8.多分これが真相だと思うんだが
昭和8年3月
出会いから3ヶ月後、「そろそろ薫子ちゃんも落ち着いた頃かしら?」と、日高まで様子を見に来たタマちゃんを薫子は快く迎えてくれた。
3ヶ月前のような虚ろさを感じさせなかったものの、まだ気持ちの整理はついていないようで毎日呪文とともに霊力を友政に叩きつけているとのことだった。
(薫子ちゃん、まだ相手への想いが残ってるんですね……でも、この調子なら相手がちょっと悪夢でも見て反省すれば満足して天に昇る気になってくれるかもしれませんね)
と、タマちゃんが内心で楽観的な感想を抱いていると、当の友政が歩いてこちらに向かってくるのが見えた。
「あら?こちらに向かってきますわね。タマちゃんに修行の成果を見せるいい機会ですわ!」
言うが早いか、薫子は呪文を唱え友政に霊力を叩きつけた!
(え!ええーっ!!)
それを見たタマちゃんは驚いた。薫子の即断即決即実行の行動力や、初めて3ヶ月とは思えない程の霊力の高さに対してではない。
いや、それにも驚いたがタマちゃんが本当の驚いたのはその効き目に対してだった。
(効いてる!めちゃめちゃ霊力効いてる!!薫子ちゃんが思ってるのと逆方向に!!!)
そう、何故かは分からないが、薫子の霊力が『呪い』ではなく、むしろ友政を護る『加護』として効いてしまっていたのだ。
しかし、当の薫子はそれに気付いていないらしい。
「どうです、タマちゃん。私の霊力の程は?」
「その……3ヶ月でこれ程霊力を扱えるようになった人を見たことがありません……」
「そうなんですの!修業した甲斐がありましたわ!」
よく考えてみれば伯爵家令嬢の薫子には、神職や、霊的行事を司る公家の血が入っている可能性が高い。正しく修行すれば霊力の使い手として高い能力を開花させてもおかしくない。
問題はその能力が本人の意思と逆方向に発揮されてしまっていることだが。
「でも今一つ呪いが効いている気がしませんの。どうしてかしら?」
「それは……ええと……」
「何かに護られてでもいるのかしら?」
「ええ……友政さんには強力な加護が働いていますね……」
タマちゃんは嘘は言ってない。ただ、その加護を掛けているのが薫子本人だというのを言っていないだけで。
「やはりそういうことでしたのね。ではこちらもそれを打ち破るくらいの霊力を叩きつけますわ!」
その後、張り切って霊力を叩きつける薫子と、それを受ければ受ける程加護が増していく友政とを、タマちゃんは茫然と見続けるしかなかったのであった。
◇◆◇
「そんな訳で本当のことを言うにも言えずにいたのですが……つい先日の薫子ちゃんとの雑談で貴方のことを思い出したのですよ、幹也さん」
「俺のこと?」
「幹也さんは高校生の頃にいくつか事件を解決したそうですね?当時、薫子ちゃんが『幹也君は小説に出てくる探偵さんみたいだったんですのよ』と楽しそうにお話してました。先日の雑談でもそのときの思い出話が出てきたのでふと思ったのです。『幹也さんならこの疑問を解決していただけるのでは?』と」
「いや、かなり無茶じゃないか?今回は偶々俺の記憶や友政爺ちゃんの記録が繋がったんでそこの幽霊の誤解も解けたけど」
「もうワラにもすがる思いだったのですよ。そんなわけで貴方の休暇予定を調べ上げて薫子ちゃんを焚きつけて……薫子ちゃんも幹也さんも、本当にごめんなさい」
タマちゃんは深々と幽霊に頭を下げたが、当の幽霊はもう吹っ切れているのか、笑顔でタマちゃんの肩に手をかけながら言った。
「その原因は友政様とトモ様を人違いしていた私にありますわ。タマちゃんが気に病むことなんて無いんですのよ」
「俺も今更文句もないさ」
