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エピローグ 真実の愛

 ***


 赤髪の悪魔エイデンの断罪式は、聖女の告発により、王太子の断罪式へと変貌した。

 婦女暴行に恐喝、望まれない隠し子の存在、更には過去の殺人容疑。人々はスキャンダラスな没落模様に熱中し、次から次へと出てくる“真相”に狂喜乱舞した。


 ここまで彼が悪事を重ねられたのは、息子を溺愛して放置し、時には隠蔽工作を手助けしたせいだと、国王夫妻にまで批判は及ぶ。


 輝かしき大悪党はすぐに、世継ぎの身分から廃された。冠は未だ王にあるものの、現王は既に国民の信頼を失っている。

 近々、僻地に飛ばされていた王弟が帰ってきて、次の王になるという話も聞く。


 世間がめまぐるしく変わっていく傍らで、ユリアは無事元婚約者との縁を切り、そしてエイデンは――驚くほどあっさりと解放された。雲一つない晴天の下で。


「そうだのう。ま、老体から一言言っておくとだな……お前さん、無実の罪で処刑されるには、いささか慕われすぎていたのだよ。本当にまあ、あちこちから助けてやってくれの大合唱で、わしゃ耳が痛くてのう」


 看守に投げ出された先は、なぜか教会で、おまけに枢機卿が髭を撫でながらエイデンを出迎える。

 どういう顔をしたらいいのかわからない、と気持ちがそのまま書いてある表情を向けたエイデンは、近づいてくる令嬢の姿に更に身をカチコチにする。


「何か最初に言うことは?」

「…………。ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした……」


 冷や汗を浮かべ、目をさまよわせながら頭を下げた彼は、襟首をつかまれ、ぐいっと身体を引っ張られる。


 この流れは、ビンタか! と癖で衝撃に備えた。予想通り接触の気配があったが、思っていたよりずっと柔らかい。しかも甘い。

 ……これは唇だ。まだ慣れていなくてつたないが、何よりも尊い接吻。


「おばかさん。……こういう時はね、ありがとうと、ただいまって言うのよ」


 ユリアは優しい言葉で言い聞かせ、それからぎゅっとエイデンを抱きしめた。

 彼はこわごわ、ユリアの肩に、背に、髪に触れ……そしてようやく、抱きしめ返す。


「……これ、たぶん夢だ。目が覚めたら、処刑台の上なんだ……」

「まあ! そんなことを言う人は、わたくしが頬をつねってしまうのだわ」

「…………。なぜでしょう。痛いです、お嬢様……」

「その使用人言葉も気に入らないわ。あなた、わたくしになんて言ったかしら? 一生愛を――」


 エイデンはユリアの言葉に、ついに耐えきれなくなったようで頭を抱えた。隠した顔は、すっかり赤くゆであがっているはずだ。


 本気で死ぬ覚悟だったのだ。これが最期だと思っていたので、今まで秘めていた想いの丈を全部、それはもう盛大に吐き出してしまったような記憶がある。その辺を改めてつつかれると、穴があったら入りたい所の騒ぎではない。


「あー。えほん。そろそろいいかね。年寄りはの、長く立っていると腰が痛うて」


 枢機卿が片手を上げる。エイデンはぽかんとしているが、ユリアは彼に寄り添い、厳かに唱え始めた。


「この身朽ち果て、命の炎が尽きるまで――どのような喜びも苦しみも、この方と共に越えていくことを誓います」

「うむ。では、新郎殿。誓いの言葉を」

「――えっ。誓い? 何の……」

「何のってそりゃ、夫婦の誓いに決まっとろうが。ほれ、はよせんかい。ちゃちゃっとちゅーせい、ちゅー」


 エイデンが百面相しながら視線をさまよわせ、助けを求めるようにユリアを見ると、彼女は微笑んだ。見る者を幸福にし、夢中にさせる笑みを、たっぷりと一人に注ぎ込む。


「あなた、存外逃げ足が早い人なのよね。だからもう逃がしてあげない。諦めて結婚しましょう? わたくし、いい女だもの。一生捧げるのに、後悔はさせないわ」


 エイデンは呆然と瞬きし、小さくささやくように呟いた。


「……本当に?」

「本当に本当」

「ものすごく迷惑をかけたから……怒っているとかではなく……?」

「あなたが一人で突っ走ろうとしたことに、わたくしもお父さま達も怒ってはいるけれど。生きているから、許してあげるわ。他には? まさか二心を疑うつもり? 処女の証明書、持ってきた方がいい?」

「いや……でも、おれは……」

「聖女のわたくしがいいって言うのよ。だれにも文句は言わせないわ。というか、そう。わたくし聖女になってしまったの、エイデン。一人にしていいの?」

「だけど、ユリア。おれなんか選んだら、きっときみは――」

「もう一度言うけど。この場でわたくしをフった方が後悔することになるわよ。わたくしね、裁判の前、女神様に言ったのだもの。あなたの無罪を勝ち取れなかったら、国ごと全部燃やしてやる、って」

「…………」

「一緒にいて、エイデン。一生守って。側にいて、あなたの炎で温めて。わたくしの心が冷え切って、魔女になってしまわないように」


 ――いっしょに来て。あなたといるわたくしが心配なら、ずっと側で守って!


 かつて運命を決めた言葉をもう一度繰り返されては、エイデンはついに陥落するしかない。彼は深呼吸して息を整えてから、はっきりと、そして丁寧に言った。


「この身、この心、魂の炎のすべて。真実の愛をあなたに捧げ、生涯を共にすることを……誓います」


 そして立会人に催促されるまでもなく、ユリアとエイデンは互いの身体に腕を回し、愛を確かめ合った。


 ***


 昔々、あるところに、一人の赤い髪の男の子がいた。

 男の子は聖女と呼ばれる女の子と出会った。

 二人は邪悪な権力者に引き裂かれそうになったが、その思惑を見事打ち砕き、結ばれた。


 それから更に数年後、彼らに赤い髪の子どもが生まれる頃には、誰ももう「赤い髪は悪人の証」なんて口にする人間はいなくなっていた。


 聖女の国の民は、男の子が生まれると「エイデン」と名前をつけたがった。

 どうかかの有名な聖女様の伴侶のように、誠実で健康で、立派な男に育ちますように、と。


 エイデンは彼の主人から命じられ、そして自分で誓った通り、生涯をユリアと共に過ごした。

 聖女となった彼女をよく支え、あらゆる災厄から守り抜き――よき父となり、師となり、領主となって、大勢の人を幸せにした。


 めでたし、めでたし。



最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
また読みに来てしまいました^^。何度も読みたくなる作品の一つです。Web書籍で魔性様を読んだ頃から小説サイトに出会って、先生の作品も遡って読ませて頂いた中でとても感動した作品です。お話の幕引きはとても…
[一言] エイデンの強さとかかっこいいとか思ったけど 1番怖いと思ったのが、君主制の貴族社会なのに聖女という存在で誰もが、今回で言えば悪党側の王子すらも魅了されかけていると言う状態で誰もが聖女の言葉に…
[良い点] 非常に読みやすく、短編ながら緩急もしっかりとあり、心打たれる場面が多くとても良い作品でした。 この短さで主人公達の成長と心の機微を描けるのは素直にすごいと感じました。 ざまぁタグの作品をよ…
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