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戦う人

「これももう良いのか」

「お願いします」

 

 いっぱいになったお腹をさする手を止めて、モルガン様にパンの入った皿を渡す。モルガン様は遠慮がちな顔をしながら、どこか嬉しそうだ。

 四人がけテーブルには私の右側にモルガン様、左側にユーグ様、向かいにヴァレリー様が座っている。賑やかな夕食の時間はあっという間に過ぎて、料理はほぼ残っていない。

 初めに口をつけたアスパラのポタージュは飲み切った。大皿のサラダは、取り分けてくださったヴァレリー様にお願いして量を減らしてもらった。鶏肉のソテーは食べる前にユーグ様に半分引き取ってもらい、宿の名物牛ほほ肉の煮込みは二口分だけ小皿によけて食べた。残りの煮込みは別のテーブルの騎士様たちが争奪戦をしていた。

 他にも何皿か出されたけど、食べられないことを伝えるとすぐに下げられた。多分誰かが代わりに食べてくれたんだと思う。

 

「皆様、本当によく召し上がりますね」

「リゼットが少食すぎるんだよ」

「体調が優れませんか。お休みされますか」

「これでも普段より多く食べてるくらいです」

 

 ユーグ様とヴァレリー様に心配ないと伝える。ユーグ様は確かにと軽くうなずいた。でもヴァレリー様は心配そうにまだ眉をひそめている。

 

「まあ、神殿の食事は量も品数も少ないからなあ」

 

 モルガン様が昔を懐かしむようにつぶやいたあと、グラスのワインを飲み干した。

 私が渡したパンはもうどこにも見当たらない。多分、ワインと一緒にモルガン様のお腹へ消えたんだろう。モルガン様はヴァレリー様の前にあるチーズとハムの乗った皿を取ろうと身を乗り出した。

 ヴァレリー様は目の前の皿をモルガン様に渡しながら私に視線を合わせる。

 

「リゼット様、そうなのですか」

「はい。パンとスープ、それにメイン料理と時々副菜一品です」

「そ、それだけ? ああ、パンが大きいのですね!」

「こちらのお店のパンより一回り小さいです」

「それを食べ放題ですか」

「一人一つです」

「なるほど、大きいのはメイン料理ですね」

「先ほどの鶏肉のソテーだと三分の二、牛歩の肉の煮込みだと半分の量です」

「では副菜が」

「副菜と言っても、ブロッコリーの塩茹でやアスパラのグリルなので、メインの添え物に近いです」

「ううう、おいたわしい」

 

 哀れむヴァレリー様の瞳に涙が浮かぶ。今にもこぼれ落ちそうにきらりと光る。

 

「本当に大丈夫です! それほど動くこともありませんし、祈りの力は体力や気力を使いません。本当に足りてるんです」

「そうなの、ですか」

「俺は足りなかったから、街で買ったパンなんかを部屋で食べてたな」

「僕も後で何か食べてるよ」

「モルガン様、ユーグ様、話をややこしくしないでください!」

「そうは言っても、育ち盛りには少ないだろう」

「神官の中にも買って食べる人いるでしょ」

「それは……いますけど」

 

 残った料理をおかわりする人もいるし、モルガン様のように買い食いする人もいる。特に男の神官は食事の量が少なくて困っていた。

 神殿の運営は権威の割にではない。治療費や祈祷料などは身分ごとに料金が決まっていて、貴族相手でも比較的安価に請け負っている。聖女である私がいることで国からの予算と寄付が増えた。それでも食事内容は変わらなかったらしい。ただ給料は良い。


「ずるい!!」

 

 テーブルを叩く音と共にヴァレリー様が叫んだ。

 

「副団長は元神官で神殿に住んでいたから分かる! でもユーグはなぜ神殿の食事を食べたことがあるんだ!」

「リゼットに話があったから、一緒に食事したんですよ」

「リリリリゼット様と神殿で食事!! もっとずるい!!!」

 

 ヴァレリー様の目から涙がこぼれる。

 

「ヴァレリーさん、泣くほどですか」

「そんなんだからリゼットに会わせたくなかったんだよ」

「ずるいいいいい」

「ヴァレリー様、いま話したように量も品数も少ないです。ご期待に添えるようなものではありません」

「でも味は良いよね。何食べても美味しい」

「ユーグ様のお口に合ったんですね。給仕の皆様にお伝えして良いですか。きっと喜びます」

「もちろん。あ、そう言えば前にリゼットも美味しいって言ってたよね」

「はい! なので毎日楽しみなんです」

「ううう」

 

 ヴァレリー様はしばらくうめいた後、羨ましいと絞り出した。

 

「リゼット、すまんな。面倒臭い奴なんだが腕は確かなんだ」

「リゼットが関わらないと、ほどほどにまともなんだよ」

「だ、大丈夫です。少しですが慣れてきました」

  

 モルガン様とユーグ様の辛辣な発言に戸惑いながらも素直に答える。

 チラリとヴァレリー様を見た。聞こえなかったのか気にしてないのか、変わらずにずるいと羨ましいを繰り返している。

 すると目が合った。

 

「リゼット様」

「はい」

「リゼット様と一緒に神殿で食事したいです」

「はい、よろしくお願いします」

「やったあああ!!! ユーグ! さっさと竜を倒して帰るぞ!!」

「言われなくてもそのつもりですけど、ヴァレリーさんの為に頑張るのはなんか嫌です」

「あたしは早く帰れればなんでも良い」

「えっ、灰色の谷へ着くのは明後日ですよね」

 

 今すぐに討伐へ向かいそうな二人に不安を覚え、モルガン様に確認を取る。モルガン様は合ってる、と肯定してくれた。

 

「ただの意気込みだから気にしなくて良い」

「はあ、分かりました」

 

 モルガン様が気にしなくて良いと言うなら、そうなんだろう。

 どうすれば早く帰れるかを話す二人の表情が、次第に真剣なものへ変わっていく。どうすれば竜を倒せるか。どう動けば効果的に攻撃できるか。

 見たこともない相手は物語の中でしか知らない。とにかく大きいと聞く。全身が黒く、黒い炎を吐き、大きな翼で飛ぶ。爪が鋭く、振り回した尾に当たると即死することもある。

 起きたばかりの竜はまだ上手く飛べないはずで、動きも早いとは言えないらしい。それでも人間よりは高く飛べるだろうし、爪や尾は恐ろしいものに違いない。

 他のテーブルにいた騎士様がユーグ様とヴァレリー様の後ろに集まってきた。それぞれの得意を挙げ、連携の取り方をいくつも話し合う。

 

「竜の動き方なんて分からないからな。いくらでも予測すると良い」

 

 モルガン様の説明を聞きながら、自分だけが騎士様たちの輪の中にいないことを実感する。

 討伐に参加しない騎士様もいる。でも私とは違う。

 騎士様は皆戦う人で、私だけが守られる人だ。

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