エリアーヌの質問
エリアーヌ視点です。
リゼットとガスパルを見送って、私はユーグ様の方に向き直った。
「ユーグ様、少しお話してもよろしいですか」
「本当に話があったんだ!」
「嘘だと思ったのに、ここに残ったんですか!?」
驚いたユーグ様に私も驚く。
確かにリゼットとガスパルを二人きりにしたくて、ユーグ様に話があると言った。でも嘘と言うわけではない。
「エリアーヌ嬢はリゼットとガスパルを二人きりにするために、僕を利用しただけだと思ったよ」
「利用はしましたが、話があるのも事実ですわ」
「あはは、利用したって言われた」
ユーグ様は面白そうに笑った。利用されたことが面白いらしい。
この公爵家の次男は、私が知る貴族とは雰囲気が違う。英雄になるために、幼少期から騎士団に入り浸っていたと聞く。騎士団は平民上がりも少なからずいる。そのせいで毛色が違うのかしら。
「エリアーヌ嬢は面白いね。それで? 何の話?」
「リゼットのことですわ」
「そうだろうね」
ユーグ様は、全て分かっているようにニヤリとした。
「大丈夫、僕はリゼットのことが好きだよ。彼女には幸せになって欲しいんだ」
私が聞きたかった答えが返ってきた。本当に全て分かっているみたいだ。
「好きなんですね」
「恋愛ではないよ。どちらかと言うと妹かな。僕は末っ子だから、弟や妹が欲しかったんだ」
完璧な答えだ。こんなに都合よく望んだ言葉が返ってきて良いのだろうか。金色の英雄はリゼットに好意がある。でも恋愛感情ではない。金色の目には嘘がないように見える。
どこかに落とし穴があるような気がして、ユーグ様の顔をまじまじと見た。微笑む顔に不審な影はない。
「疑り深いなあ。エリアーヌ嬢は本当にリゼットが好きなんだね」
「初めて会った時から、私の女神ですから」
「女神! 聖女じゃなくて女神なんだ」
「リゼットが聖女になったのは、出会った後です」
「平民のリゼットと知り合いだったの? めずらしい関係だね」
「運命的な絆ですわ」
私が胸を張ると、ユーグ様の顔色が変わった。笑顔なのに、本当に少しだけ寂しそうに見える。
「僕はね、初めてリゼットと会った時、少しガッカリしたんだ。あっエリアーヌ嬢、最後まで聞いて。顔が恐い」
「あら、失礼しました」
ユーグ様は一つ咳払いをして、話を続ける。
「エリアーヌ嬢は、幼い頃に好きだった本はある?」
「フレデリーク様の旅人の日々です。今でも好きでよく読みます。私の憧れが詰まった本ですわ」
「あの旅行記か。うんうん、好きそう」
ユーグ様は納得したようにうなずいた。それから、先ほどまでリゼットが座っていた椅子を見る。
「僕はリゼットと同じ、建国物語が好きだったんだ。銀色の英雄に憧れて、入団もしてないのに騎士団の練習場へ毎日のように通った。幸運なことに身体的にも能力的にも恵まれて、次期英雄と言われるようになった。そこに聖女が現れたと聞いて、嬉しかったよ。物語のように、女神に愛された聖女と共に竜を倒す。夢見たことが少しずつ叶っていく」
ユーグ様は自嘲気味に笑う。テーブルに置かれたままのカップの取っ手を指でなでた。お茶は入っていないようだ。
「リゼットに初めて会った時、頼りなげで、不安そうで、オドオドして見えた。思い描いていた聖女と違ってガッカリした。でも僕が笑顔で話すと、安心したように笑ったんだ。その時、聖女は僕とは違うって初めて気づいた。僕はなりたくて英雄を目指しているけど、聖女に本人の意思はない。リゼットも建国物語が好きだけど、聖女になりたかった訳じゃあないんだ」
金色の瞳が揺れる。ユーグ様の笑顔が、いつの間にか消えていた。
「勝手に聖女にされて、勝手に国の未来を背負わされてる。三歳年下の小さな女の子が、もっと小さくて、とても尊い存在に思えた。だから僕は、銀色の英雄と始まりの聖女が兄妹だったように、リゼットを妹のように大切に守ろうと誓ったんだ。女神グフナの御心は分からない。でも、どうしてリゼットなんだと思わずにはいられないよ。彼女には、もっと穏やかで静かな場所が似合う」
ユーグ様の告白は懺悔のようだ。リゼットのことをよく分かっているし、とても大切にしている。だからこそ聖女への先入観とガッカリしてしまったことを、罪のように感じているのかもしれない。
この人はリゼットとよく似ている。
「私もそう思います。でも一つだけ、違いますわ。リゼットは聖女になりたかったんです。後悔しないだけの力が欲しかったリゼットは、聖女であることに喜びを感じたはずです」
「それはリゼットの母親と関係がある?」
私はうなずいた。
娘の目の前で息絶えた母親。家族が大好きで、責任感の強いリゼットはとても悔しかったに違いない。自分に力があればと願ったことだろう。
「祈りの力はリゼットに喜びを与えますが、幸せは与えません。真面目で、自己評価が低くて、意識が高すぎるんです」
「分かる! もっと肩の力を抜けば良いのになあ」
「本当にそうですわ。リゼットの良いところですけど、心配になります」
「そんなに心配してるのに、ガスパルと二人きりにさせて良かったのかい?」
ユーグ様は微笑んでいる。意地悪く聞いているのか、本当に不思議なのか。どちらとも言える笑顔だ。
「私はリゼットが大好きなんです」
「知ってる」
「暗い顔じゃなくて、笑ってて欲しいんです」
「僕もだよ」
「リゼットが悩みを打ち明ける前に私が話しすぎてしまって……。リゼットが話しだすタイミングを、いつも、潰します」
「ぶっ」
吹き出したユーグ様はそのまま大声で笑い出した。
私の切実な悩みは笑いになって、部屋いっぱいにしばらく響きわたった。




