私の好きな色
ガスパル様に思いを打ち明けた後は、泣きすぎて回らなくなった頭で過ごした。
目が腫れているのに、誰も何も言わないでいてくれた。一緒に食事をする神官様も、お世話をしてくれる侍女さんも、すれ違うメイドさんも、ただの一言も泣いたことに触れない。それがとてもありがたかった。
朝、目が覚めると、私の世界が変わっていた。
朝日はキラキラして見えるし、布団の温もりがとても心地良い。頭の中が雨上がりの空気みたいにすっきりしている。
自分の心に向き合って、正直に見る。そのままを受け止める。良いことも悪いことも、話さなければ誰も知らないし、分からない。気付かない。
「ふふふ」
イタズラをする前の子供みたいに、胸の奥がムズムズする。
上半身だけ体を起こし、両手を上げて力いっぱい伸びた。気持ちいい。しっかり眠れると嬉しい。今日一日が全て上手く行くような気がする!
下ろした左手にふわっとした物が当たる。
「おはよう」
狼を模した抱き枕に挨拶をした。とぼけた顔は似ていないけど、目の色はガスパル様に似た空色だ。返事のない挨拶はここ数日続き、日課になりつつある。
「今日も頑張るから、寝る前に話を聞いてね」
頬の辺りにポンと手を置くと、ふにゃっと面白い顔になった。可愛い。手形でできたシワを伸ばし、抱き枕に布団をかける。これも毎朝続いている。
ベッドから降り一通りの身支度を整えた所で、扉をノックする音がした。
「リゼット様、おはようございます。準備はお済みでしょうか」
「おはようございます。どうぞ入ってください」
「失礼いたします」
化粧道具や桶などを持った侍女さんたちが入ってくる。
桶に入った水で顔を洗うと侍女のノミエさんが嬉しそうに微笑んだ。
「お顔の色がよろしいですね」
「そうですか?」
自分でも調子が良いとは思っていた。ノミエさんがすぐ分かるほど違うのかな。
水を拭き取った顔を両手でペタペタ触る。手触りも良い気がする。
「リゼット様、こちらへ。本日は少し華やかな装いになさいませんか」
侍女のアナイスさんが鏡台へ私を呼んだ。
「私でも似合いますか」
「もちろんです」
「とってもお似合いになります!」
アナイスさんは優しく肯定し、鏡越しのノミエさんはお茶の用意をしながら満面の笑みで言い切る。
まだどんな化粧と髪型になるのか分からないのに、二人の笑顔で自信がふんわり湧く。
「では、お願いします」
「お任せください」
アナイスさんは慣れた手つきで耳の上の髪を水色のリボンと一緒に編み込んでいく。全ての髪を結い上げ、頭の後ろに大きめのお団子を作る。編み込まれた左右のリボンはお団子の上で白いレースと一緒に華やかに結ばれた。
「綺麗なリボンですね」
「リゼット様は水色がお好きでしょう?」
「えっ」
「違いましたか? ああ、どちらかと言うと空色でしたね」
空色は青色より澄み、透き通るような青い空の色だ。水色は少し緑がかっている。
「知ってたんですね」
「五年もご一緒させていただいておりますので」
アナイスさんが柔らかく微笑んだ。私が十歳の時から今日までの日を思い、懐かしんでいるように見える。
胸がきゅうっと痛む。痛いのに、嫌じゃあない。むしろ温かくて心地良い。
アナイスさんは手早く化粧をし、いつもより濃い口紅を引いた。鏡に映る私が目を見開く。
「すごいです、アナイスさん!」
「リゼット様自身がお綺麗なのです。わたくしは少し手を加えたに過ぎません」
「素敵! リゼット様の美しさが引き立っています!」
アナイスさんとノミエさんが手放しで褒める。
頬が熱い。化粧の下からじんわり赤みが増す。きっと耳まで赤くなってる。
うつむきかけて、顔を上げた。恥ずかしくて、ちょっと居た堪れなくて、とっても嬉しい。
「ありがとうございます。嬉しいです!」
二人の目が同時に瞬いた。鏡越しでも驚いた表情がはっきりと分かる。
何か間違ったことを言った? 驚き戸惑って、焦りながら次の言葉を探す。
とにかく何か言おうと口を開きかけた時、アナイスさんがくしゃりと笑った。ノミエさんは顔を後ろに向け、目の当たりに手を添える。
言葉が出なくなった。
「リゼット様、嬉しいのはわたくしの方です」
アナイスさんの声は、少し震えていた。
話さなければ誰も知らないし、分からない。気付かない。
良いことも。悪いことも。




