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◇第二十一話:スナイプモンキー

「……おっ、これじゃない?」


「『"千年樹木の大樹海" 脅威度:64 適正人数:1~4人』……。間違いないわね」


 『色彩森林』の探索を始めて三十分。シヅキ達は目的地である『千年樹木の大樹海』の入り口となる空間の裂け目を遂に発見した。

 ここに辿り着くまでに何度かエネミーに絡まれ戦闘を行っているが、ほとんどはシヅキが先手を取って血の刃の連射で沈めている。その際に消費したHPも既にセルフヒーリングで回復しており、二人とも消耗はほとんどない。


「どうする? 早速行っちゃう?」


「その前にやることがあるでしょ。はいこれ、AGI料理」


 シヅキがわくわくとしながら裂け目を眺めて言うと、イルミネが肩を掴みなにかを差し出してきた。見れば、そこには白色のチョコバーらしき物体。


「んん? あ、そっか。料理バフなんてものもあったね」


「あったねって……。ノーリスクでステータス二割増しされるのよ? 流石に忘れちゃダメでしょ」


 料理によるステータスの上昇は、装備やスキルによる変化とは別個に計算される。たとえそれらによって大幅にステータスを増加させていたとして、相対的に恩恵が少なくなるということもない、非常に強力な強化要素だ。

 とは言っても、シヅキのステータスはHP以外未だに初期値のままだ。二割増加したところで、装備分を加味しても11が13になるだけである。

 シヅキの強さは全てHPに依存している。もしもHPを上昇させる料理があるのならば話は変わってくるのだが。


「うーん、わたしAGI初期値なんだよね~。HP料理はないの?」


「……ないことはないけど、他の料理と比べて有用性が低いのよね。だから私も作ってないし、素材の手持ちもないわ」


「そっか、ざーんねん。まぁ探索前の腹ごなしってことで有難くいただくよ。………………? ……!?」


 イルミネとのトレードを行い受け取ったチョコバーを齧ると、口内に広がる芳醇な海の味。予想だにしていなかった味わいに、シヅキは目を白黒させる。

 これは……蒲鉾(かまぼこ)だ!


