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実力の差

 しばらく歩くと小さな広場へ出た。露店の数が多く、休憩できる場所が適度にある。その為、人も多い。

 

「お嬢様、休憩しない?」

 

 ユーグ様は親子が立ち去ったばかりのベンチを指差した。いつのまに買ったのか、左手に飲み物を持っている。

 促されるままベンチに座ると、ユーグ様はかがんで私と目線を合わせた。

 

「オレンジとりんごどっちが良い?」

「りんご、でしょうか」

「やっぱり! はい、りんごジュース」

 

 ユーグ様から飲み物を受け取る。爽やかで甘いりんごの香りがした。

 

「ありがとうございます。……あっ、支払い!」

「いいよ。勝手に買ってきた物だし、気にしない気にしない。じゃ、僕も何か買ってくる」

 

 リボンを贈られたばかりなのにジュースまでもらってしまった。ユーグ様は金色の英雄で、公爵家の人で、命をかけて竜と戦う人なのに、ユーグ様から受け取る好意が多すぎる。

 

「あの」

「あたしのは?」

 

 呼び止めようとした声がヴァレリー様の声と重なる。私の声は届かなかったようで、ユーグ様はヴァレリー様の方へ振り返った。

 

「ヴァレリーさんは僕が買った後に好きな物を買いに行けば良いですよ」

「お嬢様と同じりんごジュースで」

「ええ!? 話を聞いてました?」

「話は聞いた。それで?」

「ああ、はいはい。分かりました」

 

 話終わる前にユーグ様は向きを変え、片手をひらひら上げて露店の方へ歩き始める。私は声をかけるタイミングを見失い、人混みに消えるユーグ様の背中を見送った。

 

「あれは好きでしていますから、気にしないで大丈夫です」

 

 ヴァレリー様は私の隣に座り、にこりと微笑んだ。

 あれとはユーグ様のことだろうか。それともユーグ様が贈り物をすることだろうか。考えあぐねていると、ヴァレリー様は笑みを深めた。

 

「お嬢様を妹のように思っているのでしょう。ユーグは末っ子なので、世話を焼くのが楽しいんですよ」

「兄妹とはそう言うものなのですか。私は一人っ子なので分かりません」

「兄妹だからと一括りにできるものではありませんが、ユーグがお嬢様を妹のように思っているのは確かです。礼を言って受け取っておけば良いんですよ。その方がユーグは喜びます」

「ヴァレリー様とユーグ様は仲が良いのですね」

「幼い頃から知っていますから。かく言う私もユーグを歳の離れた弟のように思っています。しかし、昨年竜の討伐を一年後にすると言い出した時は殴ってやろうと思いました。あ、違いました。実際殴りましたね」

 

 握り拳を自分の頬に当てて、いたずらっぽくヴァレリー様は笑った。

 

「ユーグと違って私の騎士としてのピークは過ぎてるんですよ。絶対に討伐部隊に入ってやる、その気持ちだけでこの一年鍛え続けました。弟だけに良い格好はさせられませんからね」

 

 エタンセル王国の中で最高の実力を持つ騎士団。それから更に選び抜かれた竜討伐部隊。ヴァレリー様はその中に入ってるのか。

 四日後、竜の黒い体にヴァレリー様の刃の切先は届くだろうか。竜の鋭い爪はヴァレリー様を傷つけないだろうか。

 私は頭を振って想像した最悪な未来を追い出した。これは自らの意思で戦う人への侮辱だ。

 私は笑顔を作り、明るい声で笑う。

 

「ふふふ。それでは、ヴァレリー様は私のお姉様ですね」

「えっ!?」

「ヴァレリー様の弟がユーグ様で、ユーグ様の妹が私なら、私はヴァレリー様の妹です」

「わ、わたくしが、おじょう、さまの、姉! 家族! うっ、うわあああ!! 死んでも良い!!」

「死んじゃダメです!!」

「はい! お嬢様がそう望むなら!!」

 

