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馬車にゆられて

 その日は朝早くから大忙しだった。

 少しの荷物持って、私とおばあちゃんは迎えの馬車に乗った。生まれて初めての馬車は、思っていた以上に乗り心地が良い。

 領主様のお屋敷に着くと、エリアーヌ様監督のもと、私は次々に着飾られた。肩まで伸びた切りっぱなしの髪は、侍女さんたちが魔法みたいに結い上げてくれる。

 それから、神官様の服みたいにゆったりとしたローブを着た。すべすべした生地の服はいかにも高そうで緊張する。触り心地が良くて何度か指先で撫でたら、細かな刺繍に指先のひび割れが引っかかった。それからは恐くて触っていない。

 聖女や神官様は金属や宝石を身につけることを禁じられているから、豪華ではない。だけど、とってもキラキラしているように見える。私が私じゃないみたい。


「そろそろ行きましょう」


 エリアーヌ様が私に手を差し出した。

 私たちは手を繋いで部屋を出る。廊下に出ると、隣の部屋で待っていたおばあちゃんがちょうど部屋から出てきた。


「リゼット、可愛くしてもらったね」

「うん」


 おばあちゃんは笑っていたのに私はなぜか泣きそうで、隠すためにおばあちゃんに抱きついた。おばあちゃんが背中をぽんぽんしてくれる。


「さあ、みんなが待っているよ」


 私は聖女を待つ人々の所へ歩き出した。




 神官様がうちに来た12日後、私はブラン村を出た。これからは首都アルゲントで聖女として生活する。

 荷物はお母さんの形見のレース編み用のかぎ針と、おばあちゃん特製ポプリが入った瓶だけ詰めた。服も日用品も全部用意してくれるらしい。

 今着ているローブはエリアーヌ様が選んでくれた。ローブを選ぶエリアーヌ様はずっと無理して笑ってて、馬車を見送る時なんて今にも泣き出しそうで、私まで涙がこぼれそうだった。

 おばあちゃんが笑顔で「頑張っておいで」って言ったから、私は頑張って笑顔を作る。

 領主様やガスパル様、門番さん、村のみんな、たくさんの人が見送りに来た。聖女様!なんて言われるのを、人ごとみたいに聞きながら、私は馬車に乗った。


 馬車には始め、一人で乗っていた。

 街を出て私の知らない景色になった頃、涙がこぼれた。綺麗なローブを汚すのは申し訳なくて、急いでエリアーヌ様が用意してくれた小物袋からハンカチを取り出す。ハンカチにはライラックの花の刺繍がされていた。

 涙が止まらなくなった。


 太陽が真上に昇る頃、知らない街に入ってご飯を食べた。

 案内役のリュカ様、二人の侍女さん、護衛の人たち、みんなが私を気遣ってくれる。誰も積極的に話かけて来ないけど、私が過ごしやすいように気にかけてくれた。その頃には私の涙はすっかり乾いて、寂しい気持ちが少し落ち着いていた。

 馬車に乗る時、リュカ様に声をかけられた。


「これからご一緒してもよろしいですか」

「はい。もちろんです」


 リュカ様はにこっと笑い、馬車に乗る私をエスコートする。


「あっありがとうございます」


 私はどぎまぎしながらリュカ様の手を取り、馬車に乗り込んだ。

 リュカ様は私の隣に座った。


「リゼット様、本当にありがとうございます」

「え?」

「大神殿へお越しくださること、聖女となる決心をされたこと、大変ありがたく思っております」


 リュカ様は真剣な表情で私に言い、それから頭を下げた。横に束ねた黒髪が、さらりと肩から落ちる。


「リュカ様!お顔を上げてください!」

「すみません。困らせようと思ったわけではないのです。ただ本当に、私たちはリゼット様に感謝しています」


 私はどうしたら良いのか分からなくなった。こんなにも人に感謝されたことはないし、ましてや父親くらい歳の離れた人に、こんなにも丁寧に扱われたことがない。

 リュカ様は姿勢を正して、場の雰囲気を変えるように微笑んだ。


「私に出来ることなら何でもしますから、言ってくださいね。手始めに質問があれば、分かる範囲でお答えします」


 私は頭をフル回転させて質問を絞り出した。

 今はどの辺りか。あの木は何の木か。夜も街に入って食べるのか。何が美味しいのか。

 どの質問もリュカ様は丁寧に答えてくれた。


「初めにお会いした時の赤い石は何ですか」

「あれは灰色の谷で採掘されるアルクス石です。昔からあの石を使って、祈りの力を測ります。神官は皆赤くなりますが、透き通るほどの鮮やかさになるのは聖女のみと言われています」

「私は虹色の粒があるように見えました」

「それも聖女の特徴の一つです。ですが虹色の粒が現れたのは建国の聖女以来、1200年前の建国史に記述があるのみです」


 私は言葉を失った。

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