「えっなにこれ、カマボコバー? なんで??」


「基本的に魚メインのものがAGI上昇する料理になるんだけど、その中で手軽に食べられるやつってこれくらいしかないのよね」


「魚でAGI……? アジィ? あぁいや、魚は足が速いってこと? しょうもな~」


 くだらない言葉遊びのせいで無駄に驚かされることになった。シヅキはじとりとした目でイルミネをねめつける。


「別に私が考えた訳ではないんだけど……そんな目で見ないでもらえる?」



    ◇◇◇


「……やっぱりズルいわ。リソース管理が一元化できるなんて」


 『千年樹木の大樹海』にて何度かエネミーとの戦闘を行った後、イルミネがぽつりと呟いた。


「うん? ……まぁ、確かに楽ではあるね~。MPなんて、早急にHPを回復しないといけないときくらいにしか使わないし」


「でしょう? セルフヒーリングひとつでリソースが補充できるの、すっごく羨ましい。……MP回復薬って味が微妙だけど、飲まない訳にはいかないし」


「その代償として、クールタイム三倍なんて重すぎるリスクを背負ってるけど?」


 クールタイム三倍。MPを消費してスキルを使用する一般のプレイヤーと比べ、シヅキのスキルは回転率が1/3に激減している。

 それは言い換えれば、スキルの性能が本来の1/3になっていると言っても過言ではないだろう。


「それだって、スキルの数自体を増やせばある程度は緩和可能でしょ? ……まぁ、その分消費経験値は嵩むけど」


「…………! あ、そっか。他にも取ればいいのかぁ! どうせ自己回復しかしないんだから、回復なんてセルフヒーリングだけでいいと思ってたよ」


 言われてみれば確かにそうだ。シヅキは思わず手を打った。

 懸念点がCTである以上、同じような効果を持つスキルを複数習得しておくことである程度の対処は可能だ。


「えっ、気付いてなかったの? ……アンタ、普段の言動の割にはけっこう抜けてるとこあるわよね」


 イルミネに無慈悲な指摘をされ、シヅキは内心憤慨する。だが、実際にこんな簡単な事実を見落としていた以上、否定もしがたい。

 ひとしきり悩んだ結果、それもまた自らの美点だとシヅキは無理矢理結論付けた。完璧な美少女よりも、少しだけ隙のある美少女の方がより魅力的だろう。きっと、おそらく。


「…………それは所謂、愛嬌というやつだよ。うん」


「それ、自分で言う?」


「……ごほん! さて、回復スキルか……どんなものがあるかな?」


 咳払いをして話題の転換を試みるシヅキ。実際にスキル一覧を開きリストを辿ってはみたが、どうにも情報が頭に入ってこない。なんだか頬に熱を感じる気がする。


「うぅん、話の切り替えが雑……。もう、誤魔化されてあげるから見るのは後にしなさいな。今探索中よ?」


「いや、自己の強化は早急に行うべき事柄であって──」


 イルミネにぺしぺしと腕を叩かれ、仕方なくスキル一覧を閉じる。これはれっきとした自己強化作戦であり、断じて逃避行動ではない。シヅキは毅然とした態度で隣を歩むイルミネへと向き直り、


 ──突然横合いから飛んできた何かが衝突し、シヅキは大きく弾き飛ばされた。


「がっ!?」


『キィッ!キィッ!』


「なっ……飛び道具! 射手は……樹上ね! 〈ストレイトピアッシング〉!」


『キイィーッ!』


 樹上にいた猿型のエネミー。その不意打ちにより、シヅキは弾き飛ばされ離れてしまった。イルミネはすばやく鳴き声の元を辿り、樹上のエネミーへと向かって槍の遠隔攻撃スキルを放つ。

 まっすぐ飛んだ刺突は狙いを違わず、エネミーの胴、その中央を穿った。叫び声が響き、続いてがさがさと枝葉を掻き分ける音が鳴る。

 ……どうやら、エネミーはイルミネからの手痛い反撃に怯み、遠く逃げ去ったようだ。


「ふぅ……。シヅキー! 大丈夫ー!?」


 不意打ちを受けたシヅキが心配だ。イルミネは藪を掻き分け、シヅキが弾き飛ばされた方向へと向かった。

 するとそこには、腹部が抉られ、空いた穴から大量に血を流しているシヅキの姿。傷口からは内臓がはみ出している。


「あ、いたいた……。うわっ、お腹に穴空いてる。ただの飛び道具じゃなかったのね……この威力は魔法かしら。厄介な敵だこと」


「げほっ……ぐ、う…………。いる、みね……。た、たす……ごぶっ…………」


 シヅキは血の混じった咳を繰り返しながら、イルミネの方へ助けを求めてきた。普段の飄々とした様子は影も形もなく、衰弱し、痛苦に苦しむ弱々しい少女の姿がそこにはあった。

