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約束

「もう遅いから寝るぞ」

 

 モルガン様の一言で食事の時間は終わった。皆それぞれ部屋へ戻り、明後日へ向けて体を休める。

 私はユーグ様とヴァレリー様に送られて部屋の前まで来た。一人でも大丈夫だと思うけど、そう言う問題ではないらしい。

 

「リゼット様、先ほどの約束を覚えていますか」

「神殿で食事をすることですね」

「とても楽しみにしています」

 

 ヴァレリー様は落ち着いた声音で念を押して、それからにこりと微笑んだ。

 好意を向けられて嬉しい。私も自然と笑顔になる。

 

「私も楽しみで、す?」

 

 言い終わる前に不安が込み上げた。ヴァレリー様と約束をして良いのだろうか。

 私の不安がうつったのか、ヴァレリー様の顔色がどんどん悪くなる。

 

「えっ!? リリリリゼット様!!?」

「リゼット、さすがにヴァレリーさんのこと面倒になった?」

「いいえ、違うんです! ヴァレリー様のことは時々戸惑いますが、面倒とかそう言うのはないです。大丈夫です!」

「ううう、良かった」

「ええっ、他に理由なんてある?」

 

 ヴァレリー様はこぼれかけた涙を拭う。

 その隣でユーグ様が腕を組んで考え込み、ヴァレリー様に対してかなり失礼なことをつぶやいている。

 怒ってるんじゃないかと、チラリとヴァレリー様の様子をうかがう。確実に聞こえてるはずなのに、特に気にしていないらしい。私と目が合うと、感激したふうに頬を赤らめたあと満面の笑顔で手を振った。

 こんなに近くにいるのに。不思議に思いながら私も手を振り返す。

 

「ユーグ! 見たか! リゼット様が!!」

「はいはい、見えてますよ。反応が返ってきたからって僕を叩かないでください。そう言う所がダメなんじゃないですか」

「えっ……」

 

 ヴァレリー様の笑顔が消えた。たちまち目に涙が浮かぶ。

 

「そう、なんでしょうか」

「いいえ! 先ほども言ったように、本当に大丈夫です」

「でも一緒に食事するのは嫌なんでしょ?」

「ユーグ様!」

「ややややっぱり!」

 

 私が否定しても、ユーグ様は笑顔で追い討ちをかける。ヴァレリー様の顔が青ざめ、絶望感がただよう。

 早く否定しないと、ヴァレリー様が死にそうだ。

 

「違います! 神殿の食事は少ないので満足していただけるか不安ですし、それに本当に私で良いのか自信がないんです!」


 命をかけて戦う人と、安全な場所で祈るだけの私。どう考えても隣に座って食事をする立場ではない。

 竜の討伐が終われば聖女の役割なんてないに等しい。ユーグ様とヴァレリー様は貴族で、私は平民だ。身分が違いすぎるし、第二王子の婚約者と言う立派な肩書は不敬にも捨てようとしている。

 恐る恐る二人を見ると、きょとんとしたあと、にこやかに笑った。

 

「良かったですね、ヴァレリーさん。嫌われてなさそうですよ」

「ああ、本当に良かった」

「えっ」

「ねえ、リゼット。神殿の食事が足りなかったら、街に出るのはどう? 今日みたいに屋台で買っても良いし、カフェでゆっくりするのも楽しそうだよ」

「最高じゃないか、ユーグ!」

「ええっ」

「僕たちはリゼットだから良いんだよ。お互い色んな立場があるけど、リゼットと食事したり出かけたりしたいんだ」

「うんうん、たまには良いことを言うな」

「えええっ。いやでも、あの、本当の本当に、私で良いんですか」

「もちろん!」

「もちろんです!」

「ありがとう、ございます」

 

 嬉しくてくすぐったくて、自然と口角が上がる。聖女になったから出会えたお二人だけど、聖女としてだけでなく、私を見てくれている。

 

「あのっそれなら、街へ出た時にお二人に贈り物をして良いでしょうか。今日のお返しができていません」

 

 レースのリボンと刺繍入りのハンカチをいただいたのに、私は受け取っただけで何もしていない。昼食代だって払っていない。

 