友政爺ちゃんの冤罪を晴らして幽霊の誤解も解けたわけだし。
ところで俺の会社って有給とか最新のシステムで管理していたはずなんだが……タマちゃんがどこまで俺の個人情報を掴んでいるのかは怖いので考えないことにする。
「そう言ってもらえますと……しかし、『呪い』として作用しなかったのはともかく、どうして『加護』が掛かってしまったのかは未だに分からないのですが……」
友政爺ちゃんと幽霊は直接関係はないからタマちゃんも不思議なのだろう。が、今の話を聞いて俺はある可能性に気付いた。
「あ~、多分これが原因だと思うぞ」
俺は日記の中のとある頁を示した。そこには日付以外には『参拾圓』と一行だけの記載があった。
他にも、何の説明もなく金額だけの記載が所々にある。
「確実な証拠は無いんだが、多分これ、友政爺ちゃんから笹森家への送金の記録だと思うんだよ」
「……何故それが薫子ちゃんの実家への送金だと?友武さんの治療費とか法要費ではないんですか?」
「俺もさっきまでそう思ってたんだよ。でも幽霊の霊力が呪いとしてじゃなく、加護として効いていたっていうならこれくらいしか理由ないかなって。それで幽霊の回忌法要とかの費用もそっから出てたってくらいしか、友政爺ちゃんが幽霊にできた善行なんて考えられないだろ?あとはせいぜい十三回忌のときに仏壇を拝んだくらいじゃないのか?俺は霊力のことはよく分からんが1回拝んだだけでそんな強力な加護を得られるほどの縁ができるもんなのか?どうなんだ、タマちゃん」
「いえ、さすがに亡くなってから12年経って1度ご位牌に手を合わせただけでそんな縁が結ばれるとは考えにくいですね。確かに金銭的援助の方が『加護』の理由としては納得できます。友政さんの子孫にも加護が及んでいるところをみると、案外代替わりしても援助を続けていたのかもしれませんね」
その辺りは後で爺ちゃんや親父に聞いてみよう。
ともかく、タマちゃんに確認が取れたところで改めて幽霊に聞いてみる。
「あと、まあ、これが笹森家への送金だと考えればお前の十三回忌の家の状況や会話の辻褄も合うと思わないか?」
「え?どういうことですの?」
「お前の十三回忌。弔問客もほとんどなかったって言ってただろ?俺は当時の華族様の慣習はよく知らないが、もしお前の家が金に困らないくらい繁栄していたら、十三回忌が三十回忌だろうと顔繫ぎに来る弔問客で溢れかえってたんじゃないか?」
「……」
「それとお前の親父さんが友政爺ちゃんに申し出てくれた援助の話だ」
「政信君たちの進学の件ですの?」
「ああ、『こう見えても華族としての人脈もある。それなりに口利きなどもできるつもりだ』だったっけ?頼ってくれと言いながら金銭的な援助の言葉がないのは、既に逆に友政爺ちゃんから金銭的援助を受けていたからじゃないのか?だから自嘲的に人脈くらいならまだ少しは残ってると言うしかなかったんじゃないのか?」
正直、俺としては幽霊には言い辛い内容の話だった。聞きようによっては『お前の家、平民に施し受けるくらい落ちぶれてたんじゃね?』と言ってるようなものだからだ。
しかし、幽霊は気にした様子もなく言った。
「幹也君の言う通りでしょうね」
「案外あっさり納得してくれるんだな。そこを認めるのは抵抗あるかと思ったんだが」
「むしろあの父や兄が家を没落させずに維持していたら逆に驚きましたわ」
「辛辣だな!?」
しかしまあ、これは忌憚のない身内からの評価ってことなんだろうな。
……「女に何が分かる」と押さえつけられていた怨みも多少はあるかもしれんが。
「さて、そんじゃあ、一通り昔の出来事の真相らしきものが分かったところで、タマちゃん。一つ頼みがあるんだが」