吉報
また竜が鳴いた。
空気を裂いて悲鳴が駆ける。体が震えて耳を覆うことすらできない。今までで一番大きな声だ。
モルガン様が私の腕を掴み支えてくれる。馬車に寄りかかっていて良かった。歩いていたら、きっと支えられる前に倒れ込んでいた。
竜の辛く苦しい鳴き声が、空気に溶けるように消える。
高い笛の音が、短く二回、長く一回聞こえた。
合図だ。
「終わった、な」
見上げると、モルガン様はゆっくりと深くうなずいた。
戦闘が終わった。
そう理解する前に私は走り出した。
馬に飛び乗り、走らせる。
一緒に待機していた騎士様たちのざわめきや、モルガン様の叫び声が聞こえる。
ひとこと言うべきなのは分かっているけど、振り返ることもできない。時間が惜しい。すぐに行かないと。
あれは吉報の合図だった。つまり竜の討伐は成功した。
だけど、言いようのない不安が胸の奥にまだ沈んでいる。あの竜の悲鳴を聞いたからだろうか。
馬は飛ぶように駆ける。
途中、数頭の馬の側を通り過ぎた。きっと討伐隊が乗っていた馬だ。竜の近くまで行けなかったんだろう。討伐隊はこの先にいる。
しばらく行くと、何かが焼けた匂いがした。戦闘場所は近い。
馬の駆ける速さが落ちた。戦闘が終わっても、竜は恐いのかもしれない。
この馬は、討伐が失敗した時に私が逃げられるように用意された。慣らす為に何度か乗り、気持ちも少しなら分かる。
先に進みたくないのか、もう一段遅くなる。これ以上、無理をさせたら可哀想だ。
「ごめんなさい。ありがとう」
たてがみをなでると、ブルルルと小さく鳴いた。もうほとんど常歩で、駆けていない。
止めようと手綱を引く前に、馬は急に止まった。
向かいから一人の騎士様が歩いて来る。顔も体も血だらけで、布で縛られた左足を引きずっている。
「大丈夫ですか!」
「せいじょ、しゃま」
「お話は後です。治療します」
騎士様は口の中を切ったのか、声がか細く滑舌も悪い。それでも口を動かし何か伝えようとするから、きっぱりと止めた。
手をかざして祈る。騎士様の顔の腫れが引き、傾いた体がまっすぐになる。
騎士様は袖で顔の血を拭い、眉間に皺を寄せた。
「ありがとうございます。あのっ、急ぎ皆の元へ行っていただけませんか」
「もちろんです。その為に参りました」
「ああ、ありがとうございます」
私の返答を聞いて、騎士様は涙ぐみながら再びお礼を言った。
「リゼット!」
誰かに名前を呼ばれ振り返ると、馬に乗ったモルガン様がいた。大きな右手を私の前に出している。その手を掴むと引き上げられ、モルガン様の前に座らされた。
「ロイ、この先だな」
「はい!」
モルガン様は騎士様に確認を取ると、すぐに馬を走らせた。
私が乗って来た馬とは違い、よどみなく軽快に駆ける。
「竜が恐くないんでしょうか」
「こいつは豪胆だからな。死地に近いほどやる気を出す」
「強いんですね」
すぐに足がすくむ私とは大違いだ。今も本当は恐ろしくて仕方がない。なぜここまで来れたのか、自分でも不思議なくらいだ。
私がたてがみをなでると、馬はさらに速くなる。
頭の上でモルガン様が笑った。
「さっきも馬に加護を与えたろう。追いつけないかと思ったぞ」
「えっ? あ、すみません」
「気づいてなかったのか」
無意識で馬に加護を与えていたらしい。思い返せばいつもより速かった気がする。
「無理をさせたんじゃ……」
「大丈夫だろう。こいつも生き生きしている」
モルガン様の言葉にホッとすると、目の前がひらけた。
木々が黒く焼け落ち、地面が焦がされ、そこに騎士様たちが倒れている。
小さなうめき声と、焦げた匂い。そして血の匂い。
誰もが倒れ、血で赤く染まっている。
私は駆け出した。
いつ馬から降りたのか分からないほど記憶が曖昧で、でも光景は鮮明だった。
走りながら両手を上げ、強く強く祈る。
「お願い!!!」
見たこともないまぶしい光が一面を照らす。
虹色の輝きが私を中心に広がった。
死なないで。
今の私なら治せる。
お母さんみたいに死なせない。
助けるんだ。
お願い、お願い。
目の前が光で真っ白になったあと、私は意識がなくなった。
最後に見たのは、ゆっくりと起き上がる騎士様たちと、静かに目を閉じる得体の知れない大きな何かだった。