「気にしなくて良いのに」

「りりりリゼット様から贈り物!!」

「ぜひお返しさせてください」

「分かった。楽しみにしてる」

「家宝にします」

 

 ずっと心苦しく思っていたから、了承を得てほっとする。お二人に何を贈ろう。使い道がなくてそれなりに給金が貯まっている。きっと良い物が買えるはずだ。

 

「プレゼントをもらったらエリアーヌ嬢に自慢しよ」

「ちょっと待て、ユーグ。それはもしかしてエストリラ伯爵のご令嬢か」

「そうですよ」

「リゼット様と仲が良い方じゃないか! なんでユーグと仲が良いんだ!」

「リゼットの紹介で会ったことがあるからですよ」

「ずるいいいい!!」

「あははは。さすがにどん引きです、ヴァレリーさん」

 

 ユーグ様とヴァレリー様のやりとりが楽しくて面白い。笑っていると、そんな私を見たお二人がさらに笑った。

 

 

 

 三日後、私は死んだ山の中腹にいた。

 “死んだ山”は一つじゃない。灰色の谷のまわりにある山々を全てそう呼ぶ。深き黒の竜が黒い炎で焼いた山々は、千二百年経って木々が成長しても人や動物がほとんど寄りつかない。竜がいるからだ。

 騎士団は竜へ続く道として死んだ山をほんの一部だけ管理している。

 私はその道の途中で馬車から降り、騎士様に加護を与える。重たい空気の中、一人一人に願いを込める。六人に祈り終わり、残りは二人となった。

 真剣な顔をしたヴァレリー様が剣を差し出す。私は剣にそっと触れて加護を、そしてヴァレリー様の手を両手で包みヴァレリー様にも加護を与える。

 触れなくても祈れるようになったけど、触った方がより強い加護になる。

 どうかどうか、竜を倒せますように。無事に帰ってきますように。

 祈りは風を起こし、光となって、ヴァレリー様の中に溶けた。

 

「ありがとうございます」

「ご武運を」

「リゼット様との約束があるので、必ず帰ります」

「はい」

 

 これからを思うと顔が暗くなる。でもヴァレリー様がいつも通り笑うから、私も笑顔で答えた。

 私たちの会話を聞いて、始めに加護を祈った騎士様が近づいてくる。

 

「約束って何ですか」

「リゼット様と食事をするんだ」

「ええっ、うらやましい!」

 

 騎士様がキラキラした目で私を見て、大きく右手を挙げる。

 

「俺も行って良いですか」

「あ、ボクも行きたい」

「おれも」

「駄目だ!!」

 

 ヴァレリー様がすごい剣幕で叫んだ。

 横暴だとか勝手だとか口々に言われても、ヴァレリー様は首を縦に振らない。

 

「神殿での食事の約束だ。大人数で押しかけたら迷惑だろう」

「うぐ。ヴァレリーさんが最もらしいことを言ってる」

「絶対それが理由じゃないのに、反論できない」


 騎士様たちがしぶしぶ引き下がる中、ユーグ様が前に出てくる。

 

「それならリゼットが騎士団で食事するのは?」

「なんだそれ!」

「ユーグ、お前、天才か」

「はいはいはい! リゼット様の隣の席が良いです!」

「俺も!」

「駄目だ! 隣はあたしだ!」

「じゃあ、向かいはボクで」

 

 互いに引き下がらない騎士様たちを尻目に、ユーグ様は私の前に槍を出した。

 

「リゼットは人気者だね」

「物珍しくて面白いんだと思います」

 

 騎士の皆様は立っているだけで絵になる。体が引き締まっているし、武術に優れているから姿勢も良い。とても都会的で洗練されている。

 対する私は筋肉がなくてヒョロヒョロだ。街にほとんど出ないせいか、首都に住んで五年経っても田舎者の雰囲気が抜けない。

 騎士団にいないタイプで珍しいんだろうな。

 

「違うと思うよ」

「えっ」

「リゼットが何を考えたか分からないけど、違うと思う」

 

 ユーグ様が二回言った。

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