エピローグ 真実の愛
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赤髪の悪魔エイデンの断罪式は、聖女の告発により、王太子の断罪式へと変貌した。
婦女暴行に恐喝、望まれない隠し子の存在、更には過去の殺人容疑。人々はスキャンダラスな没落模様に熱中し、次から次へと出てくる“真相”に狂喜乱舞した。
ここまで彼が悪事を重ねられたのは、息子を溺愛して放置し、時には隠蔽工作を手助けしたせいだと、国王夫妻にまで批判は及ぶ。
輝かしき大悪党はすぐに、世継ぎの身分から廃された。冠は未だ王にあるものの、現王は既に国民の信頼を失っている。
近々、僻地に飛ばされていた王弟が帰ってきて、次の王になるという話も聞く。
世間がめまぐるしく変わっていく傍らで、ユリアは無事元婚約者との縁を切り、そしてエイデンは――驚くほどあっさりと解放された。雲一つない晴天の下で。
「そうだのう。ま、老体から一言言っておくとだな……お前さん、無実の罪で処刑されるには、いささか慕われすぎていたのだよ。本当にまあ、あちこちから助けてやってくれの大合唱で、わしゃ耳が痛くてのう」
看守に投げ出された先は、なぜか教会で、おまけに枢機卿が髭を撫でながらエイデンを出迎える。
どういう顔をしたらいいのかわからない、と気持ちがそのまま書いてある表情を向けたエイデンは、近づいてくる令嬢の姿に更に身をカチコチにする。
「何か最初に言うことは?」
「…………。ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした……」
冷や汗を浮かべ、目をさまよわせながら頭を下げた彼は、襟首をつかまれ、ぐいっと身体を引っ張られる。
この流れは、ビンタか! と癖で衝撃に備えた。予想通り接触の気配があったが、思っていたよりずっと柔らかい。しかも甘い。
……これは唇だ。まだ慣れていなくてつたないが、何よりも尊い接吻。
「おばかさん。……こういう時はね、ありがとうと、ただいまって言うのよ」
ユリアは優しい言葉で言い聞かせ、それからぎゅっとエイデンを抱きしめた。
彼はこわごわ、ユリアの肩に、背に、髪に触れ……そしてようやく、抱きしめ返す。
「……これ、たぶん夢だ。目が覚めたら、処刑台の上なんだ……」
「まあ! そんなことを言う人は、わたくしが頬をつねってしまうのだわ」
「…………。なぜでしょう。痛いです、お嬢様……」
「その使用人言葉も気に入らないわ。あなた、わたくしになんて言ったかしら? 一生愛を――」
エイデンはユリアの言葉に、ついに耐えきれなくなったようで頭を抱えた。隠した顔は、すっかり赤くゆであがっているはずだ。
本気で死ぬ覚悟だったのだ。これが最期だと思っていたので、今まで秘めていた想いの丈を全部、それはもう盛大に吐き出してしまったような記憶がある。その辺を改めてつつかれると、穴があったら入りたい所の騒ぎではない。
「あー。えほん。そろそろいいかね。年寄りはの、長く立っていると腰が痛うて」
枢機卿が片手を上げる。エイデンはぽかんとしているが、ユリアは彼に寄り添い、厳かに唱え始めた。
「この身朽ち果て、命の炎が尽きるまで――どのような喜びも苦しみも、この方と共に越えていくことを誓います」
「うむ。では、新郎殿。誓いの言葉を」
「――えっ。誓い? 何の……」
「何のってそりゃ、夫婦の誓いに決まっとろうが。ほれ、はよせんかい。ちゃちゃっとちゅーせい、ちゅー」
エイデンが百面相しながら視線をさまよわせ、助けを求めるようにユリアを見ると、彼女は微笑んだ。見る者を幸福にし、夢中にさせる笑みを、たっぷりと一人に注ぎ込む。
「あなた、存外逃げ足が早い人なのよね。だからもう逃がしてあげない。諦めて結婚しましょう? わたくし、いい女だもの。一生捧げるのに、後悔はさせないわ」
エイデンは呆然と瞬きし、小さくささやくように呟いた。
「……本当に?」
「本当に本当」
「ものすごく迷惑をかけたから……怒っているとかではなく……?」
「あなたが一人で突っ走ろうとしたことに、わたくしもお父さま達も怒ってはいるけれど。生きているから、許してあげるわ。他には? まさか二心を疑うつもり? 処女の証明書、持ってきた方がいい?」
「いや……でも、おれは……」
「聖女のわたくしがいいって言うのよ。だれにも文句は言わせないわ。というか、そう。わたくし聖女になってしまったの、エイデン。一人にしていいの?」
「だけど、ユリア。おれなんか選んだら、きっときみは――」
「もう一度言うけど。この場でわたくしをフった方が後悔することになるわよ。わたくしね、裁判の前、女神様に言ったのだもの。あなたの無罪を勝ち取れなかったら、国ごと全部燃やしてやる、って」
「…………」
「一緒にいて、エイデン。一生守って。側にいて、あなたの炎で温めて。わたくしの心が冷え切って、魔女になってしまわないように」
――いっしょに来て。あなたといるわたくしが心配なら、ずっと側で守って!
かつて運命を決めた言葉をもう一度繰り返されては、エイデンはついに陥落するしかない。彼は深呼吸して息を整えてから、はっきりと、そして丁寧に言った。
「この身、この心、魂の炎のすべて。真実の愛をあなたに捧げ、生涯を共にすることを……誓います」
そして立会人に催促されるまでもなく、ユリアとエイデンは互いの身体に腕を回し、愛を確かめ合った。
***
昔々、あるところに、一人の赤い髪の男の子がいた。
男の子は聖女と呼ばれる女の子と出会った。
二人は邪悪な権力者に引き裂かれそうになったが、その思惑を見事打ち砕き、結ばれた。
それから更に数年後、彼らに赤い髪の子どもが生まれる頃には、誰ももう「赤い髪は悪人の証」なんて口にする人間はいなくなっていた。
聖女の国の民は、男の子が生まれると「エイデン」と名前をつけたがった。
どうかかの有名な聖女様の伴侶のように、誠実で健康で、立派な男に育ちますように、と。
エイデンは彼の主人から命じられ、そして自分で誓った通り、生涯をユリアと共に過ごした。
聖女となった彼女をよく支え、あらゆる災厄から守り抜き――よき父となり、師となり、領主となって、大勢の人を幸せにした。
めでたし、めでたし。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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