 喜びに満ちた表情に、よく通る声で言い切られる。エリアーヌ様と似ていると思っていたけど、それ以上かもしれない。

 ただ、ヴァレリー様は聖女に好意的なのであって、私にではない。

 馬車の中で歌劇の影響で騎士になったと言っていた。ヴァレリー様の思い描く聖女像に少しでも外れたら、これほど好意的に接してくださらないはずだ。

 

「ヴァレリー様。ご期待に添えるよう、もっと精進します」

「何をですか」

 

 何を、と言われてしまった。確かに何を頑張れば良いんだろう。

 よし、分からないことは聞く! おばあちゃんも先生方も言っていた。

 

「もっと聖女らしくなるには、どうすれば良いですか」

「お嬢様は存在が尊いので、息をするだけで虹色の光が見えます」

「へっ?」

 

 思わず変な声が出た。今までで一番理解できない。

 息をするってことは生きてる内はずっとってことだよね。虹色の光は聖女の象徴だから、つまり。

 

「自分の役割を日々果たし片時も忘れるな、と言うことですね」

「は?」

 

 端正な顔はそのままで、ヴァレリー様は困惑した顔で固まった。

 その姿を見て私も動けなくなる。きっと的外れなことを言ったんだ。いつから? どこから?

 

「二人とも何してんの」

 

 声の方を振り向くと、紙袋を抱えたユーグ様が立っていた。

 

「なんとなく想像はつくけど」


 そう言って、ユーグ様は紙袋から飲み物を取り出す。

 

「ヴァレリーさんのお嬢様への言動は常識の枠を外れてるんですから、少しは自重してください。はい、りんごジュース」

「お嬢様の素晴らしさを思えば、かなり控えめな表現だ」

 

 ため息ひとつ落として、ユーグ様は私に向き直る。

 

「お嬢様は今のままで充分だし、お嬢様だから好かれてるんだよ」

 

 真剣な眼差しを向けられてドキリとする。ユーグ様は怒っていない。でも私は叱られているんだ。

 レース編みに夢中になっておばあちゃんによく注意された記憶が、鮮明によみがえった。あの呆れた物言いの小言。あれには私を思いやる温かさがあった。

 ユーグ様の目はすぐにいつもの柔和なものになり、明るい笑顔に変わった。

 

「色々買ってきたから、お嬢様が一番に好きなの選んで良いよ」

 

 そう言ってユーグ様は次々と紙袋から食べ物を取り出し始めた。

 

「こっちは焼いた羊肉をパンに挟んだやつで、こっちはベーコンとソーセージの串焼き。それからチーズの盛り合わせと、パンを数種類。バターたっぷりのと、ナッツ盛りだくさんのと、噛みごたえがあるのと、小さいの、どれが良い?」

「えっと、じゃあ小さいので」

「他にも気になるのがあったら言って。一口だけでも良いよ。宿のご飯美味しいから、満腹になっても困るし」

「えっ、夕食が出るんでふか」

「かっ可愛いいいい」

 

 パンを口に含んでいるから少し噛んだ。もごもご咀嚼してりんごジュースで飲み込む。

 隣から聞こえたつぶやきは黙殺する。

 

「こんなに買って大丈夫ですか」

「大丈夫だよ」

「宿の夕食もあるんですよね」

「お嬢様は宿のご飯が気になりますか。あそこは羊肉のシチューが絶品ですよ」

「食べ切れ、ますか」

「僕一人でも食べられるけど、ヴァレリーさんもいるから余裕だね」

「余裕です!」

 

 神殿で神官様たちと食べる食事はパンとスープとメインだけ。あれで満腹な私には考えられない食欲だ。

 

「次はどれ食べる?」

「チーズは白カビと青カビどちらがお好きですか。ハードチーズもありますよ」

 

 この二人に勧められるまま食べたら危ない。

 実力の差をひしひしと感じながら、チーズを二種類とベーコンを一口食べた。

 それでも夕食は半分残し、残した料理は気付けば誰かが平らげていた。

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