家族
私は前を向いたまま、木の枝に止まる小鳥を見ている。青い鳥はチョンチョンと枝の上を跳ね、そしてまた首を忙しそうに動かした。
ガスパル様はじっと動かない。私の話の続きを静かに待っている。
緊張で震える両手を握り合わせて、私は口を開いた。
「お母さんが死んだ時はすごくすごく悲しかったけど、おばあちゃんがいました。家に帰ったら一緒に御飯を食べて、話して、笑って、怒って。朝はおはよう、夜はおやすみって言うんです。ここにはおばあちゃんがいません。そうしたら婚約の話が出たので、ここでも家族ができるんだって嬉しくて、婚約の話を受けました」
私は小さく息を吐いた。伏せた瞼に涙が揺れる。一息に話さないと話せなくなりそうだ。ガスパル様に私の浅はかさをきちんと説明しなければならない。
「王妃様に初めて会った時、一番の宝物だとラウル殿下とアドルフ様を紹介されました。羨ましかったんです。王妃様と家族になったら、私も王妃様の宝物にして貰えると思ったんです」
大好きよ、リゼット。
お母さんの声が聞こえる。
「私もアドルフ様と同じです。王妃様が好きで、王妃様と家族になりたくて、アドルフ様と婚約しました」
まばたきをしていないのに、涙が落ちた。
「ごめんなさい。私の身勝手な行動で、皆さんに心配をかけて。本当は婚約破棄の手伝いをしてもらう資格がないんです。打算で受けて、やっぱり嫌だって、途中で投げ出そうとしているだけなんです」
「寂しかったんですね」
ガスパル様の声は優しかった。怒りも呆れもせず、私の気持ちを肯定する声だ。
恐る恐るガスパル様の方を向く。パチリと合った目に侮蔑の色はない。労わるような眼差しで私を映している。
私の目から涙がぽろぽろ落ちた。
「寂しかったです。エストリラに、ブラン村に帰りたかった……」
ガスパル様がハンカチを取り出して私に渡した。いま涙を拭くと話せなくなる気がして、ハンカチを持った両手を膝の上に下ろす。白いハンカチに落ちた涙が染み込んだ。
「ここは優しい人ばかりで、本当に良くしてくださいます。神官の皆さんも、お世話してくれる侍女さんも、騎士団の方達も、いつも優しいです。嫌なことなんてほとんどなくて、私はとても幸せ者だと思います。それでも、私は、村にいたかった。あの家を出たくなかった。おばあちゃんと暮らしたかった!」
涙が落ちて、手を伝い、膝の上にシミを作る。
今はもう、村におばあちゃんはいない。帰りたいとずっとずっと思っていた場所はなくなってしまった。おばあちゃんのいないあの家は、寒くて、寂しい場所になってしまった。
「祈りの力がなければと、思っていますか」
ガスパル様の問いに、私は頭を振る。
「祈りの力で誰かの役に立てることは嬉しいです。竜の討伐もとても名誉なことだと思っています。これも本当です。王家の、国の役に立てるように勉強するのも嫌じゃないんです」
あの家で暮したいと思いながら、祈りの力があって良かったと思う。村に帰りたい。でも役に立ちたい。後悔したくない。自分でも掴みきれない感情に、振りまわされる。
「矛盾してますね。もっと大人になって、気持ちに折り合いをつけなきゃいけないのに、ごめんなさい」
「謝ることは何もありません」
ガスパル様は座り直し、私の方へ体を向けた。優しい眼差しのまま、更に雰囲気が柔らかくなる。
「打算で結婚して良いと思いますよ」
空色の目が朗らかに笑う。
「家と家が繋がるので、利益を考えるのは当たり前です。特に貴族はそう言うものです。もちろん恋愛の末の婚姻もあります。それでも、多少の利益は絡みます。打算のない結婚は全くないとは言えませんが、ほぼないです」
「ほぼない……」
「義母と家族になりたくて、と言うのは確かにめずらしいです。でも結婚ってそう言うものでしょう。みんな家族になりたくて結婚するんですよ」
「でも私は、自分のためにアドルフ様を利用しました」
「第二王子もリゼットさんを利用してます。お互いの利益が合致した契約です」
その通りだ。それなら尚更婚約破棄をしてはいけない。納得した上で契約したのに、勝手に放り出そうとしている。
自然と顔がこわばり、うつむいた。
「大丈夫です」
ガスパル様の声にハッとして、私は顔を上げた。ガスパル様は変わらずほほえんでいる。
「先程エリアーヌ様も仰っていたでしょう。婚約者には優しくするものです。リゼットさんは婚約者としての役目は果たしました。第二王子は始めから放棄しています。婚約のきっかけは何でも良いんですよ。問題は婚約期間に何をしたかです」
「私は、アドルフ様を嫌って良いんでしょうか」
「好きも嫌いもリゼットさんの気持ちです。目をそらすことも、向かい合うことも、リゼットさんが望むようにしてください。心の中を他人は見られないんです。誰もリゼットさんの心の中は分からないんですから、自由にして良いんですよ」
私がアドルフ様を嫌っても、誰も分からない。アドルフ様も、王妃様も分からない。
自分の胸に手を置くと、そこは私だけの特別なもののように感じた。
「ありがとうございます、ガスパル様。もう少し自分の気持ちに向き合って、正直に見てみます」
王妃様の宝物を嫌っても、私が言わなければ王妃様は悲しまない。怒らない。私を嫌いにならない。私の気持ちは私のもの。私だけが目をそらせ、私だけが向き合える。
木の枝に止まった小鳥が、いつの間にかいなくなっていた。青空へ飛んで行ったのだろうか。




