約束をする
両手を胸の前に出し、手のひらを上に向ける。
「恵みに感謝を」
私の祈りの後、食堂にいる神官様たちが祈った。
今日の朝食はライ麦入りのパンと羊のスープ、それとナッツのサラダだ。スープを一口飲み、パンをちぎる。少し硬いパンは口の中でライ麦がプチプチ弾けた。
「リゼット様、今日はお出かけですか」
「ん……」
隣に座る神官様が目をキラキラさせている。
パンに口の中の水分を持っていかれ、なかなか飲み込めない。私が牛乳を飲んでいる間に、前に座っている神官様が身を乗り出した。
「素敵な髪型ですね。リゼット様の柔らかな雰囲気に合っています」
「お化粧もいつもより華やかで、いつも以上にお綺麗です!」
斜め前の神官様まで加わって、キラキラした目で私を見る。
少し言いづらいけど、嘘をつくのも気が引ける。事実を簡潔に伝えることにした。
「あの、今日はどこにも出かける予定はありません」
「ではどなたかとお会いになるんですか」
「その予定もありません。午前は診察で、午後は部屋にいます」
キラキラした目があからさまに変わる。
「もったいないです! とってもお似合いなのに」
斜め前の神官様の言葉に、他の神官様もうなずく。気づけば三人の神官様以外の方も、こちらを向いたり聞き耳を立てたりしていた。
「ええっと、ありがとうございます」
そこで話が終わってしまった。食べかけていたスープを一口飲み、サラダのレタスにフォークを刺す。話していた神官様たちも食事に戻っているが、まだ気になるのか私の様子を時折伺っている。
時々話しかけられても、上手く返せない。聖女だからと気を使われて、申し訳がないしありがたい。聖女でなければ、もう少し上手に返答できただろうか。ああ、そうだ。聖女でなければ話しかけられることもないんだった。優しい神官様たちが、聖女を気遣って話しかけてくれているだけだ。
最後のパンを口に入れた時、ふと気付いた。神官様たちは聖女でなくても話しかけるはずだ。だって神官様たちはいつだって誰に対しても、もちろん私にも優しい。私が勝手に相手を分かった気になって、勝手に会話から逃げているんだ。
神官様たちがどうなのか、じゃあない。私がどうしたいか、だ。
顔を上げると、隣の神官様が食器を片付けていた。私は慌ててパンを飲み込む。
「あ、あの、先程は褒めていただいて、ありがとうございます。せっかくなので午後に外へ出てみます」
立ち上がりかけていた神官様は目を何度か瞬き、前に座る神官様を見た。前にいる神官様も、斜め前の神官様も同様に目が大きく開き、口がポカンと開いている。
「リゼット様に、話し、かけられ、た」
隣の神官様がつぶやくと同時に、食堂中にざわめきが起こった。
私はあまりのことに困惑し、状況を把握しようと神官様たちの様子を確認する。
隣の神官様は中腰のまま固まっているし、向かいの二人は口に手を当てて言葉にならない声を上げている。何があったのか隣に聞いている人もいれば、ハイタッチをする人、目頭を押さえてうつむく人、両手で顔を覆い天井を仰ぐ人までいる。
「あ、あれ、えっ」
状況が飲み込めない。どうしてこうなっているのか、全く分からない。
隣の神官様が静かに椅子に座り直した。
「美しいリゼット様が、もっと美しくお綺麗になっているんですから、必ず素晴らしいおでかけになります」
「どちらに行くかは決めてますか。私で良ければ、おすすめがあります」
「服を見られるなら、西の通りにある新しいお店が良いですよ」
「姉が働くカフェが良いと思います。俺も行ったけど、とても良かったです」
「あたし面白い雑貨屋知ってます」
皆さんが口々におすすめの場所を教えてくれる。膨大な情報量で脳が処理しきれない。
「あの、あ、ありがとうございます」
私が話し始めると水を打ったように静まり返った。
「今日はゆっくりできる所が良いです。ご存知ですか」
再び様々な意見が飛び交い、食堂内が騒然とした。
「とてもびっくりしました」
「午後のおでかけにはそう言う経緯があったのですね」
侍女のアナイスさんが私の髪を櫛ですきながら相槌を打つ。
窓の外は晴れた夜空に半月が浮かんでいる。
「皆さん遠慮をされてたみたいです。注目されて恥ずかしかったですけど、たくさんお話できたことは嬉しかったです」
「わたくしもその気持ちが分かります」
もう一人の侍女のノミエさんが会話に入った。ノミエさんは優雅な手つきで私の前に入れたてのお茶を置く。
「ノミエさんもですか。注目されると照れますよね」
「そちらではなくて、リゼット様とお話したい、と言うことですよ」
「毎日していますよ」
そう言って気付いた。私は侍女さんたちと必要なことしか話をしていなかった。神官様にも、聞かれたことしか返事をしていなかった。
「おでかけはいかがでしたか」
アナイスさんが優しい声音で聞いた。
「楽しかったです。カフェでお茶をして雑貨屋さんに行きました」
「それはようございました」
「あの、今度また私が出かけることがあったら、お土産を買っても良いですか」
「もちろんです。素敵なものが見つかると良いですね」
「そうではなくて、お二人に買いたいんです。ご迷惑でなければ」
「嬉しいです!」
ノミエさんが前のめりで言った。満面の笑顔だ。
アナイスさんは髪をすく手を止め、私の目を見て微笑む。
「わたくしも嬉しいです。楽しみにしております」
「次の機会に、必ず買います」
約束してしまった。
次の機会は竜の討伐から帰った後だ。
私は布団の中で抱き枕を強く抱きしめた。程よい硬さでとても落ち着く。寝つきは良くなった。多分もうすぐ私は眠りにつく。
まどろみの中、心に不安が確かにあることを感じる。以前は討伐が恐くなかった。恐かったのはアドルフ様の目で、アドルフ様と歩くはずの未来だった。今は討伐が恐い。アドルフ様と結婚しない未来を望んでから、竜が恐い。
私は死んでも良いと思っていた。でも今は生きたいと思っている。
もうすぐ、春になる。




