散策をしよう
用意された部屋に荷物を置くと、私はベッドに腰かけた。
案内された時に狭い部屋だと聞いたけど、そんなことはなかった。充分すぎるくらい広い。
「私一人だけなんだから、もっと狭くて良いのに」
座ったままベッドに倒れ込む。布団はふかふかでシーツはさらさらだ。机も椅子も細工が施され、カーテンには刺繍がされている。
聖女になって六年目になったのに、未だにブラン村にいた頃の感覚のままでいる。贅沢で高級な物は全て借り物のようで、私の物という実感がない。村の生活より街の生活が長くなったら慣れるのかな。
竜の討伐を終えて、婚約破棄をして、その後は何をしよう。
大神殿に住んでても良いなら、このまま住みたい。でも王宮に隣接する大神殿に居続けるのは、婚約破棄が成功したら気まずい気がする。
エストリラ領地に、ブラン村に帰ろうかな。小さな村だから大騒ぎになりそう。家族は誰もいないけど、祖母と父母の墓守をしながら細々と暮らすのも悪くない。
目を閉じて、いくつかの案を思い描いては消していく。
これは逃避だ。三日後の竜討伐から目を背けているだけだ。
アドルフ様との結婚に希望を見出せなかった時は、竜討伐に対して恐怖より使命感が強かった。死んでも良いと思っていた。
「ふふふ」
我ながら自分勝手で虫が良すぎる。聖女のあり方として間違っている。
「聖女としての使命感だけじゃなかったんだ。逃避もあったんだ」
思考を無理に止めず、時々口に出す。目を背けたい気持ちも見つめて、受け止める。
ずるくて、弱くて、矛盾している。だけど、前の私よりずっと良い。
「よいしょ!」
勢いよく起き上がり、持ってきた服を引っ張り出す。襟付きのワンピースに着替え、短いジャケットに袖を通した。
竜討伐は三日後。今日できることはない。それなら今は楽しんでも良い。
両手で頬をムニッと引き上げる。私は口角を上げて、部屋を出た。
部屋のある三階から二階まで階段を降りると、普段着のユーグ様がいた。装飾が控えめで、貴族というより良家の青年風に見える。髪を布で隠していても、キラキラした美しさはそのままだ。
「やあ、リゼット」
「ユーグ様もお出かけですか」
「リゼットを誘いに来たんだよ」
「先約はあたしだ」
声の方を振り返ると、ヴァレリー様が腕を組んで立っていた。白いシャツに黒いズボン姿で、無造作に結んだ赤い髪がよく映えている。
「リゼット様は、あたしと、散策するんだ!」
「僕もまぜてください。リゼットの護衛だって一人より二人の方が良いですよね」
「それは、そうだけど……」
ヴァレリー様の言葉が詰まった。
「僕、強いですよ。とっても安全に散策できます。リゼットの安全が最優先でしょう?」
笑顔のユーグ様とは反対に、ヴァレリー様は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「うう、リゼット様。ユーグがいても良いでしょうか」
「あ、はい」
「ううう、リゼット様が良いというなら……」
ヴァレリー様は渋々という様子で了承した。
大通りは人が行き交い、活気のある声が響いている。
「お店がたくさんありますね」
いくつかの店が軒を連ね、食べ物や装飾の露店まで出ている。馬車の中から見た時よりも、賑わいがよく分かる。ブラン村とは全く違う。
私が目を瞬かせていると、ヴァレリー様がにこりと笑った。
「ハサイ村は交通の要衝です。なので村と言うより街に近いかもしれません」
「今日は討伐隊が泊まるから、更に人が集まってるよ。いつもより露店の数が多い」
ヴァレリーとユーグ様が私の両脇で説明してくれる。ブラン村と神殿のことしか分からない私には大変ありがたい。
「私たちがいると人が増えるんですか」
「リゼット様を一目見ようと、興味本位でハサイ村へ押しかけた者もいるでしょう。それだけ素晴らしい存在なのです」
「変なやつが入れないように警備を強化してるから安心して」
「はい」
ユーグ様が言うなら安心できる。
さっそく辺りをキョロキョロ見回す。店舗も露店もたくさんあって目移りしそうだ。
「気になる店はある? お嬢様」
「ユーグ様、お嬢様って何ですか!?」
「リゼットは有名だから正体を隠した方が良いかなと思って。誰にも負ける気はないけど、危険は少ない方が良いでしょ」
確かにそうだ。
私が危険な目に遭うと、ユーグ様とヴァレリー様に迷惑がかかる。私は納得して受け入れると、ヴァレリー様のつぶやきが聞こえた。
「良い。はあ、お嬢様……」
震えるほどかすかな声なのに、耳にはしっかり届いた。が、聞こえないことにした。
気を取り直して店を見ると、綺麗な宝石が目に入った。
「あれは何ですか」
「宝石のクズ石を加工した装飾品です」
「手頃な値段で庶民でも買えるから人気なんだよ」
「可愛いですね」
「お嬢様はどれがお好きですか。花を模した髪飾りは輝くような髪色に映えますし、小さなチャームのペンダントは胸元で揺れるたびに愛らしさが増しますし、シンプルなブレスレットは白く美しい手を更に魅力的にします」
ヴァレリー様が財布を握りしめて私を見る。瞳が露店に並んだ装飾品並みに輝いている。
色気のあるヴァレリー様のキラキラ笑顔がすごい。まぶしい。
だけど神官や聖女は金属や宝石を身につけられない。ヴァレリー様には申し訳ないけど受け取れない。
「私、どれも身につけられないです」
「あああ! そう、でした」
ヴァレリー様はキラキラの笑顔がみるみる消えて、しょんぼりと肩を落とした。その姿が幼い子供のようで可愛らしい。
くすくすと笑っていると、ユーグ様が隣の露店の商品を手に取った。
「それじゃあ、僕はこのリボンをプレゼントしようかな」
「ああ! ずるい! それならええっと、わたくしはこれを!!」
ユーグ様はレースのリボン、ヴァレリー様は刺繍入りのハンカチを差し出した。
「どちらも素敵ですが、私がいただく理由がありません」
「お嬢様に似合うと思ったから、僕がプレゼントしたいだけだよ」
「私の選んだものをお嬢様がお持ちになっている、そう思うだけで幸せになります」
「お嬢さん、モテモテだねえ」
露店の店主がニコニコと話に入ってくる。
「それで、買うのかい?」
店主の一言に顔が青くなる。他のお客さんがいたんだろう。店の邪魔をしてしまった。
「買います」
私が焦っていると、両脇から同時に声がした。ユーグ様とヴァレリー様は先ほど手に持っていたリボンとハンカチを店主に見せて支払いをする。
「お嬢さん綺麗だからどっちも似合うよ。おまけもつけよう」
購入したからか、元々怒っていなかったのか。店主は変わらない笑顔で私の手におまけを乗せた。
「うちの職人は腕が良いだろう。また来ておくれ」
私の手にはレース糸で編まれた小さな花が乗っていた。




