1.幽霊に婚活を強制されているんだが
ホラーミステリコメディ(恋愛もあるよ!)開幕……正直、自分でもジャンルが分かりません。
古い古い写真だった。
真ん中には椅子に腰かけた坊主頭の少年。そしてその左右には成人の男女が座り、更に周囲には5人の子ども達たちが真剣な顔で――いちばん年少らしい3、4歳くらいの少女だけは状況が分かってないのかポカンとした表情をしていたが――正面を見つめていた。
中央の少年ともうひとりの男の子の男子2人は見事に成人女性似で、一方4人の女の子たちは吹き出すくらい成人男性似なので一目でこれが家族写真とわかる。
それを裏付けるように写真の下には『長男友政小学校卒業記念』と書かれていた。
この写真を見たのはいつだっただろう。俺が小学生の頃、友政爺ちゃんが亡くなった後の遺品整理のときだっただろうか……
◇◆◇
仕事帰り、札幌市内のアパートの部屋に着く直前で、そういえば食料の備蓄がほとんど無くなっていたことを思い出した。
「あ~、飯買ってくるの忘れてた。仕方ねえな、部屋にリュック置いたらイオン行くか」
そんな独り言をつぶやきながらアパートのドアを開け、玄関を抜けて居間に入ると、部屋の奥で腕を組んで仁王立ちした幽霊がこちらを睨みつけていた。
まごうことなく幽霊だ。まだ照明も付けてないのに全身が青く光るように姿が見えて、薄く身体が透けている。
幽霊は女性で年齢は十代半ばくらいだろうか。何故か和服に袴という装いにブーツを履いているという女子大生の卒業式のような恰好をしている。
『ここが事故物件なんて聞いてないぞ!?明日になったら管理会社にクレーム入れてやる!』
などと心の中で現実逃避していると幽霊が口を開いた。
「……岩津幹也くん」
は!?なんで俺の名前知ってんの!?部屋じゃなくて俺に憑いてたの!?
部屋に入ったときからこっちを向いて睨みつけていたのは俺に恨みがあるから?こんな女の子知らないけど?
「……明日からは休暇を取っているのですよね。どのように過ごされるご予定かしら?」
「え、小樽に出てそっから海沿いにサイクリング……」
確かに土日を挟んで金曜と月曜に有給を取っているけど。それがこの幽霊と何の関係がある?意表を突かれてつい正直に予定を答えてしまったが。
「……独りで?」
「?ええ、まあ、独りで」
それを聞くと幽霊は「やはり教育の必要がありますね。……コレを使いましょう」とつぶやいて、壁に立てかけてあったお掃除ワイパーの柄を掴み、こちらに近づいてきて――いきなりそれを俺の頭に打ちつけた!
「痛え!」
「この大馬鹿者!34歳にもなって嫁もいないのに貴重な休日をそんなことで潰してどうしますの!明日は朝一で結婚相談所に入会していらっしゃい!」
なんで俺、初対面の幽霊に婚活強制されてるの……?
◇◆◇
5分後
改めて照明を点灯した居間で、俺に一撃と啖呵を叩きつけたことで少し落ち着いたらしい幽霊とちゃぶ台を挟んで向かい合って座る。
灯りの下で見ると、身体が若干透けている以外は、どこか気品を感じさせる小柄な女の子だったので、恐怖心がかなり減少した俺はその娘に話しかける。
「え~と、そもそもどちら様で?お会いした記憶はないんですが」
「姿を見せるのは初めてですものね。改めてご挨拶いたしますわ。私は笹森薫子と申します。生前は笹森伯爵家当主であった笹森弥之助の三女でした」
「……伯爵家の娘さんってことは結構昔の方?」
「現代では華族制度はもう廃止されておりますものね。ええ、私は今から100年以上前、大正の御代に17歳で亡くなりました」
「じゃあ俺と何の関りも無いですよね?」
「関りというのでしたら、そう、私はかつて貴方の高祖父の友政様に手酷く裏切られた、という関りがございますわね」
「えっ!?」
俺の高祖父、すなわち曽曽爺ちゃんである友政爺ちゃんといえば、この北海道の日高地方で細々やってた零細農家の出から若くして一代で店を立ち上げ、それを地元のトップ商社にしてしまった我が家の開祖みたいな人だ。
俺が小学生のころまで存命していて、可愛がってもらった記憶がある。
6人兄妹の長男で、貧しい両親に代わって自分の弟や妹の学費まで全部面倒見ていたとかで、友政爺ちゃんの末妹のハルナ婆ちゃんなんかはよくウチの親父に
「私が女学校に進学して教員になれたのはトモ兄ちゃんのおかげ。トモ兄ちゃんに足向けて寝られないよ」
と言っていたらしい。
なので、俺の中では「社会的に成功した面倒見のいい爺ちゃん」なのだが、身内にはともかく一代でのし上がる過程では誰かを裏切るようなこともあったのかもしれない。
「まあ、一応俺と因縁があるのは分かりました。けど、なんで急いで俺を結婚させようと?」
「私の目的を達するためには、次代の岩津家の当主である貴方が、然るべき相談所に申し込んで伴侶を迎え、跡取りを得て育てていただくのが確実かと思ったからです。なんなら結婚せずに養子を迎えるなりしていただいてもよろしいのですが、私のみたところ、女性と結婚する願望はあるのでしょう?」
確かに俺は一人っ子なので、将来の当主っちゃあ当主ってことになるんだろうが。こうして日高から離れて札幌でサラリーマンやってる俺にそんな自覚は無いし、実家でもそんなこと考えてないだろ。
まあ、結婚願望があるのは言われたとおりだが。
しかし、それより今確認しなきゃならんのは、
「?貴女の目的って?」
「先程申し上げました通り、私は友政様に手酷く裏切られました。その時心に誓ったのです。『この恨み晴らさでおくべきか!その命尽きるまでトモ様を呪ってくれましょう!……いいえ、七代先の子孫まで呪い尽くす怨霊となってみせましょう!』と」
「お、おお……あ、心の中では『トモ様』呼びなんですね」
「そ、そんなことはどうでもよいことですわ!……話を戻しまして……そう!それなのに友政様から数えて五代目の貴方は34歳にもなって未婚!しかもそれをどうにかしようという気概も無し!このまま貴方が跡取りを残さず亡くなってしまっては、七代まで呪うという私の悲願が途切れてしまうのです!そんなことが許されましょうか!」
「…………」
「って、ちょっと!?何をするんですの!食卓塩を振りかけるのはお止めなさい!また痛い目に遭いたいんですの!?」
「やかましい!真面目に聞いて損したわ!呪われるために子どもつくる阿保がどこにいる!この食卓塩で清めてやるからさっさと成仏しやがれ!」
「成仏などするわけがないでしょう!塩を振るなど何たる非礼!コレで性根を叩きなおしてくれますわ!」
「あっ、おいっ、やめろ!お掃除ワイパーを振り回すな!」