孤独の王様
あるところに、小さな国がありました。
その国は小さくはありましたが、国民はみな楽しく暮らしていました。
それというのも、その国の王様が「国民が毎日楽しく暮らせるように」と一生懸命に工夫をして
娯楽施設を造ったりお祭りを催したりと頑張っていたからです。
王様は誰の事も信用していませんでした。
王様は全てのお祭りや娯楽施設を一人で造り上げていたのです。
そんな王様を心配している一人の侍女がいました。
王様がまだ王様になる前、王子様だった頃からおそばにいた、ずっと長い間王様を見てきた侍女でした。
前の王様が亡くなってまだ若い王子様が王様になることに決まった時、侍女はたいそう心配しました。
こどもの頃は身分の差など関係なくまったくのともだちのように遊んでいた二人でした。
王子様だったころの王様はとても寂しがり屋で自分に自信がなく
「おおきくなったら、ボクがおうさまになるんだよね?ちゃんと国の人を守らなきゃいけないんだよね?」
と、たいへん不安がっておりました。
そのたびに侍女は
「大丈夫ですよ。おうじさまはとてもやさしい方です。きっといいおうさまになれますよ。」
と、はげましておりました。
まいにち仲良く遊んでいた二人ですが、王子様は”王様になるためのお勉強”をしなければなりません。
侍女は王子様がお勉強をしている間はお城の仕事をしたり、おうちのご用をしたりしておとなしくしていましたが
こころの中ではいつも王子様のことを心配していました。
王子様も侍女も少しずつ大きくなり、だんだんといっしょにあそぶ時間も少なくなっていきました。
久しぶりにふたりきりであそぶ時間がとれたとき、王子様は”王様になるためのお勉強”に少し疲れているように侍女には見えました。
それを見て心配した侍女は
「おうじさま?あまりむりしておべんきょうしなくても、おうじさまにはおうじさまのいいところがたくさんあります。いまのおうさまのまねをしなくても、おうじさまはおうじさまらしくすれば、きっといいおうさまになれるとおもいます。」
といいました。
侍女は王子様のためを思って言ったのですが、それを聞いた王子様は怒ってしまいました。
「おまえなんかになにがわかる!ボクはこのくにをささえなければいけないんだ!たかがじじょのくせにボクにいけんなんかするな!」
この時、侍女はとても悲しい気持ちになりました。
あんなに仲良しで、なんでもお話ししてくれていた王子様がほんのわずかな時間でこんなに変わってしまったことと、自分の存在が王子様にとっては本当にちっぽけなものだったことを悟ったからです。
「おうじさまのそばには、きっとわたしよりもっとあたまがよくて、いろいろなことをおしえてくれて
ちゃんとおうじさまのことをかんがえてくれる人がいるんだわ……。」
そう思った侍女は、黙って王子様のもとから立ち去りました。
王子様も追いかけてきてはくれませんでした。
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やがて、王子様が王様になる時がやってきました。
戴冠式が済み、前の王様の喪が明けてから新しく王様になった王子様は、次々と色々な楽しいお祭りの計画を発表しました。
王様が亡くなって国民が暗くなっていた時です。
新しい王様からのお祭りのお知らせは、人々をたいそう喜ばせました。
侍女もそれを聞いて
「やっぱり王子様の側には頭のいい人がいて一緒に色々と考えてくれているんだわ。」
と、安心しました。
しかし、お城の中での王様の評判はあまり良くなかったのです。
侍女は”侍女”ですから、お城の中で働いています。
でも、周りの他の侍女達は彼女が昔、王様と仲良しだったことを知っているので王様の話しをあまりしなかったのでした。
彼女に王様の話をしてきたのはまだ新しくお城に仕えたばかりの若い侍女でした。
「ねぇねぇ、王様ってすごいのよ!あれだけ色々なことをぜーんぶ一人でやってらっしゃるの!私、びっくりしちゃった!あれだけお仕事がお出来になる方はそうそういないわよね!」
それを聞いた侍女はたいそうおどろきました。
『あの、臆病で心配性な王子様が……いえ、王様が全ての事を一人でこなしていると……?』
侍女は胸が痛みました。
しかし、どうすることも出来ません。
事情を知らない若い侍女は続けて言いました。
「それでね?ふふっ。私が王様に”王様は本当に素晴らしい方ですね!尊敬しています!”って思わず言ってしまったの。そしたら、なんて言ったと思う?」
侍女は緊張しながら彼女の次の言葉を待ちました。
若い侍女はそんな様子にも気付かずに自慢気に言いました。
「『私のことをわかってくれるのは君だけだろう。これから色々と世話になるよ』ですって!なんて光栄なんでしょう!」
