね」
血の刃を連射しながらイルミネと他愛もない話をしていると、突然辺りに赤い葉が舞い散った。どうやら、黒い林檎が爆発し撒き散らされたもののようだ。
目を凝らせば、葉は非常に薄く、金属のような光沢を帯びている。もしも林檎の爆発範囲にいた場合、シヅキ達は全身を切り刻まれることになったのではないだろうか。
爆発を見届けたトレントは咆哮をあげ、ずるりと幹から腕枝を生やした。シヅキが懸念していた通り、腕枝は破壊しやすい代わりに特定の時点で再生が行われてしまうようだ。
「うーん……この範囲攻撃だけずっとやっててくれないかな」
「動作からして、両腕を壊すのがトリガーなんじゃない? ……しかし、今の血の刃の連打だけでHPが3割近く減ってるのね……。これは相当に相性の良いボスってことかしら」
再び腕枝を振るい攻撃を始めたトレントに向け、シヅキは巨大な血の刃を飛ばす。まるで先ほどの再放送のように、腕枝を断ち切り、幹へと直撃する血の刃。
「あっこれ楽勝じゃーん! もっかい! 〈血のー……刃〉っ!」
シヅキの攻撃によって瞬く間に両腕を断たれたトレントは、再び頭を振り回し爆弾林檎を撒き散らす。しかし、今度の安全地帯はシヅキ達から遠く、広場のほぼ正反対側に位置しているようだ。AGIに特化しているイルミネならともかく、シヅキには些か遠く、爆発までに退避が間に合うかは微妙なところに思える。
これは先ほど思い付いたアイデアを使う絶好のタイミングなのではないだろうか。シヅキの思考は一瞬でそれだけに支配された。
「おっ、これは早速……〈血刃変性〉! フーック、ショット! そんでもって引き寄せ! あっこれ速────」
「うわっシヅキ!?」
蛇腹剣の先端部だけをフック状に変化させたシヅキは、全力でそれを振るい、地面へとフック部分を打ち込み、引っかける。そのまま蛇腹剣を縮めると、シヅキは縮む勢いに牽引され高速で宙を舞い、先に駆け出していたイルミネを即座に追い抜いた。
しかし、想定していたより牽引の速度ははるかに速く、シヅキは受け身も取れず地面に身体を擦り下ろすことになった。
「い゛っ……だぁーっ! 〈セルフヒーリング〉!!」
「……メチャクチャやるわね……」
すぐに追い付いてきたイルミネが、傷を癒し、身体に付いた土を払うシヅキを眺めながら呆れ顔で言った。
とんでもない、これは機動力を補える素晴らしいアイデアだ。シヅキはいかにこれが素晴らしい思い付きかをイルミネに力説しようとしたが、よく考えればAGI特化のイルミネには無用の産物かもしれない。
「いや、先端をフックにして引っかければ機動力を補えるかなって……。実際高速移動自体は出来たんだから、あとは要練習かなぁ」
「うーん、まぁ……制御できるのなら悪くはないんじゃないかしら。……あと、フックショットじゃなくて鈎爪ロープじゃない?」
「いや、そこは別にどうでもいいかな……」
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Tips
『スキルの威力倍率』
スキルの威力は基本的に武器攻撃力にスキルごとの倍率を掛け合わせた形で計算される。
その値は威力に優れた単発系攻撃スキルで400~600%、手数に特化した多段系攻撃スキルで50~80%程度と、非常に幅が大きい。また、一部の使用にリスクや条件の設定されているスキルの中には単発系で1000%、多段系で200%を超えるようなものも存在する。
元々十分な武器攻撃力を有しているなら多段系攻撃スキルが、そうでないなら単発系攻撃スキルが使用に適しているといえるだろう。
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