ユーグの信頼
ひとしきり笑うと、冷めた顔のエリアーヌ嬢と目が合った。
「落ち着きました?」
「ごめん」
「結構深刻な悩みなんですけど」
「ごめんなさい」
僕は深々と頭を下げた。冷えた空気が幾分かマシになる。
エリアーヌ嬢は睨んだ目を閉じて息を吐いた。
「とにかく、ガスパルはああ見えて聞き上手なので大丈夫ですわ。エストリラにいた時、何度かリゼットの相談役をしていましたし」
「仲が良くて羨ましいよ」
「ユーグ様も信頼されてます。リゼットが信じられると言っていましたわ」
「リゼットは僕と言う人間を信頼してるだけで、僕に信頼されてるとは思っていないよ」
エリアーヌ嬢がキョトンとする。
僕は婚約破棄を手伝うと言った時のリゼットを思い出す。今にも逃げ出しそうな顔をしていた。あれは僕が味方になるとは思ってない顔だった。
「ユーグ様、どう言う意味です?」
「聖女になってから会った人は全て、聖女だから優しくされていると思ってる。そう言う人もいるだろうけど、少なくともリゼットの周りにいる多くの人はリゼット自身が好きなはずだ。でもリゼットは、全くそう思っていない」
「リゼットなら、ありえそうですわ」
リゼットは祖母のロラといる時、表情が豊かだった。家族に対する安心感だと思っていたけど、エリアーヌ嬢とガスパルに対してもほぼ同じだった。この部屋にいた三人のうち、リゼットは僕だけ一歩引いている。
「聖女じゃない、平民のリゼットに会って仲良くなった君たちが羨ましい」
「ふふ……」
「その勝ち誇った顔やめてくれる?」
「あら、そんな顔してました?」
僕は頬杖をついてエリアーヌ嬢を見た。くるくる変わる表情と一緒に、栗色の髪がふわふわ揺れる。
黙っていれば美少女に見えるんだけどなあ。
「余計なお世話ですわ」
「あれ、声に出てた?」
「独り言にしても大きな声でした」
エリアーヌ嬢はプイッと顔を背けて頬を膨らました。いつか森で見たリスに似ている。いや、姉夫婦の飼っている猫みたいだ。好奇心旺盛で気まぐれで、甘えたと思ったら引っ掻いてくる。栗色の綺麗な猫。
「あはは、ごめんごめん。褒めてるんだよ」
「そうですか。まあ、言われ慣れてるので構いませんわ。それに、それはユーグ様も同じです」
「何が?」
「黙っていれば良く見える、と言うことですわ」
言葉にトゲを含みつつ、外見だけ褒めらた。
「騎士団では話すと面白いって、中身の評価が高いんだけどなあ。もっとこう、カチッとした雰囲気が良い? 一応できるよ」
「堅苦しいのは嫌いなのでやめてください」
ピシリと拒否される。
眉間に皺を寄せて嫌がる姿が面白くて吹き出した。今日一日だけで何度笑っただろう。
最近の騎士団内は竜討伐を控えてピリピリしている。家族は瞳に不安な色を浮かべて笑い、使用人は表情を曇らせる。見かねて今まで以上に気さくに笑顔で話しかけても、相手は遠慮がちに笑い返すだけだった。
歴史を鑑みても周りの反応の理由は分かる。それだけ毎回多くの犠牲を出して竜を封印して来た。打ち損じて初動の隊が全滅し、数年竜が野放しになったことさえある。その時の被害は甚大なものだったと記録に残っている。
眉間に皺を残したままのエリアーヌ嬢が僕をじっと見る。
「何?」
「リゼットが信頼するのも分かる気がします」
「そう? 良かった」
口元が緩むのを誤魔化すように、皿に残ったクッキーを一つ、口の中へ放り込んだ。
僕が帰ろうと席を立つと、ガスパルが戻って来た。エリアーヌ嬢は落ち着きのない様子でガスパルの報告を待っている。
「リゼットさんはお話してくれました。エリアーヌ様の危惧されたことは、心配ありません」
「そう、良かったわ。あまりにアレをかばうから、少しの情でもあるのかと思った」
「ただ、婚約破棄だけではリゼットさんは守れないようです」
「どう言うこと?」
「聖女である限り、リゼットは無理をし続けるんだね」
僕の言葉にガスパルがうなずく。
リゼットは自分のできることを全て、頑張れるだけ頑張りづつける。周りに止めてくれる人がいれば良い。でも聖女であるリゼットは、大丈夫だと言い平気な顔をして心と体をすり減らす。
聖女ではないリゼットとして接せられる人物は、ここ首都アルゲントにエリアーヌ嬢とガスパルしかいないのだ。その二人もいつまでもここにいる訳ではない。
「ブラン村に戻るのが一番だろうけど、護衛の観点から難しいか」
「エストリラの屋敷で私と一緒に暮らせば良いんじゃないかしら」
「聖女と言う肩書きは残りますが、エリアーヌ様の願望が一番良さそうですね」
「エリアーヌ嬢の望む結果が今のところ一番リゼットの為になりそうだなあ」
僕とガスパルが渋々承諾すると、エリアーヌ嬢の顔が輝いた。
「そうよね! ね! ふふふ、楽しみだわ。早くしないかしら婚約破棄」
「エリアーヌ様、趣旨がズレてます」
「婚約破棄もだけど、リゼットがここを離れる道筋も考えようね」
「はあい」
エリアーヌ嬢は心ここに在らずと言う返事をし、にこにこ笑う。
僕とガスパルはお互いの視線を合わせる。深く頷き合い、これ以上の計画は早急すぎると判断を下した。