 だが、イルミネの感覚からすれば、この程度(・・・・)のことで何故あのシヅキがここまで弱るのか、それが分からない。怪訝な顔のままシヅキに問いかける。


「うん? それくらいならセルフヒーリングでギリギリ治るでしょ? さっさと治しちゃいなさいよ」


「う……ぅ゛…………。〈セル、フ……、ヒー……げほっごほっ! む、む゛り……」


「えぇ…………? あ、そっか。そういえばアンタ、痛覚反映度100%なんだっけ? そりゃあ無理な訳だわ。……ほら、HP回復薬よ、飲みなさいな」


 イルミネの痛覚反映度は、通常の上限20%にすら満たないたったの10%。概して、この程度の傷なら致命的でこそあれ(・・・・・・・・)自己回復に支障は出ない。

 しかし、対するシヅキの痛覚反映度は100%。現実のそれと相違ない痛みは、ゲーム的には大したことのない傷であってもその行動を大きく阻害してしまう。


「んっ……くっ…………。あ、あぁ……ありがと、イルミネ……」


「……アンタ、わたしと戦ったときは動作ショートカットで回復してなかった?」


「あれは対人の奇襲用だったからね……。血の刃と間違えることが多くて解除しちゃった」


「はー、お腹抉られたくらいで行動不能になるんじゃあHP特化も形無しね。実質一撃でも食らったら即死みたいなもんじゃない」


「よっ、と。ごほっ! ……まぁ、それはこのビルドにするって決めたときから分かってたことだからね~。一撃で即死っていっても、わたしならよほどの攻撃でもない限り躱せる自信があるし」


 シヅキは自身の反射神経に自信を持っている。自身の知覚能力をもってすれば、予兆なしに放たれた雷魔法でもない限り見てから十分に対処が間に合うはずだ。


「ついさっき不意打ち食らって死にかけた人間が言う台詞?」


「…………。いや違うんだよ、あれは余所見してて完全に視界外だったし、魔法だから音もしなかったせいであって──」


 そう弁明するシヅキの顔へ向かって、再び樹上から攻撃魔法が飛んできた。だが、流石に同じような不意打ちを二度も受けるほど耄碌してはいない。シヅキは右手に持った蛇腹剣を普通の剣として振るい、悠々と遠距離攻撃を切り払った。


「……ね?」


「ふぅん? ……鬱陶しい猿ね」


「えっ酷い」


 更なる追撃。今度はイルミネを狙ったそれを、左手の剣で打ち払う。


「いや違っ、敵の話よ! ……そういえば、シヅキは初撃でダウンしてたから敵の姿もなにも見てなかったのね」


「あぁなるほど? 飛び道具を使う猿かぁ……。樹木に溢れたこのマップだとかなり厄介だねぇ」


 続く連撃。単発では通らないと見たか、三発同時に放たれた攻撃を、シヅキは剣を伸長させ一度に打ち払った。そのまま剣を鞭のように振るい、血の刃をもって樹上のエネミーを一息に断ち切る。辺りに響く耳障りな断末魔。


「耐久自体は大したことないみたいだねぇ。これなら何とかなるかな」


「……ホントに見えてさえいればどうとでもできるのね。メチャクチャだわ」


「でしょ~? やっと見直してくれた?」


 口ではまるでできて当然だと言わんばかりだが、イルミネからの不当な評価を改善するため、実は、先ほどのシヅキはかなり無理をして恰好を付けた行動を行っていた。剣を伸長させた状態での飛び道具の同時防御など今まで一度も練習したことはなく、成功する確信は全くなかったのだ。

 だが、事実として防御に成功している以上、これはシヅキの実力が為した事柄だ。決して偶然ではない。多分。


「残念ながら、アンタが抜けてるのは純然たる事実よ」


「そんなぁ」


 イルミネからの無慈悲な宣告にシヅキはがっくりと肩を落とし、それを見計らったように飛来した攻撃魔法に右足首を撃ち抜かれ、勢いよく転倒した。


「ぎゃーっ!」


「…………。そういうところよ、ホント……」


──────────

Tips

『料理の種類によるステータス上昇バフ内訳』

 UGRにおける料理バフは、料理の種類によって効果の対象となるステータスが異なる。以下がそのおおよその一覧だ。

HP:米を主体とした料理

MP:小麦を主体とした料理

STR:肉を主体とした料理

DEX:魚以外の海産物を主体とした料理

VIT:ニンニクを多量に使用した料理

INT:野菜を主体とした料理

AGI:魚を主体とした料理


 また、一部にはこれらを複合した効果を発揮する料理や全く異なる特殊な効果をもつ料理なども存在している。

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