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目覚め

 心地良いまどろみの中、寝返りを打つ。

 声が聞こえる。エリアーヌ様だ。

 

「いいい今! 動いたわ! ねえ、リゼットが!!」

 

 足音とともに声が遠ざかる。

 深き黒の竜がいる灰色の谷間までエリアーヌ様が来てるなんて。エリアーヌ様には心配ばかりかけている。馬車の移動は得意じゃなさそうだったけど、大丈夫だったのかな。

 もう一度寝返りを打つと手に何か当たり、そのまま抱きしめる。抱き枕があるからよく眠れたのか。

 薄目を開けると見慣れた顔と目が合った。狼を模した抱き枕が気の抜けた顔で笑っている。

 なんで抱き枕があるんだろう。灰色の谷への道のりにはさすがに持っていけなくて、緊張もあってか、ここ数日はなかなか寝付けなかったのに。

 

「えっ!?」

 

 驚いた勢いのまま体を起こすと、馴染みのある場所だった。窓もテーブルもベッドも、とてもよく知っている。

 ここは灰色の谷じゃない。

 

「私の、部屋?」

「リゼット!!」

「リゼット様!」

 

 半分開いたままだった扉が大きく開かれた。エリアーヌ様が勢いよく現れ、続いて侍女のアナイスさんが部屋に入って来る。

 

「起きて大丈夫なの!?」

「まだお休みください!」

「私は大丈夫です」

「でもっ」

「どこも怪我はしていませんし、よく寝て調子が良いくらいです」

「お顔の色は良いですが……」

「それよりお話を聞かせてください」

「……分かった」

「かしこまりました」

 

 心配そうな顔のまま、二人はしぶしぶうなずく。

 私がお礼を言うと、エリアーヌ様はベッドの横にある椅子に座った。不本意そうな顔で頬を膨らませている。かわいい。

 アナイスさんは私の背中側にクッションを用意し、私が上体を起こしやすくなったことを確認すると近くに控えた。

 

「痛いところとか、しんどいところとか、本当にないの?」

「倦怠感はありますが、それだけです。あの、竜は? なぜ私はここに? あっ、騎士の皆様は!?」

 

 血を流し倒れる騎士様たちの光景を思い出し血の気が引く。私が戦闘のあった場所に駆け付けたとき、知らせに来たロイ様以外の誰もが倒れ、ピクリとも動いていなかった。

 衝動のままに祝福の力を使ったけど、間に合わなかったのかも知れない。力が足りなかったのかも知れない。

 

「リゼット」

 

 エリアーヌ様の手が、私の震える手を包むように重なった。

 

「誰も死んでないわ。リゼットがいたからよ」

「私が?」

「そうよ。リゼットが助けたのよ」

 

 エリアーヌ様が私の目を見て笑う。アナイスさんも微笑んで肯定した。

 役に立った嬉しさと、それ以上の安堵感が身体中に広がる。

 

「良かった」

 

 視界がぼやけ涙が溢れる。

 嬉しいはずなのに涙が止まらない。

 

「また、間に合わなかったと、思って。お母さんみたいに、皆様、倒れて。血が、いっぱい」

 

 草木の焦げた匂いの立ち込めるあの場所は、誰の血とも分からない程に地面が赤く染まっていた。

 とても恐かった。

 

「治したいって、それだけで」

「うんうん、リゼットが治したのよ!」

 

 また助けられないと思った。

 

「その後は目の前が真っ白になって」

「すっごい光だったそうよ! 近くの村にまで光の柱が見えたって聞いたわ! 私も見たかった!!」

 

 私の力がないせいで、死んでしまうと思った。

 

「でもすぐに意識がなくなって」

「力を使いすぎたの! 五日間も眠っていたのよ! それだけすごいことをしたってこと! 気にすることじゃないわ! みんなが虹色の聖女様は奇跡の聖女様だったって言ってるし、私は女神様だと思ってる!」

「そんな、私なんて」

「いいえ! 竜を倒して、みんな生きてて、これ以上のことがある!? すごいことよ! 素晴らしいことよ! もっと評価されて然るべきだわ! リゼットは奇跡の聖女様で、女神様で、これから伝説に」

「ゴホンッ」

 

 扉の向こうから咳払いがした。

 エリアーヌ様はハッとして両手で口を覆う。

 

「分かってる! 分かってるのよ! でも分かってるからと言って、できる訳ではないじゃない? ねえ、アナイス、そうでしょう?」

「えっ、ええ。はい」

「ね! そうよね! そうなのよ。分かってるのよ、私は。でも、でもね、リゼット。だって仕方ないじゃない? リゼットが起きたのよ! そして泣いてるの! あっ別にリゼットが悪いことなんて一つもなくて。リゼットは存在が素晴らしいから、特別なことをしなくても良いし、笑うと可愛いし」

「エリアーヌ様!」

 

 扉の向こうから声がした。ガスパル様だ!

