護衛の騎士様
首都アルゲントの大通りを馬に乗った騎士団と馬車がゆっくり進む。向かう先は深き黒の竜の住む灰色の谷だ。
列の先頭はユーグ様、副団長のモルガン様、それから二人の騎士様、その後ろに私の乗った箱馬車が行く。私の後ろにも馬乗りの騎士様が四人、そして数台の荷馬車が続いている。
人々の歓声が湧き、楽団の演奏が響く。
私は箱馬車の窓から街の様子をうかがった。国中の人が集まったかのように、通りを埋め尽くしている。
「聖女様だ!」
私に気付いた男性が叫んだ。その声に続いて歓声が大きくなる。
「聖女様!」
「リゼット様!」
口々に名前を呼ばれ、私は通りの人々に向けて手を振った。更に大きな歓声が湧く。どこからか国歌まで聞こえてきた。誰もが笑顔で私たちを見送っている。
建国の聖女と同等の祈りの力を持つとされる私と、銀色の英雄よりも強いと謳われるユーグ様。二人がいれば竜の討伐も必ず成功する。竜は封印され再び安寧の時がやってくる。人々はそう思っているんだろう。
「リゼット様、あまり顔をお出ししては危険です。聖女様を害する輩がいるとは思えませんが、万が一があります」
向かいに座る騎士様が私を優しくたしなめた。一回り以上歳が上の騎士様は私の護衛として同じ馬車に乗っている。
「すみません。気を付けます」
「ご理解いただき感謝いたします」
「いいえ、私が軽率でした。気になることがあれば、またお教えください」
「んっ」
騎士様が胸を押さえて唸った。端正な顔に、高めの位置で一つに束ねた赤髪がかかる。
凛とした眼差しのヴァレリー・ミラン様は同じ女性とは思えない色気がある。精悍な雰囲気に艶がにじむ。
「ミラン様! 大丈夫ですか!」
私は身を屈めてミラン様の顔色をうかがう。箱馬車の中はたいして広くはない。手を伸ばせば祈りの力で治すことができる。
表情を読み取ろうとしても揺れる馬車の中では上手くいかない。立ち上がろうと腰を浮かせた所で、ミラン様が手を挙げて制した。
「ミラン様!」
ミラン様は苦しそうに顔を歪め、かすれた声でつぶやいた。私の耳が小さな声を拾う。
「名前で、お呼びください」
「え?」
「名前で」
「ええっと、……ヴァレリー様?」
「はあああああ尊いっ!!」
声を殺して叫んだミラン様、改めヴァレリー様は恍惚な表情で箱馬車の天井を仰ぎ見た。
街道に出た竜討伐部隊は速度を上げた。ここから宿泊予定の村まで半日ほどかかる。
目の前のヴァレリー様はさっきのことが嘘のように静かに座っている。時おり私を見てため息をついたり、うっとりと微笑んだりする以外に変わった様子はない。
多分、嫌われてはいない。こんな反応は覚えがある。ふわふわな栗色の髪の伯爵令嬢の顔を思い出し、そっと頭を振った。一緒にしたらエリアーヌ様に怒られそうな気がする。
騎士様をしっかりと見ると、一瞬だけ目を泳がせて何事もなかったかのように微笑んだ。
「リゼット様、どうなさいましたか」
「あの、ヴァレリー様はどうして騎士になられたのですか」
「リ、リゼット様が、わたくしの、ことを、知りたい、と」
「すみません。お聞きしては行けないことでしたか」
「いいえ、とんでもございません! いくらでも話します!!」
「ありがとうございます!!」
勢いにつられて私まで大声が出た。自分の声の大きさに驚き、思わず口を両手で押さえる。
近頃エリアーヌ様たちと話していたからだ。ほぼ初対面の人に聖女らしくない振る舞いをしてしまった。これでは礼儀作法を教えてくださった先生に申し訳がない。恥ずかしい。
「すみません。大きな声を出しました」
「あああああ、耳まで赤いいい!」
ヴァレリー様は頬を染めて叫んだ。苦しそうな表情なのに、瞳に喜びが満ちている。
訳が分からないけど、私に好意を持ってくださっている、ように見える。可愛いとか美しいとか肯定的な言葉を連呼しながら、ヴァレリー様は拳を固く握っている。
「あの、勘違いだったらごめんなさい。もしかして私のこと、好意的に思ってくださっていますか」
「はい! 好きです!」
「あ、ありがとうございます」
ヴァレリー様は音もなく口をはくはくと動かした後、長く長く息をはく。
蹄の音が規則的に響き、石に乗り上げたのか馬車がガタリと揺れる。窓の外に目をやると、遠くに森が見えた。春になったばかりだと言うのに黄色の花が咲いている。
「リゼット様」
名前を呼ばれ視線を戻すと、ヴァレリー様が姿勢を正していた。
「失礼しました。以前よりお慕いしておりましたもので、自分でも感情が掴めないのです。お気を悪くされてはいませんでしょうか」
「大丈夫です。びっくりしましたが、ご好意を持ってくださるのは嬉しいです」
「ん、んん……」
ヴァレリー様は咳払いを一つして、再び話し始める。
「ありがとうございます。早く慣れるよう努めます。さて、わたくしが騎士になった理由ですが……」
「え、あっ、はい」
私が聞いたことなのに、すっかり忘れていた。誤魔化すために愛想笑いをしたら、んふうと小さい声を漏らしてヴァレリー様が悶えた。