侍女は目の前が真っ暗になるのを感じました。
若い侍女は自慢するだけしてさっさとどこかへ行ってしまいました。
侍女は落ち着くために冷たい水を飲もうと城の台所に行きました。
そこでは昼ごはんの支度を終えた他の侍女たちがおしゃべりに興じていました。
いざ入っていこうとしたとき、彼女たちの会話が聞こえてきて
彼女の足は思わず止まってしまいました。
「ねぇ、気付いてる?最近の王様は新入りの侍女をつかまえては次々に自分の信者にしてるみたい。昔とずいぶんおかわりになったものね……。」
そう言って深々とため息をついたのはどうやら侍女頭のようです。
侍女頭は侍女の中でも年嵩の、長くつとめている女性でした。
彼女の言うことなら間違いないでしょう。
『さっきの若い侍女だけではなく、他の侍女も王様の取り巻きにしているんだ……。』
その事実が、幼い頃からの王様を知っている侍女には耐えられませんでした。
ただ単に取り巻きにしているだけで、彼女たちになにかを手伝わせているわけでも
助言を受けているわけでもないこともさっきの若い侍女の話からはうかがえました。
そう、今の王様は
「すべて一人で取り仕切りたい」だけで
”誰かに手伝ってほしい”わけでもなく
”理解を求めている”のでもなく
ただただひたすらに「与える者であること」
そして「崇めたてまつられること」だけを望んでいるのだ、と侍女にはわかりました。
仲のよい、まるできょうだいのように遊んでいたあのときの王子様は、もう今はいないのです。
今の王様に必要なのは自分を褒めてくれて、尊敬してくれて、盲信してくれる人だけなのです。
改めてそのことを思い知った侍女の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちました。
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侍女は水を飲むことすら出来ずにその場を離れました。
今聞いた話が、まだとても現実のこととはおもえませんでした。
フラフラとお城の敷地内を歩いているうちに、侍女はいつの間にか幼い頃によく王子様と遊んでいた花園のそばに来ていました。
「ここで……よく二人だけのひみつのお話をしたんだわ……。」
侍女は昔を懐かしく思い出しながら花園の中に入っていきました。
当時はまだふたりとも子供だったのでひみつの話と言っても大したことではありません。
ですが、その頃から周りには大人しかいなかった王子様にとって
唯一の年が近い「ともだち」は自分だったはずだ、と侍女は思っていました。
『うわさが本当かどうか、王様の口から直接聞いてみたい……。』
侍女がそう想ったのは、花園の中でとある花をみつけたときでした。
その花は、まだ幼い侍女が失敗をしてしかられたときに、
王子様が『これをあげるから、泣かないで。元気だして。』と、そっと手折って手渡してくだっさった花でした。
「……マーガレット……。」
侍女は、そっとその花を手に取り王様の執務室へ向かいました。
コンコン、とノックをするとき、侍女の手は震えていました。
少しの間があり、やや不機嫌そうな声で
「だれだ?」
と扉のむこうから声が聞こえてきました。
侍女は思い切って自分の名前を名乗りました。
しばらく待っても扉の向こうから答えはありませんでした。
「あ、あのぅ……。」
侍女は勇気を振り絞って再び声をかけました。
しかし、返ってきたのは氷のように冷たい声でした。
「お前を呼んだ覚えはない。用事もない。さっさと持ち場に帰りなさい。ここはお前のような者が来るところではない!」
侍女はその場に崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえ、黙ってその場から立ち去りました。
侍女が去ってしばらく経ってから王様はそっと扉を開けてみました。
扉の前には一輪の白いマーガレットが
くたっとしおれて落ちていました。
「……あいつ……覚えていたのか……。」
王様は落ちていたマーガレットをそっと拾い上げ、また執務室に入っていきました。
その後、いつの間にか侍女は城から姿を消していました。
荷物も部屋からなくなっていたそうです。
王様は相変わらずお祭りをたくさん企画しています。
新しい遊技場の建設計画も発表されました。
その計画の中の一つには「植物園の建設」というのがあったそうです。
そのことを気にする国民は誰一人としていませんでした。
……今日も王様は
誰の力も借りず
ひとりきりで
民を喜ばせるための計画を進めています。
その執務室の机の上には、一輪の白いマーガレットが飾られていました。
―終わり―