急患
出血、外傷の描写があります。
今更ですが、キーワードに追加しました。ごめんなさい。
私たちは広間へ走った。神官様が慌てるくらいの急患って、どんな人なのか。不安で、さっきからずっと心臓の音がうるさい。
広間は直接外に繋がっていて、街の人も自由に出入りできる。奥に飾られた女神様の像が見守る中、いつも神官様や街の人が楽しそうに話したり、相談したりしていた。祈りの場であり、集まりの場だった。
それが今は、数人の街の人が心配そうな顔で、広間の左奥にあるドアを見ている。
「こちらです」
私を呼んだ神官様は、みんなが見るその扉の方へ歩く。遅れないようについて行くと、足元がピチャッと音を立てた。心臓がどきりと跳ねる。赤い血が点々と左奥のドアまで続いていた。
私が思わず立ち止まると、背中を押された。
「大丈夫です」
リュカ様はいつものように微笑んで、ゆっくり頷く。私は奥歯がなるのを我慢して、必死に歩いた。
ドアの向こうは小さな部屋だった。机と椅子、それに本棚が置いてある。そこに三人いた。一人は顔色の悪い女の人、もう一人は白いシーツの上に寝転がる男の人、それに男の人の足元で祈る神官様。
男の人は左足を布でぐるぐる巻きにされている。何枚も重ねて巻かれ布は、赤いシミが少しずつ滲んで広がっていた。
「代わってください」
気付けば、私は男の人に駆け寄っていた。すぐに彼の左足に両手をかざす。
「良くなあれ」
風が吹いて、手から光がこぼれる。男の人の苦しそうな顔から、すうっと力が抜けた。
リュカ様は私を立たせて下がらせた。代わりにモルガン様が前へ出る。モルガン様は男の人に巻かれた布を、ゆっくりと全部取った。
「これは!」
叫んだのは、さっきまで祈っていた神官様だった。女の人が悲鳴みたいな声を上げて、泣き崩れる。
私は恐る恐る男の人の足を覗き込んだ。血が止まっている。傷もない。でも膝から下が、凹んだように少し歪んでいた。
私じゃ駄目だったんだ!聖女として期待されて、みんなに優しくされて。でも役に立てなかった。私は頭が真っ白になった。
座り込んでいた女の人が、立ち上がって私を見た。
「ありがとうございます。聖女様、本当にありがとうございます」
泣いているけど、本当に喜んでいることが分かる。私は戸惑いながら、笑顔を返した。
血に汚れた服を着替える為に、私は部屋へ戻ることになった。歩きながら、リュカ様に聞いてみる。
「私はお礼を言われるようなことが、できたんですか」
リュカ様は少し驚いた顔をした。
「もちろんです。リゼット様でなければ、彼は助からなかったでしょう。それほどの出血でした」
「でも足は歪んでいました。私の祈りの力がまだ未熟だから、治せなかったんですよね」
「確かに、祈りの力は怪我や病気を治します。しかし正確には、人の持つ自然治癒の力を飛躍的に高めて、治癒にかかる時間を短縮する、です。なので、無くなった足が生える訳でも、壊死した臓器が元に戻る訳でもありません」
「歪んだ足も戻せない?」
「そうです。しかし側にいた女性は、彼の足は完全に潰れていたと言っていました。それが一切の傷もなく、多少の歪み程度まで治癒していました。これはとてもすごいことです」
リュカ様は微笑んだ。さっきまで不安でいっぱいだったのに、今は顔がにやけて足元がふわふわする。
「きっと彼は両足で立ち、走ることもできるはずです」
「そうだったら嬉しいです」
部屋に着くと、血のついたローブを見た侍女さんたちが、顔色を変えて心配してくれた。私は慌てて説明する。そうしたら、今度は力いっぱい誉めてくれた。
「おう、リゼット様も食堂を使うんだな」
お昼に食堂へ行くと、後ろから声をかけられた。
「モルガン様、御飯ですか」
「ああ、今日はここで食べようと思ってな」
「いつもは違うんですか」
「いつもは大神殿にいないな」
そう言えば、食堂でも他の場所でも見たことがない。大きくて目立ちそうなのに、不思議。
「俺はいつも騎士団にいるから」
「えっ」
「言ってなかったか?俺は騎士団と神殿の掛け持ちだ」
「聞いてないです」
「まあ、詳しくは昼飯の後な」
そう言って、モルガン様は空いた席に座った。私もいつもの席に座る。
モルガン様は給仕の人に、大盛りでな!と大きな声で頼んでいた。