竜の咆哮
ユーグ様の槍は白い。
この祈りの槍は初代の英雄が女神様から授けられたと言われている。刃は加工が難しいアルクス石、短めの柄は木目の美しい白木だ。光沢のある白い木材で、人の住む地には生えない特別な木だと言われている。
祈りの槍への加護は初めてだ。この槍はずっと王宮の一室で大切に保管されていた。
触れて、祈りを込める。あたたかい風と光が槍を包むようにこぼれ、刃が虹色に輝いた。
私は祈り終わると同時に顔を上げる。目の前のユーグ様も驚いた様子で私を見返した。お互い何も言わず視線を戻して、祈りの槍を凝視する。
「光ってるね」
「はい、虹色です」
強い輝きはすぐに消えたけど、今も淡く光っている。
「銀色の英雄の槍と同じだ」
「虹色の槍は深き黒の竜の胸を突き、ですよね」
「竜の心臓たる核に傷をつけた、だね」
私が建国物語の一節を暗誦すると、ユーグ様が続いた。
祈りの槍は銀色の英雄から受け継がれ、歴代の英雄が竜討伐に使用している。
だけど、虹色の槍と形容されるのは銀色の英雄の時だけだ。二代目も三代目も四代目も、文献には祈りの槍とだけ書かれていた。もちろん、題材にした小説などの物語も虹色の槍じゃなくて祈りの槍だ。
「やっぱりリゼットは始まりの聖女と同等の力があるんだなあ」
「そんなことは……」
ないです、と否定できなかった。
私はただの依代で、女神様の代わりに祈りの力を発動しているだけだ。歴代の聖女様のように苦難や困難がなく、安全な場所でできることをしているにすぎない。
自分の力ではないから、謙遜することさえはばかられる。
「また難しく考えてる? 始まりの聖女と同じことができるなんて、私ってすごーい!くらい思って良いんだよ?」
「ええっと、ありがたいことです」
「かたい!」
何と言われても、自分がすごいなんて全く思えないんだから仕方ないと思う。
すごいのは女神様の力と、これから戦いに行く騎士の皆様だ。
ユーグ様の左手を取り祈る。
私の中にある女神様の力が、残すところなくユーグ様へ流れ、ユーグ様の助力となりますように。
「おおっすごい! 今までで一番力が湧いてくる!」
ユーグ様は自分の手を握ったり開いたりしながら嬉しそうに笑う。すると、他の騎士様たちが駆け寄ってきた。
「なんか今回の加護やばいよな!」
「前からリゼット様の加護はすげえって思ってたけど、もっとすげえのがあるんだなあ」
「やばいとかすげえとか、お前らは馬鹿か。もう少し頭の良い話し方をしろ。リゼット様に聞かせたくない」
「ヴァレリーさんには言われたくないです」
一人の騎士様の言葉に、周りにいた騎士様たちが一斉にうなずいた。
「あいつらずっと騒がしかったな」
モルガン様と私はユーグ様たちのいる方向を見た。そろそろ竜のいる谷に着いたかな。もう戦闘は始まってかもしれない。
「そんな顔するな。大丈夫だ。上手くいく」
「そうですね。必ず上手く、いきますよね」
私ができることは終わった。
あとは、騎士様たちが竜を翻弄したり、傷つけたり、隙を作ったりして、最後にユーグ様がトドメを刺して終わりだ。
そうしたら竜は再び自己回復のために全身を硬化させて、長い眠りにつく。数百年は竜の脅威のない時代が来て、目覚めの時にまた聖女が現れ英雄が立つ。
千二百年前から続く竜との戦闘は、今回で五度目になる。きっと遠い未来も、今までのように竜との戦闘が続いていく。
「いつまで続くんだろう」
「ん? そうだなあ、昼過ぎには終わるんじゃないか。あまり長いとあいつらの体力が持たない」
私の独り言が聞こえたらしく、モルガン様は戦闘時間について教えてくれた。それから騎士様たちの特性を踏まえて、陣形や作戦などを細かく説明される。言葉をはさむ隙間がなくて、違うとは言えないままモルガン様の説明を聞く。
「あいつは縦にも横にもでかいんだか、どうしてか身のこなしが軽いんだ。ヴァレリーと連携を取らせたら上手い。竜が尾を振る時にはやや前屈みになるそうだ。そう言う細かな違いが分かるのが……」
話は長く続いた。でも分かりやすくて面白いから全く嫌じゃない。それに、モルガン様が騎士様たちのことをとても大切に思っていることがよく分かる。
モルガン様は話に区切りがついたのか、一呼吸おいて遠くを見た。
「対竜を想定してずっと訓練してきたんだ。誰も欠けずに戻って来る」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、モルガン様はニカッと笑った。
私は、そうですねと強くうなずいた。
乗ってきた馬車の周りを歩いたり、そこらの岩に座ったり、時々馬車の中に入ったりして時が過ぎるのを待つ。待つことしかできない時間が落ち着かない。
時おり聞こえる竜の咆哮が、不安に拍車をかけた。
うろうろと歩き回るのやめて、馬車に寄りかかる。戦闘終了の合図はまだ鳴らない。
太陽が真上を過ぎて、小さな雲の後ろに隠れた。足元に影ができ、辺りが少し暗くなる。
そして十秒ほどで日が差し始め、道が照らされる。
竜が鳴いた。
「リゼット」
いつの間にか横にモルガン様が立っていた。心なしか顔色が悪い。
「今までと違う鳴き方だった」
「はい。苦しそうな、切迫感のある声でした」
「終わったんだろうか」
「でも合図がありません」
竜のいる方向へ意識を向ける。風の音すらしない。モルガン様の衣擦れの音が大きく耳に届く。
何かが起きている気がした。良いことなのか、悪いことなのか。最善と最悪が頭の中をめぐる。
竜はなぜ灰色の谷から離れないのでしょう。
そう言ったのはガスパル様だった。
エストリラのお屋敷の庭で、エリアーヌ様と英雄と聖女の話をしていた時だ。
庭師さんに許可をもらって作っていた花冠は、もうほとんど出来上がっていた。
「逃げる前に英雄が来るんじゃない?」
「二代目の時は周りの街や村を焼いた後も竜は灰色の谷へ帰ってます」
「そうだったかしら」
エリアーヌ様は興味がなさそうに返事をして、私の頭にできたばかりの花冠を乗せた。
「うん、リゼットには白い花が似合うわ。ガスパルは変なことを考えるわね。竜の考えてることなんて、いくら想像しても答えが出ないじゃない」
「答えがないから想像するんですよ」
「それも分からなくはないけど、自分で確かめる術がないなら私は嫌だわ。そんな時間があるなら、もっと有意義なことで頭を使いたいわね。黄色の花も似合うから、それも作りましょ」
「有意義なことって何ですか」
「リゼットの手にはどの花が似合うか、よ」
「なるほど、確かに有意義です」
二人がああでもない、こうでもないと花を吟味している。
私は全身花だらけになりながら、有意義ではない竜について考えた。
英雄と聖女のことは幼い頃から憧れと共に空想していた。でも竜のことはこの時が初めてだった。
エタンセル王国の敵、物語の悪役。
竜は人を食べることがほとんどない。それならなぜ山を焼き、村を焼くのか。
「まあ、そうね。私が竜なら英雄が来る灰色の谷なんか捨てて旅に出るわ。だって竜には翼があるじゃない? 空を飛んで知らないところへ行けるなんて素敵だわ」
私の手首に黄色とピンクの花で作ったブレスレットをつけながら、エリアーヌ様はほほえんだ。