 急に身なりが気になって前髪を手ですく。着ている白いワンピースはお気に入りだけど寝巻きだ。

 居心地の悪さを感じていると、アナイスさんがショールを肩にかけてくれた。それから髪を整えてくれる。

 お礼を言うと、微笑みが返ってきた。

 先ほどガスパル様に再び言葉を遮られたエリアーヌ様は、口を手で覆って固まったままだ。それからワナワナと震え出し、立ち上がる。

 私は黙って成り行きを見守る。涙はとっくに止まった。

 

「もう!! 黙って話を聞くなんて! 私に! できる訳! ないじゃない!!」

 

 エリアーヌ様は叫びながら扉の方へ向かい、何かを強く引っ張る。

 

「だからガスパルの役目って言ったでしょ! 適材適所!」

「いや、しかし女性の部屋に」

「お見舞いくらい良いでしょう!? きのうはユーグ様も来てたじゃない!」

「身分が違います。それにあの方は許される雰囲気というか、そう言うものを」

「良いから来なさい! 私は盛り上げ役! 賑やかし!」

「ご自分のこと理解しすぎです」

「うるさい! うるさい!」

「えいっ」

 

 扉の向こうからガスパル様が飛び出した。エリアーヌ様はバランスを崩し、転びそうになりながらも耐える。

 その二人の横から侍女のノミエさんが現れた。にこやかにティーワゴンを押している。

 エリアーヌ様とガスパル様は信じられないものを見る目でノミエさんを見る。

 

「今、押したわよね」

「押されました」

「リゼット様、お茶をお持ちしました」

 

 ノミエさんは何もなかったかのように私の側まで来て、私が目覚めたことを喜んだ。それから優雅な手つきでカップへお茶を注ぐ。

 

「お熱いですので、お気をつけください」

「あ、ありがとうございます」

 

 この空気の中、お茶を飲むべきか迷いながらカップを受け取る。

 どうして良いか分からないから、とりあえず息で少し冷ましてから口をつけた。

 お茶の香りが口いっぱいに広がって喉を通る。蜂蜜が入っていて甘い。お腹がじんわりと温かくなった。

 口や喉だけでなく、身体中が潤っていく。

 あ、喉が渇いてたんだ。

 もっと飲みたいけど、熱くて飲めない。

 息で冷ましているうちに、エリアーヌ様とガスパル様がアナイスさんの用意した椅子に座った。ガスパル様は居心地が悪そうだ。視線が泳いでいる。

 

「お食事はとれそうですか」

 

 ノミエさんに聞かれて、初めて気づいた。私、お腹が空いてる。

 急にお腹がぎゅうっと動く。鳴りそう。

 何か食べないと!


「食べたいです!」

「かしこまりました!」

 

 輝く笑顔のノミエさんがティーワゴンに乗っているクロッシュを取る。銀色の半球のカバーの下には食事が用意されていた。

 

「失礼いたします」

 

 アナイスさんがシーツの乱れを整え、ノミエさんが食事の乗ったトレーを私の膝の上に乗せる。マッシュポテトと薄切りのハム、それにポタージュだ。

 美味しそう。

 またお腹がぎゅうっと動く。急いでお祈りをして、フォークを握る。

 マッシュポテトを一口食べると、頬の内側がきゅっと痛くなった。

 ああ、美味しい。バターの香りが鼻に抜ける。


「五日ぶりのお食事です。ご無理のない範囲でお願いします」

「ふぁいっ」

 

 ノミエさんの忠告に、瞬発的に返事をしたら行儀の悪い声が出た。

 

 ぐうう、きゅるる。

 

 ついでにお腹が鳴った。

 飲み込む前にすくった二口目を、スプーンと一緒に皿に戻す。

 

「かっ可愛い」

「ゴホンッ」

 

 マッシュポテトだけを見つめ、ゆっくり咀しゃくして飲み込む。顔が上げられない。

 エリアーヌ様はなぜか喜んで、ガスパル様は気まずそうで、アナイスさんとノミエさんは微笑んでいる。

 見てないけど、多分そう。きっと合ってると思う。


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